095 回り道しすぎじゃない?
さて、連日のように家の改装工事を手掛けていたが、一向にストーカー男が到着するという情報が入って来ない。「数日後」とは一体なんだったのか。
ニホン組は目立つ存在だ。彼等がシエーロに到着するまでの動向は、誰彼となく伝わってくる。まして、王都からシエーロまでの間には村や町があり、当然ギルドもあった。ギルドには精霊樹の実水晶があるから、情報の伝達は早い。だからこそ「あと数日」だと予想ができていた。
クリスとエイフは早朝、冒険者ギルドに寄った。確認のためだ。
「あ、ちょうど良かった!」
「マルガレータさん、もしかして新情報?」
「そうなの。エイフさんも、こちらへどうぞ」
案内された小さな応接室には他にも数人が待っていた。ギルド職員と、冒険者らしき男性一人だ。
「本部長、先ほど確認取れました。サウエナの町でまだ依頼を受けているそうです」
「そうか。グレンの情報通りだったな。悪かった」
「いや。ニホン組の動きは正確にしないとな。二重で確認するのは分かっているさ」
「そう言ってくれると助かるよ。じゃ、受付で情報料を受け取ってくれ。ありがとよ」
冒険者のグレンという男性が立ち上がって部屋を出て行く。その際、エイフと拳を合わせて挨拶していった。
「知り合い?」
「前に来た時、大物の依頼があって一緒に受けた。シエーロ出身の上級冒険者でな。今回は見かけないから遠征に行ってたんだろうが――」
というエイフの言葉に、ギルド長とマルガレータが同時に頷いた。
「彼のスキルを見込んで、王都近くの町から応援依頼があったのよ。その帰りにニホン組一行を見かけたらしくて」
「上級冒険者にはギルドから情報収集を頼むこともあるんだ。普段はここまでニホン組を警戒しているわけじゃないんだが、最近は度が超しているからね。たまたま遠征に行っていたグレンにも情報を集めて欲しいと連絡していたんだよ」
なるほど、とクリスは納得した。
例のストーカー男がいるパーティーはどうやらオイタが過ぎたようだ。
それに金級冒険者のエイフも介入したことでギルドも本腰を入れたのだろう。
まだ一人の女性へのつきまといだけれど、それを許していてはダメだ。行政が及び腰なら、自警も兼ねている冒険者ギルドが動く。
「まだサウエナの町なら、あと数日はかかるか」
「そうですね、エイフさん。それに依頼内容が大白桃の実の採取ですから」
「じゃあ時間がかかるな。確か、奴等には転移が使える空間スキル持ちもいなかったし」
「……答えませんよ?」
「分かってるさ。この情報は俺が精霊樹から出してもらったものだ。問題ねえよ」
スキルは個人情報なのでギルド職員が話すわけにはいかない。けれど、公開されている情報を個人で調べることは可能だ。もちろん、お金がかかる。
エイフ個人から出ているのか、もしくは上部組織の資金が潤沢なのか。クリスはちょっとだけ気になった。
いや、実は大いに気になっている。見ないようにしていたけれど、そろそろ真実を見極める時ではないだろうか。
――何故エイフがそこまでニホン組の問題に首を突っ込むのか。
冒険者として依頼されたから? 義理人情に厚いからか。あるいは過去にニホン組と揉めたから。
どれも有り得る。でも、それだけでここまでするだろうか。もっと深い関わりがあるように思えた。
「どうした、クリス」
「ううん」
「大丈夫だ。いきなり来ないさ。それに奴等は上級冒険者でもない。ようは貴族の放蕩息子みたいなもんだ」
「貴族の?」
「ああ。王都じゃ、そういった輩が多い。つまり形から入って、中身が伴ってない。その割に『身分』があるもんだから『自分は強い』と勘違いするんだ。親が上級冒険者だという新人冒険者にも多い『病』だな」
「そのたとえなら分かるよ。あはは」
「……よし、笑ったな。クリスは笑っている方がいいぞ」
エイフがぐりぐりと頭を撫でるものだから、せっかくまとめた髪がぐしゃぐしゃになる。
けれど、文句を言う前に何故か恥ずかしい気持ちになって、クリスは照れ隠しでエイフのお腹にパンチをドスドス入れたのだった。
情報交換を済ませると、まだ迎え撃つ(?)には余裕があるので依頼を受けることにした。
クリスは久々に採取へ行こうと思ったが、エイフからパーティーでの依頼を受けようと提案される。なんと巨樹の上部での依頼があったのだ。
「ペリンの新芽を採取してほしいそうだ。近くに水蜂の大型コロニーがあって、水蜂自体はおとなしいが、それを狙って魔物が来るんだと。そっちの確認がメインかもしれんな」
ペリンとは、先日ナタリーに淹れてもらった高級茶葉のことだ。甘味と旨味が凝縮されたお茶だった。強いて言うなら玉露に近い味だ。ただ、クリスは前世で良いお茶というのを飲んだ経験がなく、そんな気がする程度なのだが。とにかく、深い味わいで強張った筋肉がほぐれていくようなあたたかい心地になるお茶だった。
ペリンの新芽の採取自体は素人でもできるらしい。けれど、念のため採取に慣れた人がいいと注文が入っている。同時に、魔物が現れても問題なく対応できる冒険者も必要だ。更に、できれば巨樹の上層で仕事をした経験のある冒険者がいいという。
それらに当てはまるパーティーは案外少ない。
「秘密厳守ができて品行方正のパーティーだって。そんなの当たり前なのに、わざわざ書くんだね。他にも注釈が多いし。ペリンって相当、高価なんだね」
「それもあるが、注釈が多いのは巨樹の上部へ入るからだぞ?」
「えっ。あ、そうか。そうだった」
プルピやイサが連日のようにハネロクのところへ遊びに行っているため、感覚が鈍っていたようだ。そう言えば巨樹は神聖な存在だったと、クリスは思い出した。
特に巨樹の上部は制限が厳しい。魔物対策で入る場合も、その魔物のレベルが低かろうとも、入れるのは上級冒険者だけだ。一般人は入れない。というのも、手付かずの自然が広がっているからだ。枝葉がまるで森のようになっており、その枝葉は高価な素材でもあった。
世界樹の葉ほど効能はないが、十分に役立つ薬の素となる。いわゆる回復薬だ。枝も、魔法使いが持つ杖として人気らしい。魔法使いでなくとも、紋様紙を使う際に小さな杖を持つ人もいる。指向が定まるからだ。補助具として使える杖は、巨樹のものだと最高級品になる。
他にも上部にしか生えていない草木もあるらしい。クリスは目を輝かせた。が――。
「勝手な採取は禁止されているからな?」
「……そ、そうだよねえ」
がっくり肩を落としたクリスである。
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