093 物々交換で良い物ゲット




 翌日の朝、役人を呼んで改装場所をチェックしてもらい、無事OKをもらえた。 あとは最終仕上げである。仮留めしていた部分をやり直し、壁を補強をするなどしていたらあっという間に昼前だ。


「昨日、使ってみて不便なところはなかった?」

「問題ないわよ。解体室が思ったより広くて嬉しいぐらい」

「台所も?」

「ええ。動きやすくなってる。作業台を移動式にしてくれたのが本当に便利で助かってるわ」


 トイレもスライムパウダーを入れているが、その処理も簡単にできそうだと喜んでいた。なるべく手を汚さずポットの廃棄と入れ替えができるように工夫したため、喜んでもらえると嬉しい。

 それに、清め室があるのをとても喜んでいた。

 雨水とはいえシャワーが使えるのだから、ナタリーの気持ちがよく分かる。洗浄剤で体を拭くのも綺麗になるけれど、やはり水を使って洗い流したい。


 その洗浄剤も市場では品薄になってきているという。

 ナタリーも雨水で布を浸してゴシゴシ擦るだけになりそうだとぼやいていた。仕事場では優先的に洗浄剤が回ってくるけれど、さすがに自宅への持ち帰りは禁止されているそうだ。


「パキュカクトスでいいなら在庫あるけど、要る?」

「売ってくれるのなら欲しいわ! 解体をするせいで、どうしても気になるの」

「あー、そうだよね。じゃ、エイフに預けてあるから後で持ってくるよ」

「ありがとう。わたしも何か譲れるものがあったらいいのだけど。素材で欲しいものってない?」

「うーん。そうだなあ。ここって虫の素材が多いんだよね。その中からというと……」

「最近だと渦巻虫や貝殻虫が入ってきてるわ。貝殻虫はそもそも害虫でしょ? その魔物化だから駆除が大変らしいけど、現場は潤ってるわ」


 錬金術を使って赤い顔料が採れる貝殻虫は、害虫といえども喜ばれる素材だ。そちらには興味がないけれど、クリスは渦巻虫が気になった。

 渦巻虫は硬い殻に覆われており、中にいるナメクジみたいな虫を燻して取り出し、薬の素材にする。たとえば、管の部分を使うと平衡感覚を失わせる薬に、角部分は逆に平衡感覚の機能を取り戻す。

 殻にも効能があったはずだが、そこまでは覚えていなかった。これらは魔女様の家にある本で読んだ。


「渦巻虫なら欲しいかも」

「良かった。じゃ、解体して渡すわね」

「悪いよ。確か面倒な作業じゃなかったっけ」

「問題ないわ。それにわたしのスキルはなんだった?」

「あ!」


 そう、ナタリーは解体士スキル持ちだ。上級スキルである。

 上級スキルは、何もレベルの高い魔物を解体するだけのものではない。


「渦巻虫程度なら時間はかからないわ。それに誰よりも丁寧な素材として卸せると自負しているの。わたしに任せて」

「うん、だったらお願いします!」

「殻の分はオイルにまで処理しておくわね。その方が邪魔にならないでしょう」

「オイルに?」


 クリスの様子に、オイルの用途を知らないと彼女は気付いたようだった。にっこり微笑んで、自らの腕を撫でた。


「虫除けオイルね。肌に塗るの。調合スキル持ちでも仕上げるのが難しくて、処理が下手だとザラザラになっちゃうのよ」

「え、じゃあ錬金術士レベルの品?」

「彼等が作ると最高級品よ。でも虫除けオイルなんて作ってくれないでしょうけどね」

「そうなんだ……」

「でもね、わたしの解体士スキルは『素材の処理』までできるの。渦巻虫の場合、最初の殻の処理レベルによって質が決まってくるわ」

「あー、そういうこと!」

「だから下級の調合スキルでも問題なくオイルが作れるってわけ」

「もしかして?」

「ええ。わたしの二つ目のスキルよ。下級スキルだからメインでの仕事は受けてないの。でも、こういう時に役立つでしょ?」


 ナタリーは胸を張った。仕事にはならなくても、家族や友人たちの間では十分に使えるらしい。

 たとえばマリウスが森で採ってくる薬草でも、それなりのものが仕上がるという。

 マリウスが回してくる薬草は冒険者ギルドで撥ねられたB級品だ。それを考えるとナタリーがドヤ顔になってしまうのも分かる。

 というか、彼女が胸をドンと突き出すものだから、クリスはついつい見てしまった。


「いいなぁ」

「ふふ、いいでしょ? 特に魔物系の素材で作る時は自信あるの。下処理が完璧だからよ! って、ちょっと自慢しすぎちゃったかしら。やだわ」

「ううん。自分の仕事に誇りを持つのは良いことだよ。スキルに慢心しないで手を抜かずに仕事するのは、当たり前のようだけど難しい。だから自信を持っていいと思う」

「……クリスちゃんって、たまにすごいこと言うのよねぇ」


 ――そうかな?

 でもそれより、クリスは目の前の豊かな胸から視線が離せない。

 男性が女性の胸に安らぎを覚える気持ちが分かる気がした。これに抱き締められたらきっと安心するだろう。

 マザコンの気があるクリスは、どうも年上の女性に弱いようだ。

 ――いや、魔女様に母親像は求めなかったな。

 クリスは頭を振った。余計なことを考えては、初めての同性の友人に失礼である。


「じゃ、虫除けオイル、有り難くいただくね」

「ええ。錬金術士の作る最高級品とはいかないけれど、十分に高級品レベルだから期待してね」

「うん。ありがとう。ねえ、どんな虫に効くの?」

「何にでも効くわよ。ただし、どんな虫でも寄ってこないってわけじゃないの。その代わり、毒や麻痺攻撃からは守ってくれる。お肌の保護材のようなものね」


 なるほど、虫除けとはつまり「害のある虫からの攻撃を防ぐ」もののようだ。まるで結界である。

 そこでクリスは思い出した。魔女様の家で読んだ本に、渦巻虫には天敵がほぼいないと書いてあったのを。彼等には固い殻があり、それが結界の役目を果たしていたのだ。

 とはいえ、人間の知恵には負ける。専用の薬草を使って燻り出されるのだから。



 ところで、クリスは虫全般が嫌いというわけではない。小さな虫は慣れているし、素材になりそうな魔物も迷宮都市ガレルで見てきた。といっても解体済みのものがほとんどで、丸ごとの姿を見るのは稀だったが。


 クリスにとって許せないのは、前世で知っているような虫が魔物化、つまり大型化したものだ。蟷螂などもってのほかである。その点、渦巻虫や貝殻虫の魔物など「素材」にしか見えなかった。ようするに認識の問題なのだろう。「これは魔物だ」と思えばクリスの心も安定する。ならば、ミドリイモムシやアオイモムシだって魔物なのだから……とは簡単にいかないのが現実だった。


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