085 権力は使うもの




 翌日朝から、クリスとナタリーは家の改装についての許可取りに走り回った。

 マリウスとエイフの二人は狩りだ。ストーカー男が来るまでに猶予があるため、引きこもれるよう食料を溜め込む。万全を期すため事前準備は念入りに、だ。


 そうして女性二人(うち一人は女の子)で役所に赴いたわけだが――。

 最後の、許可証を発行してもらう窓口で揉めてしまった。外国人であるクリスが大工として働くと聞くや、突然の手のひら返しだ。しかし、もちろん外国人でも仕事はできる。


 シエーロの住民でもあるナタリーが丁寧に説明しても「大事な巨樹を傷付けられては困る」の一点張りだ。そんなことは言われなくても分かっている。だから「改めてルールの再確認もした」と言ってるのに馬耳東風だった。


 クリスがイライラし始めた頃、突然助けが入った。プルピが登場したのだ。

 しかも彼は大物と一緒だった。精霊である。


 プルピは皆に見えるよう隠蔽を解き、いささか胸を張るような仕草で声を張り上げた。


「ココニイルノハ、ワタシノ友人・・・・・・デモアル、コノ大木ノヌシ・・ノ子ダ」


 ぽかーんとしたのは役人だけではない。クリスもナタリーも、なんだったらその場にいた全員が唖然として見た。


「コノ娘、クリスモマタ、ワタシノ友人デアル。友人ガ友人ノ作ル家ヲ見タイト言ウノダ。見セルベキデハナイカ?」

「……あ、いえ、は? え?」

「ココニハ、バカシカオラヌノカ? 精霊ヲナント心得ル――」

「はっ、申し訳ありませんっ!!」


 プルピの台詞の続きが「頭が高い!」だと思ってクリスがワクワクしていたのに、肝心なところで役人に遮られてしまった。その方が良かったのは分かっている。プルピが珍しく不機嫌になっていたからだ。でもクリスはちょっぴり肩透かしにあった気分だ。


 それはそうと、クリスは巨樹にヌシがいるとは知らなかったが、巨樹に住み着く精霊ならば大物であるのは間違いない。その子供が来てくれるとはタイミングが良すぎる。

 ひょっとするとプルピはいろいろ見込んで、昨夜遊びに行ったのかもしれない。


 ちなみに子供の精霊は人型をしていた。背中に羽が六枚あって「いかにも」妖精みたいな見た目だが、存在感がまるで違う。ぼんやりと光って見えるため幻想的だし、ずしりと感じる厳かな空気は間違えようがなく「精霊様」だ。

 窓口の男だけでなく他の役人たちも、そんな精霊たちをしっかり見ようと目を凝らしている。が、どうもハッキリとは見えないようだった。

 ただし、プルピの言葉は届いている。


「ドウスルノダ?」

「はっ、いえ、わたしだけの判断ではお答えできず……」

「何故ダ。ソモソモ、大木ノ持チ主ハ精霊デアルゾ」

「……っ!!」


 子供の精霊が羽を大きく揺らし始めた。ヴヴヴと変な音がする。クリスとナタリーがじっと見ていると、役人の顔は真っ青になった。

 クリスたちは追い打ちを掛けることにした。


「精霊の子供、まるで怒ってるみたい」

「本当ね」

「そう言えば申請書類に間違いはなかったんだっけ。案内係の人が確認してくれたもんね?」

「ええ、そうよ」

「確か、ダメって言われたのは、この窓口の人に見せてからだったような」

「大工をここから選べってリストを渡されたけれど、断ったのよ。それからだったわ」

「そうだね。シエーロに登録している大工以外がダメだという法律はなかったのに」


 法律については朝のうちに調べていた。なにしろクリスは迷宮都市ガレルで永住権が取れないと知って随分落ち込んだ。二の舞は嫌だから、家つくりについて穴がないか調べたのだ。

 もしルール上無理ならば、他に抜け道がないかも調べるつもりだった。

 幸いにして問題はなかった。

 書類に不備もない。


 窓口の男性が青い顔のまま、リストをそろっと手前に引っ込めようとした。それをすかさず引っ張り返す。


「このリスト、他の人に見てもらおうかな~」

「それがいいわね」

「精霊の子供さんと一緒にね。そうだ、上の部署に掛け合ってみよう!」


 ヴヴヴ。


 精霊の子供とプルピが頷いた。それを見て、男性は観念したようだった。



 代わりの役人が申請を受け付けてくれたため、クリスたちは無事に許可証をもらった。

 ハッキリとは言わなかったが、渡された大工リストは全員分が載っておらず、偏っていたようだ。つまり、何かしらの意図があってリストを改ざんしていた。窓口の男性が業者を選定することの意味は、たとえば「業者側に賄賂を要求する」といった理由が想像できる。当然、同僚たちもクリスと同じように考えたのだろう。彼は皆に白い目で見られながら上司に連れていかれた。




 さて、ヌシの子供だ。名前を聞いても、安定の電子音で全く分からない。プルピに変換してもらっても通じないため、クリスは諦めて名前を付けることにした。数秒考え「ハネロク」と呼んだ。とても喜んでくれた。

 精霊の喜ぶポイントは相変わらず不明だ。

 クリスは首を傾げつつ、材料の仕入れへと急ぎ向かった。


 木材の仕入れは役所と違って何の問題もなかった。ナタリーの仕事場の近くにあって、知り合いが多かったことも一つ。

 ほとんどはハネロクのおかげだ。彼(もしくは彼女)がクリスの頭の上で座っているおかげで「精霊様だ」と拝み始め、それだけでオールオッケーになってしまった。

 逆にいいのだろうかとクリスが不安になるほどだ。

 でも、クリスはそこでイイ子ちゃんになるつもりはない。使える権力は使う派である。


 クリスがこっそり拳を握って笑っていると、昼ご飯を一緒に摂ろうとマルガレータを誘いに行ったナタリーが戻ってきた。ナタリーは苦笑していたが、マルガレータは「クリスちゃん……」と呆れ声で見てくる。

 クリスのあくどい笑みにドン引きされたのかと思えば、違った。


「精霊をおふたりも乗せていると聞いていたけれど……。なんだかすごい格好じゃない?」

「えっ」

「(あのね、あなたの髪の毛を丸めてクッションみたいにしてるわよ?)」


 小声になって、控え目な表現で教えてくれる。プルピはまたも勝手に改造しているようだ。


「ちょっとプルピ? あなたのために髪を纏めたんじゃないんだからね?」

「イイデハナイカ。減ルモノデナシ」

「どうせ、ふんぞり返って寝てるんでしょう? ハネロクが真似しちゃうから止めてね」

「フフン。○※△◇※ガ逆ニ前ノメリニナッテイルノデチョウドヨカロウ」


 クリスは慌てて前髪のあたりに手をやった。そろりと指で触れると、ハネロクが掴まった気配を感じる。プルピもそうだが精霊は触ろうと思えば触れるのだ。

 その触れたところから「楽しい」という感情のようなものが流れ込んできた。

 どうやら精霊の子供は、かなり下界を楽しんでいるようだ。

 これはもしかして「お守り」もしなければならないのだろうか。クリスは少し不安になってきた。


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