088 女子のお泊まり会
ゴタゴタしつつも、夕方にはなんとか水道管の検査を終えることができた。
ちょうどエイフたちが戻ってきたところで、その姿を見た役人が早口で「さっきの話はなかったことに」と言う。やはり、先ほどは賄賂を要求していたらしい。
当初はねちっこい話し方だったのに、エイフたちを見るやキビキビと話し始める。
クリスは怒っていいのか笑っていいのか分からなくなって、変な顔になってしまった。
そんなクリスを見て、エイフは不思議そうに首を傾げていた。
さて、本格的な改装を始めてしまったが住むのは問題ない。途中で水道管の検査だなんだで床板を剥がすなどしたが、そこはクリスの持つ家つくりスキルを使って突貫で元に戻している。
明日にはまた剥がすことになるので二度手間だが、明日いっぱいあれば改装は終わる手筈だ。多少の誤差である。
ただ改装中ということもあって、きちんと板や扉を直しているわけではない。水道管の検査も済んだとはいえクリスが少々気にしていると、ナタリーから嬉しい提案があった。
「ね、良かったら泊まっていかない? もし何か起こっても、クリスちゃんがすぐに直してくれるでしょうから、安心だわ」
「!!」
「それとね、明日も朝早くからは作業できないでしょ。だったら少しぐらい夜更かししても大丈夫よね。女子会、しない?」
お泊まり会の誘いだ。
クリスはパッと笑顔になった。
一応、防犯という意味でマリウスもいるが、彼は居間のソファが定位置だ。ナタリーの寝室には入らない。
そしてクリスは、ナタリーと同じベッドで寝るのだ。
こんなことは初めてだ。前世でも経験がない。クリスは急に心配になった。
「本当にいいの? わたし、床でも大丈夫だよ?」
「そんなこと言わないで。クリスちゃんが嫌じゃなければ一緒に寝ましょ」
「嫌じゃないよ! でも狭いかなって思って」
「家主さんがご夫婦で使ってらしたベッドだから、問題ないわ。それにクリスちゃん小さいもの」
「今ほど小さくて良かったと思ったことはないよ」
「ふふふ」
エイフは宿に戻った。万が一、ストーカー男が早く来たとしても、すぐに連絡が来る予定だ。それを待っても十分に間に合うからである。
クリスが「女子お泊まり会だー」とはしゃいでいると、微笑ましそうに笑って宿に帰った。何故かイサもエイフについていった。女子会だと言ったから遠慮したのかもしれない。プルピは少し悩んで、巨樹の上へと飛んでいった。先に戻ったハネロクと合流するのだろう。
「わたし、女の子同士のお泊まり会って初めて!」
「そうなの? わたしは何度かあるわよ。マルガレータともよく話し込んだわ。お互いの家に遊びに行ってね」
「わぁ~」
「みんなで服を持ち寄って着方を研究したりするのよ。お菓子はどこのお店が美味しいか、髪型は誰が素敵か、話し合うの」
「面白そう!」
ナタリーはベッドサイドに飲み物を用意して、喉が渇く前に「飲まないとダメよ」と勧めてくれた。それがとても美味しくて、クリスは目を瞠った。
「とっておきなの。これはね、巨樹の上の方に生えている木の新芽で淹れたお茶よ」
「それって貴重じゃないの? いいのかな」
「いいのよ。女子会で飲まなくて、いつ飲むのよ。ふふふ」
それからクローゼットを開けてパジャマを取り出してきた。
「好きなのを選んでね。あ、そうだ。小さい頃の服も間違って持ってきてたの。欲しいのがあれば持っていって」
クリスでも着られそうなワンピース型のネグリジェを合わせ、これがいいかな、と選び始める。持っていってと指差した服の中にはエルフらしい薄布の可愛いワンピースもあった。
普通の女の子でも簡単に引き裂けそうなほどの防御力である。分厚い布地の服ばかりだったクリスからは怖いぐらいだ。
でも、とても可愛い。
クリスが見ているのに気付いたナタリーは「あ、これ!」とワンピースを取り出した。
「ふふ。マルガレータが可愛いって褒めてくれた服だわ。彼女に貸すわよって言ったのに、自分には似合わないからいいって」
「マルガレータさんは綺麗って感じだもんね。……でも可愛い服が着たかったのかも」
「たぶんね。だけど彼女ったら、似合わない服は着ちゃダメって考えだったから」
「好きな服を着たらいいのになあ」
「……そうよねぇ」
ナタリーはワンピースを眺めながら何やら考えていた。
マルガレータもナタリーも美女で、どちらもセクシー体型だ。けれどタイプはちょっと違う。ほわほわして優しい雰囲気のナタリーには可愛い服も似合うだろう。マルガレータは仕事の出来るキャリアウーマンっぽい見た目で、若い頃は大人びて見えたかもしれない。現在の彼女の格好も、年齢より上に見える。
ナタリーはふと笑うと、ワンピースをクリスの手に乗せた。
「良かったら、もらって」
「え、でもこんな綺麗な刺繍のワンピース――」
いわゆる余所行きの、大事な外出着だったのではないだろうか。すべすべとした薄布が何層にも重なり、胸元と裾に細かな刺繍が施されている。
子供に譲り渡していくような大事な服に違いない。
「いいの。もらって。これはね、刺繍の得意な祖母がわたしに作ってくれたものなの。でも、本当はわたし、この手の服が好きじゃなかった」
「え?」
「だけど似合うだろうって言われてプレゼントされて。それにね、着て見せたら喜んでくれるでしょう? 喜ぶ顔が好きだったの」
「だったら、それこそ大事な思い出の服じゃ……」
「そう思って大事に取っておいたのだけど、同時に思い出しちゃうのよね。本当は好きじゃなかったなーって」
ナタリーは悲しそうな笑みで、他の服も引っ張り出してきた。
それらを撫でながらクリスを見る。
「マルガレータに譲りたかったのを、思い出したわ。でも今の彼女にはサイズが全然合わない。今更押しつけても仕方ないでしょ?」
「……将来できるお子さんに譲れるよ」
「そうね。でも、その時は子供が着たい服を用意してあげたいわ」
それに、と言葉を区切る。ナタリーはウインクして、クリスに笑顔を向けた。
「あなたにはすごく感謝してるの。知り合ってから、滞っていたものがするする動いていく気がする。マルガレータも楽しそうよ。マリウスがあんなに楽しそうに言い合いするのも珍しいわ。なんだか、すごく嬉しいのよ」
「わたし、何も、まだ……」
「これからしてくれるんじゃない! そうでしょ? 素敵な図面を見せてくれたわ。楽しそうに話をしてくれた。わたしが望む家の形を、ちゃんと聞いてくれた!」
だから。
「だから、クリスちゃんが気に入ったのなら、もらってほしいって思ったの。お古だけどね?」
クリスはただただ首を横に振った。
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