086 精霊にお願い、妖精も疲れる




 天空都市シエーロの住民は大半がエルフだ。元々、精霊という存在は敬われているけれど、エルフは更にそれが強いらしい。特に世界樹の流れを汲むという巨樹に住んでいるからか、精霊への信仰が強いようだ。なにしろ世界樹には精霊たちが多く住んでいる。

 世界樹には滅多なことで近付けない。精霊の導きなくしては入れないとされていた。世界樹の葉や枝は不可思議な、理を覆すような最高の素材であり、そこに自在に出入りできる存在はそれだけでも憧れなのだろう。


 もちろん精霊自体に尊敬の念もある。

 ただ人によって感じ方は違う。「可愛くてほのぼの見ている」もあれば「存在が素晴らしすぎて恐れ多い」となるなど、幅が広いようだ。クリスみたいに、むんずと掴んで放り投げるような真似はあまりしない。サバサバした感じのマルガレータでさえ、精霊に対してうっとりとした視線を向けるぐらいだ。

 だから彼等の気持ちは理解できる。しかし、人々の視線の少し下にはクリスの顔があって、まるで自分を見られているようだ。どうにも居心地が悪い。食事のために皆で屋台通りへ向かったが、その際にも通りすがりの人や店の人の視線が痛いほどだった。


「プルピ、なんとかなりませんかね?」

「何故、敬語ナノダ」

「お願いする時は敬語になるんですよ。当たり前ですね」

「……分カッタ、分カッタカラ、普通ニ話スガイイ」

「はーい。てことで、ハネロクをなんとかして。見えないようにするか、輝きを消すか、髪の毛に潜り込ませて隠すか――」

「分カッタ、分カッタ」


 やれやれ、と呆れ声で答え、プルピはハネロクを説得してくれた。電子音だったので彼等の言葉でだろう。何と説明したのかは分からないので気になるが、結果が良ければいいかと思うことにした。



 その後、マルガレータに「ニホン組対策としてナタリーの家を作る」と説明すると、彼女はできるだけの便宜を図ると約束してくれた。ギルドから買い取れる素材も多いため、融通を利かせてもらうのだ。しかし、途中で「虫素材はナタリーの職場から買えばいいんじゃない?」などと言うものだから、クリスは思わず叫んだ。


「却下!」


 ナタリーは苦笑でマルガレータの肩をポンと叩いた。



 午後は資材を運ぶのに費やして作業どころではなかった。

 ナタリーとは家の改装契約を済ませているが、ほぼ実費の材料費だけもらう。こちらから言い出したのだからそれは構わない。

 代わりにエイフが何かくれるらしい。ハッキリとは言わなかったが、例の報奨金から出してくれるのだろうと察したクリスである。

 ナタリーは「さすがに材料費だけというのはいくらなんでも失礼すぎる」と言い、話し合いの末、三食用意してもらえることになった。願ったり叶ったりだ。

 料理上手ではないクリスにとって、美味しいご飯が毎回いただけるというのは大変ありがたい。

 宿でも食事ができなくなるため、ちょうど良かった。


 ちなみに水の配給は家にいる人数で量も変わってくるそうだ。今回のような場合は「大事な客人を迎えるため」の必要措置として許可される。

 契約書を複数用意していたので何故だろうと思っていたが、仕事を依頼しているという証明になるそうだ。


 そうしたわけでナタリーは自宅で調理中である。余分に作ってくれる分は、エイフの収納袋に溜め込むつもりだ。肉はこちらから提供した。ヴヴァリがまだあるから問題ない。

 ――でないと、虫肉を使われたら困るもんね。

 クリスもさすがに我が儘だと思っている。だから一応エイフにも確認したのだが、あえて食べたいわけじゃないから大丈夫だと頭をポンポンされた。その割には最高級のアオイモムシスープとやらに興奮していたが……。


 調理をお願いしている間はクリス一人で作業する。その資材を運んでいると度々声を掛けられた。


「お嬢ちゃん、大丈夫なのか?」

「一人で運ばされてるのかい?」


 行き会う人々に心配されてしまった。確かに、適度にカットしたとはいえクリスのサイズに合わない大きな木材を、えっちらおっちら運んでいるのは心配にもなろう。

 しかし、ドワーフの血を引くクリスは力持ちだ。見た目が人族のようにも見えるため弱々しいと思われがちだが、骨太で筋力もある。

 それと、プルピにもらった物づくりの加護が何気にいい仕事をしていた。

 加護がついて以来、それに付随する能力が上がっている。

 最初にそれに気付いたのは、精霊の家をたくさん作っている時だ。手早くできるようになったと感じた。その後、浄水の泉の水を汲んだ時にも少し気になった。

 些細な上昇だったため気のせいかと思っていたが、そうではなかった。プルピが頭の上から教えてくれる。


「家ヲ作ルノモ、物ヅクリデアルカラナ。ワタシノ加護ガ働イテイルヨウデ良カッタ」

「え、それってすごくない? 基礎体力が上昇するの?」

「ソウダ。筋力モ、身体的ナモノナラ全テ上昇シテイルゾ」

「すごい! プルピ様々だね!」

「ウム!」


 クリスには見えなかったが、絶対に胸を反らして自慢げな様子でいるのだろう。


 ところで、ハネロクが来てからというもの、イサはクリスの肩に止まったまま頭上には行かなくなった。

 居場所がないらしい。偉そうなプルピと偉い精霊の子供のふたりがいたら、ぎゅうぎゅうなのも分かる。遠慮して可哀想だが、そもそもクリスの頭の上は彼等のものではない。

 そのうち追い出そう。

 今は権力が必要なので「どうぞどうぞ」である。


 光るのを止め、髪の毛に埋もれる遊びを覚えたハネロクのおかげで、クリスはただの怪力娘として目立つだけで済んだ。

 午後はそんな感じで、時々心配されながら資材を運びきった。




 ハネロクは夜は親元のところに戻っていった。そのついでにプルピを追い出す。

 いくらなんでも頭の上でふんぞり返り過ぎだ。遊んでおいで、と見送った。

 イサは今日はクリスと一緒にいるらしい。上司に付き合うのも大変だろうと言えば、何度も頷いていた。

 精霊たちは尊い存在なのだろうが、ちょっとアレである。

 ……自由すぎるのだ。

 一歩間違えれば「我が儘」と受け取られても仕方ない。

 妖精のイサからすれば親にも似た大事な存在だろう。でも、我が儘な親にずっと付き合うのも大変だ。

 クリスが労うと、イサは大きく頷いた。


「ピルルルゥ」

「あはは。溜息吐いちゃうほどかー。お疲れだね。今日は一緒に寝よう。髪の毛で巣作りもしていいから」

「ピルッ?」

「いいよ。たまにはね」

「ピルル!」


 イサは喜んで、宿のベッドの横に置いていた彼の家ではなく、クリスの髪の毛に潜り込んだのだった。


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