094 水餅ぷるん




 その日はナタリーの実家にも手を入れた。補強しておいた方がいいだろうと思ってだ。ついでにマリウスの実家にも声を掛け、できるだけの補強をした。

 更に翌朝、クリスは気になることがあってナタリーの家に再度お邪魔した。

 隠し部屋との境の壁に、巨樹を模したダミーの壁を作ったのだ。その上から板を張った。これで家つくりは終わりだ。


「お疲れ様。今日のおやつは水餅よ」

「わぁ、プルプルしてる!」


 ガラス製の器に盛られた半透明のデザートは、まるでゼリーのようで見た目に涼しそうだ。器を受け取る時にもプルプルと揺れた。


「クリスちゃんは蜂蜜は食べられるわよね?」

「うん!」

「だったら大丈夫ね。これは水蜂が採ってくるものでできてるの。蜂蜜みたいなものね」

「水蜂? 聞いたことない……」

「ちょっと変わってるらしいわ。ダソス国に多く生息してるの。普通の蜂と違って蜜以外も集めるから、シエーロ以外では特に大事にされてないわね」


 シエーロだから水蜂が重宝されているという。クリスがふんふん頷いていると、ナタリーがハッとして慌てて勧めてきた。まずは食べようと。

 クリスは一口大の水餅をスプーンで掬って、口に入れた。つるんとして噛まなくても飲み込めそうだ。けれど、プルプルしたそれを噛んでみたい。奥歯でゆっくりと押さえた。


「甘い……!」

「でしょう? しかも蜂蜜ほど、くどくないの。さっぱり爽やかなのに甘くて美味しくて、人気のお菓子よ」

「分かります! これホントに美味しい。ひんやりした感じが夏にぴったり。喉越しもいいし」

「ふふ、そうなの。夏の定番ね。食欲のない人にも合うの」


 その場合は野菜をみじん切りにして混ぜ合わせるそうだ。むにゅむにゅとした食感で、喉に詰まることもない。だから老人でも食べられるそうだ。クリスは感心して、次の水餅に手を出した。つるんとして噛めば噛むほど食感が面白い。


「シエーロの水蜂は巨樹を中心に巣を作っていて、樹液が漏れ出ているところから吸うのよ。水は朝露を飲むみたいね。だから水蜂蜜というの。わたしたちは巣から少し拝借して、お菓子に使うのよ」

「へぇぇ。じゃあ、この甘さは樹液の?」

「そうよ」


 シエーロでは巨樹を傷付けることは許されていない。必要最小限が認められているものの、ほぼ公共事業に限られている。道路や大型施設のための土台作りなどだ。

 個人の家はあくまでも載せているに過ぎない。とはいえ、何があるか分からないから留め具は存在する。杭という形でだ。杭は巨樹から自然と落ちた枝などを利用している。

 この「自然と折れる」場所からも樹液が流れた。あるいは表皮が剥がれて出来た隙間などから。意外とそこここに樹液の溜まり場があるそうだ。


「樹液だけを煮詰めても、ここまでさっぱりとした甘さにならないの。不思議よねぇ」

「処理の仕方かな?」

「ずーっと研究してるそうよ。でも水蜂がいるのだから、もういいのにね」

「養蜂してるんだね」

「ええ。巨樹側でも領主の直轄部署でやってるけれど、出回っているのは守護家の一つが手掛けたものね。水蜂の養蜂に関して右に出る者がないと言われていて、生育についても秘匿されてるの」

「へぇぇ」


 トルネリ家という守護家が育てた水蜂は高水準の水蜂蜜を作るらしい。クリスは先日とある守護家で害虫駆除をやったばかりなので、面白く話を聞いた。

 ナタリーによると、守護家それぞれで得意分野があって切磋琢磨しているとか。

 一つの家に一つの事業を任せていると良くない気もするが、そこは巨樹に住む領主一族が上手くやっているのだろう。


 ちなみに水蜂は通常サイズの蜂よりも小さく、クリスは話を聞いて「ニホンミツバチ」みたいだと思った。ころんとして可愛いらしい。

 普通の虫で良かった。巨樹には魔物化した虫が多すぎて、これ以上はお腹いっぱいだ。それに蜂の大きいのなんて絶対に見たくない。想像だけで震えたクリスだった。



 これほど美味しいお菓子を、クリスは一人で食べてしまった。

 イサはプルピと一緒にハネロクのところへ遊びに行っていたし、エイフもギルドに呼ばれて不在だったからだ。

 マリウスも巣ごもりの準備に余念がなく、あちこち走り回っている。

 悩みながらも最後の一つを食べてしまったクリスはちょっぴり後悔した。何故、残しておかないのか。

 腕を組んで唸っていると、ナタリーが笑った。


「イサちゃんの分は残しているわよ。お土産に持って帰ってね」

「本当!?」

「ええ。もちろん、エイフさんの分もね。それと精霊様も食べるみたいだから」


 というわけで、クリスの後悔はあっという間に霧散した。

 ちなみに、普通の精霊は人間の世界の食べ物を口にしないそうだ。少なくともナタリーやマリウスはそう思っていた。もちろん、世界には「ものを食べる精霊」がいる。クリスも本で読んだし、プルピからも聞いていた。

 けれど、人の目に映らないせいか「食べない」ものだと思われている。実際、彼等は食事を摂らなくても問題ないそうだ。魔力素を取り込めばそれでいい。人間界だと時間がかかるとかで、精霊界へ「戻る」のもそのためだった。

 逆に人間が精霊界へ行くと、すぐに魔力が満タンになってしまう。命に関わるほどではないが、あまりいいことでもないらしい。

 とにかく、食べなくても問題ないのに食べるというのは食いしん坊だからだ。


「良かったー! ありがとう、ナタリーさん。プルピにバレたらネチネチ言われるところだったよー!」

「クリスちゃん……」


 ナタリーの視線がじゃっかん呆れたものになったけれど、すぐに笑顔に戻った。それから用意していたお土産の袋をクリスに渡し、注意事項を告げた。


「日持ちはしないから今日中にね」

「はーい」

「余っても翌日に持ち越さないこと。冷やしておくと美味しいけれど、氷はあるかしら」

「ある! この間、エイフのお酒用にたくさん作ったんだ~」


 エイフの収納袋にも入っているが、分散して持っておこうと専用の魔道具を貸してもらっていた。今日の作業でも暑くなって飲み物に氷を入れたところだった。

 案外、冷たい飲み物は作れない。氷に特化した便利なスキル持ちがそうそういるわけでもない。ナタリーが冷やしたものを用意できたのは、職場が魔物の解体を行う店だからだ。氷スキル持ちはもちろん、大型の冷蔵や冷凍魔道具だってあるのだった。

 ただし、水道制限がかかっているため、水を使った氷で冷やすわけではない。

 持たされたお土産の袋の外側に付けられていたのは、凍った「何か」の残骸だった。

 ナタリーが「宿に戻ったら水餅だけ取り出して外の袋ごと捨ててね」と言った理由を、クリスはもっとちゃんと考えるべきだった……。

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