089 気になる会話と巨樹に沿う家




 美味しいお茶を飲みながらの女子トークは夜中まで続いた。

 恋愛の話もこっそり聞いてしまった。

 それからニホン組の男性たちがエルフ女性を見てがっかりしたという話も。


「失礼しちゃうわよね。スレンダーじゃないだとか、容姿を貶す人もいたのよ」

「わぁぁ……」

「ニホン組の女性もエルフ目当てに来るのだけど、やっぱり残念がってるわ。それで、マリウスを見ると顔を赤くするの」

「マリウスって黙ってたらイケメンだもんねえ」

「ふふ。そうよね。わたしは見飽きてるから気にならないのだけど」

「ナタリーさんは、マリウスの中身がいいんだもんねー」

「……大人をからかうのね? だったら、わたしも本気を出してクリスちゃんをからかうわよ?」

「あっ、嘘、ごめんなさい!」


 きゃっきゃと騒いでいると、居間から「おーい、声が大きいぞ」とマリウスの声が聞こえる。内容までは届いていないらしく、気になるようだ。

 そわそわした様子が掛け声から伝わる。

 それが彼らしくもあり、クリスとナタリーは顔を見合わせて笑った。




 翌朝は遅めに起きて、ゆったりと食事を摂った。その間、マリウスは何か言いたそうにもぞもぞしていた。

 そしてナタリーが皿を洗いに行った隙にこっそり聞いてきたのだが――。


「俺の悪口言ってたんじゃないだろうな」

「は?」

「昨日、馬鹿笑いしてたじゃないか」

「それがなんでマリウスの悪口になるの?」

「……だって、狩り仲間の奴等がそんな感じだからよ」


 どうやらからかわれているようだ。クリスは呆れつつ、ちょっぴり可哀想になってフォローした。


「ナタリーさんが悪口言うわけないじゃない。わたしも、何かあればマリウスに直接言うよ」

「そ、そうか」

「あ、でも、マリウスの話はしたよ」

「はっ?」

「ふふーん」


 クリスが思わせぶりに笑うと、マリウスは途端に焦った様子で詰め寄った。


「な、どんな話だよ」

「内緒でーす。女子会で出た話なんだもーん」

「女子って、お前は子供だろ」

「十三歳は子供じゃありません!」

「うっ。そういや、マルガレータもそんなこと言ってたな。くそー」


 マルガレータのことを思い出すと、これ以上は無理だと悟ったのかマリウスは追及を止めた。

 ぶつぶつ言いながら支度をして庭に出て行く。

 きっと幼い頃から強気のマルガレータにあしらわれていたのだろう。ナタリーは宥め役か、見守っていたのかもしれない。

 幼馴染みというのもいいなあと、クリスは微笑ましく見送った。



 片付けが終わるとナタリーも家を出た。作業の間、邪魔にならないよう庭で見学するらしい。仕事は休みだ。ストーカー男が来たらどのみち仕事にならない。職場の人たちは「ああ、またか」と諦めて、大物の解体仕事以外で呼び出しは掛けないとのことだった。

 ご近所の人が仕事に出たのを確認し、在宅の住人たちに「今から作業を始めます」と挨拶し終わる頃、エイフがやって来た。彼は護衛兼、見学だ。とはいえ一日中見ているのも暇である。待っている間、マリウスと一緒に武器の手入れをするそうだ。庭にどっかり座り込んでいる。

 イサやプルピたちも邪魔にならない場所で見学するらしい。


 皆が見守る中、クリスは大きく息を吐いてスキルを発動させた。


 まず、必要な資材を奥へ運んでしまう。大半を運び終えると用意していた大工道具で改装に着手した。

 配管の位置は頭に叩き込んでいる。傷付けないよう慎重に、かつ素早く床を剥がしていく。通常、地面に家を建てる場合は柱を支える束石があるものだが、巨樹に建てられる家の束石は全て木製だ。

 更に家を固定するための穴に丸太がきっちりと収まっている。それらを確認するが、虫に食われている様子はなかった。少々痛んでいたのは台所があった場所だけだ。水回りは床が腐りやすい。土台の丸太を全部入れ替えた。


 ナタリーの家は元々、平屋タイプだった。巨樹に沿う形で作られているが、家自体は長方形の造りだ。天井は採光のために高く取っており、思ったよりも広く感じられる。

 半地下もあった。これは巨樹にできたへこみを利用したもので、外からでは気付かない部分だ。他にも、巨樹側の壁を剥がすと見えてくるものがあった。直線の家具を置いたり壁を作ったりするため、あえてへこみ部分を隠していたのだ。真っ直ぐではない木に沿って作るのだから当然デッドスペースはある。

 これを、使う。

 また、将来を考えるとスペースが全く足りないため、ロフトを作ることにした。子供ができた場合にも使える。これらはクリスとナタリーの二人で話し合って決めた。


 改装は半地下から手を入れた。使われていなかった半地下はジメッとして、端にはカビが生えている。カビは広がると危険だ。特に巨樹を大事にしているシエーロでは、建築や改装時の重要検査項目としてチェックされる。

 これもシエーロならではのルールで、十年に一度の立ち会い検査もあるそうだ。大抵はその直前に業者を入れて徹底した大掃除をするらしい。

 今回の改装でも検査は入る。が、設計図は提出しなくていい。水漏れ検査と巨樹に対して不必要な作業をしていないか、カビなどの菌対策はされているかのチェックだけだ。

 そのため、最終的な板張りは検査後となる。それまでは仮留めになる。

 半地下も板を張り直したものの、一部はその下が見られるようにした。

 それから今までは部屋の内部から半地下へ入っていたのを、家の端にできたデッドスペース部分の外壁側に入り口を作って変更した。これも仮の扉だ。検査後に塗りを入れると報告しているため仮でも問題ない。

 検査後に完成させるのは、外壁と見間違えるよう作りたいからだ。一見して扉があるとは分からないように作る。まさか隠し扉イコール犯罪とは思われないだろうが、変に疑われても嫌なので塗りは後回しにした。

 この入り口から半地下部分へはデッドスペースを利用したため、狭い螺旋階段になる。十段にも満たない階段を降りるとダブルベッドサイズの小さな部屋に着く、という寸法だ。


 半地下とはいえクリスの身長なら立てるぐらいある。エイフみたいな大男だと窮屈だろう。それでも座れば問題ない。ここは荷物置き場になるが、ストーカー男対策の一つでダミーとして用意した。

 隠れていると思われた場合の部屋だ。

 だからこそ、外側から入れるようにした。この部屋の真上に寝室を作って、ベッドの下にいかにもな入り口を用意する。

 つまり、家に入られて「誰もいない、逃げた」となった時に「ここから逃げたんだな」と思わせるためのダミーだ。


 クリスは半地下を仕上げながら、知らず知らず「くくく」と笑っていた。

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