084 家つくりの打ち合わせ




 クリスの持つ「家つくり」スキルは、稀少ではあるが最上級スキルではない。

 よく勘違いされるのだが、珍しいからといってイコール「すごい」わけではなかった。残念ながら、どうでもいいような変わったスキルも多い。

 クリスが冒険者たちに聞いた話の中でも有名なのが、大昔にあったらしい「玉結び」スキルだ。裁縫スキルどころか、玉結びに特化している不思議なスキルだったそうだ。幸い、そのスキルを持った人は、他に中級スキルを三つも持っていたため笑い話で済んだ。

 しかし、知らない人からすれば、数が少ない=最上級と勘違いする場合もある。

 実際、最上級スキルを持つ人は少ない。


 ちゃんと認定を受けているものだけが最上級スキルである。

 スキル一覧は冒険者ギルドの資料にあるため、クリスは大きな町に行くと必ず見ている。そこに家つくりが入っていたことはない。

 かといって玉結び系でもないはずだ。何故ならクリスは家つくりスキルが「使える」ことを知っている。


 エイフも知っていた。それどころか、むしろ家つくりスキルをクリスよりも買っていたようだ。


「俺は大工スキルよりも上位じゃないかと思っている。図面を見ずとも動けるし、スキル発動中は些細なミスも見逃してない。元々、力はある方だが、底上げもすごい。あとは、とにかく早い。奴等が数日中に来るなら急いだ方がいいだろう? 隠れるにしても頑丈でなければならないはずだ」


 家を壊されてはたまらない。

 ナタリーはハッとして頷いた。拳を胸に、もう一度頷く。


「いつ来るか分からないもの。ずっと守ってもらうわけにもいかないし、頑丈な家は有り難いわ」

「だろう? 仕事の行き帰りはマリウスという護衛がいる。職場でも守ってもらえるだろう。だが、家だと厄介だ」

「ええ」

「今回は俺たちでなんとかできたとして、次がないとは言い切れない」


 エイフが力を貸すと言っている以上、上手くいくとは思っている。でも、黙って引き下がったというフリだってできるのだ。

 エイフの慎重さに、そうした経験があるのだとクリスは知った。そうでなければ、猜疑心は生まれない。元々慎重な人もいるけれど、それは例外だ。

 エイフはきっと、ニホン組に迷惑を被った経験があるのだろう。しかも慎重にならざるを得ないほどの。


「わたしはクリスちゃんのスキルを信じるわ」

「ナタリーさん、ありがとう!」

「うう、分かった。俺も信じる。どのみち、奴が来たら今度こそヤバい。逃げ隠れするにも対策が必要だ」

「そうだ。何重にも対策はしておくべきだ。いいか、マリウス。大事な女を守りたいなら全力で当たれ」

「お、おう」


 マリウスはビクッとして体を少しだけ引いた。けれど、真面目な顔のエイフに思うところがあったのか、すぐに表情を引き締める。

 クリスはエイフの様子も気になったが、何より先ほどから頭を支配している「家」について吐き出してしまいたかった。

 早速、クリスはナタリーと打ち合わせを始めた。紙を用意してもらい、机に広げる。


「避難する場所っていうのが基本だとしても、ナタリーさんの意見だって入れないとダメだと思うんだ」

「でも、緊急対策だもの」

「だからって不便になったら意味がないんだよ?」

「クリスちゃん……」

「家はね、一番安らげる場所じゃなきゃダメなの。家は大事なんだよ」


 クリスの真剣な様子に、ナタリーも拳に力を込めてテーブルに乗り出した。一つ頷いて答える。


「わたし、料理を作るのが好きなの。できれば自宅で解体もやりたいわ。だから――」

「分かった。じゃあ台所は大きめだね。隣に解体室と保管室も必要と。その代わり、他の部屋が狭くなっちゃうけど……」

「食堂があればいいわ。あとは寝室ぐらいね。あ、隠れるなら共同のお手洗いと風呂場が使えないわね。小さくてもいいから家の中に欲しいのだけど……」

「了解です。でも、風呂場って?」


 水が貴重なシエーロには共同風呂場があるとは聞いていた。しかし個人宅の風呂場とはどんなものだろう。クリスは首を傾げた。


「風呂場と言っても宿にあるような大きな浴槽があるわけじゃないのよ。盥に水を溜めて体を拭うの。スキル持ちの人に頼めるから、週に一度は盥のお湯に浸かれるわ」

「そういうタイプかー。サウナではないんだね」


 共同風呂場はタイル張りになっており、一応タイルに温熱効果のあるものを使っているため震えるほどではないという。それでも冬場は数日に一度だけしか入らないそうだ。


「じゃあ、シャワータイプにしましょう」

「シャワー? でも水なんて……」

「まあまあ。なんとかしましょう。もちろん、水は引きませんよ。料理用の水だって配給制ですもんね。分かってますって」

「え、ええ」

「ではトイレとお風呂場、清め室って言いましょうか、それを作ってと。そうだ、個人宅でもトイレの処理はスライムパウダーです?」

「そうよ」


 トイレの処理にもいろいろある。専用の家畜を使うか、あるいは大規模な下水処理場を持つ都市もあった。たとえば迷宮都市ガレルがそうだ。下水処理がしっかりできていた。


 辺境だと穴を掘って処理することが多い。トイレを清潔にしていないと病気が蔓延するというのは知られているから、少し離れた場所に共同トイレが用意されている。満杯になれば埋めてしまい、新たにトイレを設置するのだ。そんなことができるのも土地が多い辺境だからで、そんなやり方しかできないのも辺境だからだった。スキルによる処理も、物資も何もないからだ。


 町の場合は大抵スライムパウダーを使う。発酵と消臭を兼ね備えた商品名のことで、いろいろな素材を配合してパウダー状にしたものだ。使用後の見た目がスライムに見えることから名付けられたらしい。ちなみに、配合を考え出したのも商品名を付けたのもニホン族だ。ヨーグルトみたいな増やし方ができるため、菌の素さえ死なせなければ永遠に作れる素材である。ただし、完璧ではない。砂漠のような辺境の地では菌が生きられないし、湿度の高すぎる場所でも作れないそうだ。


 スキル持ちが多ければ、溜めた汚物を浄化するという方法もある。

 消臭用の薬草もあるため、その地域が実際に何を使っているのかは聞かないと分からない。


「スライムパウダーがあるなら問題ないですね」

「そうね。でも、薬草ポットも必要かもしれないわ。あまり深くに汚物タンクを置けないの」

「あ、そういう決まりがあるんですね。了解です。とりあえず、明日、改装許可を取るついでに確認してきます」

「わたしも一緒に行くわ。事情を説明しなきゃ」


 それは心強い。とにかく急がないといけないから、クリスとナタリーはどんどん話を詰めていった。

 男二人は、少し唖然としていたようだった。

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