090 隠し部屋付きの家




 半地下を終わらせると、全くのデッドスペースとなっていた奥のへこみを処理する。

 今の家は外から見るとへこみが見えないように建てられている。というのも、ちょうど建物で隠れる大きさの丸いへこみだったからだ。

 もしくは、へこみを隠すために平屋でありながら天井を高く取ったのかもしれない。

 今回は片流れの屋根にするつもりだ。巨樹とは反対側の屋根に天窓を付けて採光を取る。以前よりも室内が明るくなるはずだ。


 丸く抉れたようにへこんでいる部分はずっと隠されていたせいか、やはりジメッとしていた。が、虫にやられているということもない。美しい木肌だ。換気できるように壁を調整すれば今後も問題なく過ごせそうだった。

 このデッドスペースは隠し部屋となる。表の家と同じく一階部分と半地下を利用し、へこみの位置的に狭くなってしまうが、ロフトという名の荷物置き場も作る。

 クリスは手順を脳内に思い浮かべながら、半地下部分から順番に床を仕上げていった。


 隠し部屋自体の移動も狭い螺旋階段になる。

 半地下部分にはタイル張りの清め室を作った。当初はトイレの横にと思っていたが、水道管検査の際に水を使うのかと横やりを入れられてしまったからだ。水道は使わない、と言ったが後で変更する人もいるらしくダメだと言われてしまった。そのため階層を別にした。実際、水道を使うつもりはない。ここには雨水を流すのだ。そして排水は、台所や解体場から出るものと一緒にして流してしまう。

 ちなみに、雨水の利用は自由だ。大抵の人は庭の草花や洗い物に使っているらしい。

 ナタリーは庭はどうでもいいと言っており、今までも使っていなかった。しかし無料の水があるのだから使わないのは損だ。

 雨水を大量に集められるかどうかは巨樹の形によって決まる。幸い、ナタリーの家の上部には小さな枝があった。斜めに生えているため枝葉を伝って集まりやすい。木肌の様子からも集めやすそうだった。以前は流しっぱなしにしていたようだから勿体無い。

 雨水として引き込む配管は巨樹に沿わせてもいいことになっている。シエーロで売られている専用管を貼り付けて終わり。簡単だった。


 隠し部屋の半地下には簡易のトイレも作った。ダミーとなるベッド下の半地下へ続く扉も作る。ただし、ダミー部屋からは入れない仕組みだ。普段は塞いでおく。いざという時の抜け道だ。

 隠し部屋の一階部分には作り付けのベッド、ソファと小さなテーブルを置いた。ストーカー男が急襲してきても隠れて過ごせる。巨樹の壁が自然でできている以上、これでもデッドスペースはできてしまう。そこにぴったり挟まるよう棚も作った。余すことなく使い切る。


 この隠し部屋への行き来は、問題が収まるまではトイレの中からになる。衛生的にどうかと思うがナタリーは気にしていなかった。むしろトイレが綺麗だと喜ぶぐらいだ。

 それでも納得いかないクリスは、細工した隠し扉の部分に彫り物を入れた。清浄の紋様だ。余っていたトレントの端材を細く切って貼り付け、彫った。

 もちろん紋様はトイレ側ではなく、隠し部屋側にある。扉を開けるとすぐに螺旋階段が出てくる造りだ。少々危険である。それも今だけだ。

 落ち着けば、ちゃんとした扉を作って行き来すればいい。螺旋階段の踊り場を壁側に伸ばせるような仕組みを作ってある。ただ、防音対策を兼ねて壁を頑丈にしたため、手直しは大変だろうが……。



 隠し部屋を熱心に作ったクリスだったが、もちろん本来の家の改装も抜かりない。

 解体部屋を欲しがったナタリーのために専用室を作った。すぐ横に台所だ。天窓から光が入って作業がしやすい。解体室の隣には、増築という形で作られた物置もある。外から直接持ち込めるようにした。……たぶん虫の解体をするのだろうと考えたクリスが「急な来客があるかもしれないし、体液で汚れてる獲物を表玄関から通すのはちょっと」と提案という名の苦言を呈したからだ。ナタリーは素直に了解してくれた。


 解体室の隣にはトイレがあり、その向こうが隠し部屋である。

 隠し部屋を奥にして右が解体室や台所、左が寝室だ。寝室は以前より少し狭くなっている。荷物はロフト行きになるが、これもナタリーは気にしないとのことだった。それより解体室が欲しいらしい。

 寝室は完全に個室となっており、夫婦が寝るのにちょうどいい。

 その庭側に居間を作った。以前は家の真ん中にあったのを端に寄せた格好だ。大きなソファを壁いっぱいに作り付け、テーブルの下にはラグを敷いた。ここでゆったり過ごし、客人が来た場合はソファやラグの上で寝てもらう。天窓もあるため明るく過ごしやすい。庭が見えるよう窓も作っている。頑丈な雨戸付きで、外と完全にシャットアウトできるようにした。


 食堂テーブルは台所のすぐ横、家の中央に近い場所に用意した。以前は玄関すぐにテーブルが見えたけれど、位置をずらしたことで生活感が多少は隠せるだろう。

 本当は玄関から入ってすぐに生活スペースが見えるのは、クリス個人の考えでは好きではない。見えないような工夫を取り入れたかったが、それほど広い家ではないし、動線を邪魔したくないのもあって諦めた。

 なによりナタリーが受け入れている。彼女はクリスの設計に一も二もなく賛成してくれた。ほとんどは、解体部屋と隠し部屋があればいい、というレベルでの話だが。


 さて、ロフトとそこに上がるための掛け梯子も作り終えると、あとは屋根を仕上げて終わりとなった。

 雨水を溜めるためのタンクも設置する。屋根だけでも巨樹のへこみ部分を隠せるが、更に上部に設置することで完全に見えなくする。荷重分散のためタンクは幾つも用意した。

 引き込む部分には濾過装置を組み込む。定期的な清掃が必要だけれど、解体ができるナタリーなら全く問題ない。マリウスだと忘れそうだから、しっかりしているナタリーの方が適任である。



 ここまでで半日以上かかった。クリスは完成した家を前にスキルが切れるのを感じ、肩から力を抜いた。

 途端に体がふらつく。


「おっと、大丈夫か?」

「うん。エイフ、ありがと」

「いいさ。まずは、休め。それから飯を食え。ナタリーが用意してくれたそうだ」


 安心する腕に支えられ、クリスは振り返った。そこには心配そうな、それでいて嬉しそうな表情のナタリーがいる。エイフが言ったように、ナタリーの手にはお弁当らしき入れ物があった。

 途端にお腹がギュルルルと音を立てる。

 クリスは恥ずかしいと思う前に、力が抜けるのを感じた。


「お腹、空いたぁぁ」

「ははっ、だろうよ。あれだけのスキル発動だ。さ、庭で食べようぜ」


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