072 青年→少年→幼児
青年はマリウスと名乗った。
昔から精霊に好かれる性質らしく、都市内ではよくイタズラをされて困っていたそうだ。そのため、人の少ない森へ出て過ごすことが増え、結果的に狩人という職に就いた。
大人になって分かったのは、精霊たちはイタズラというより楽しいことが好きで、遊んでいたつもりらしいということ。
仲直り(?)してからは、精霊の助けを得て狩人の仕事をこなしているそうだ。
そんな話を、会ってすぐのクリスにする。
彼こそ、警戒心が足りないのではないだろうか。クリスは目の前の青年が心配になった。
マリウスのことは大きな少年だと思うことにした。
口が悪いのも少年だと思えば分かる気がする。
クリスがお言葉に甘えて休んでいると、浄水を汲みに行ったマリウスが戻ってきた。
そわそわとこちらを気にしていることから、まだ話を続けたいようだ。どうぞ、というつもりで彼を見ると、にぱっと笑った。
――もう少し精神年齢を下げた方がいいかもしれない。
幼児と少年の中間ぐらい? などと考えていたら、マリウスが近くにあった丸太に座った。それを見て、これが偶然できた倒木ではないと知った。どうやらここは彼の作った休憩場所のようだ。
「お前、外からの冒険者だろ? 精霊に好かれるなんて珍しいな!」
「たまたまじゃないかな」
「そうなのか?」
「うん。ここにいるイサが、イサおいでー」
呼ぶと、ピピピッと鳴いて飛んできた。プルピもそうだが、みんな気儘に遊び回っている。マリウスのことを一切警戒していないからだ。
同じようにクリスのことも警戒していないから、ふたり以外の精霊や妖精たちも遊び回っている。
「この子を保護したのがきっかけかな。迷子の妖精だったの」
「へぇ、そうなのか」
「その後にプルピと知り合って。あそこで丸太に細工を入れようとしている小さいのが、そうだよ」
「ああ……。ていうか、名前教えてもらってるんだな」
「そうだね」
「珍しいんだぞ?」
どこか羨ましそうな表情だ。マリウスは好かれているのに教えてもらっていないのだろうか。クリスが聞くと、彼はしょんぼりして答えた。
「誰も名乗らないんだ。『マリウスにはおしえなーい』って、笑ってさ」
「……からかう感じ? それとも拗ねるみたいな?」
「笑うのに意味があるのか?」
クリスは考えてみた。
マリウスに対する人物像は、先ほど固まった。精神年齢が幼児と少年の間ぐらい。口も悪い。幼い頃から森に入っているということは、人間同士の付き合いは他の人より少ないだろう。
「……あのね、きっかけがあると思うんだ」
「きっかけ?」
「たとえば小さい頃に精霊をいじめたことがあるとか」
「俺はそんなことしない!」
「ふーん。じゃ、イタズラされて怒ったことはないの?」
イタズラだと思っていたのだから、普通なら怒りそうな気がする。そう思っての質問だったが、はたして――。
「怒ったっていうか、何度かぶち切れたな」
「なんて言ったか覚えてる?」
「あー、なんだっけ。そうだな。『埃ワタが舞ってる』とか『お前あんまり騒ぐと紙に巻いて煙草にするからな』って言ったことはある。そういや、ペットを飼うのに憧れて、一時期名前を付けたことがあったっけ」
クリスは半眼になった。嫌な予感しかしない。
何故なら、小学生男子、しかもこの手のタイプが考え出す「ペットの名前」だ。
予定調和だと思いつつ、どんな名前なのか更に突っ込んで聞いてみた。
「えっとな。黒トゲールだろ、トゲトゲミドリ、トゲ魔王君、ミニミニトゲ丸、触覚ワタボコリ、必殺トゲ王、とかだな」
「それです」
「あ?」
「それが原因です」
「……なんかその顔、むかつく」
美形を歪めて言うが、あまりに想像通りでクリスは笑いも出なかった。
しかも、もう少し捻ってあるならともかく、素直に少年らしいネーミングだ。きっと彼は当時「トゲ」なるものにハマっていたのだろう。
「微妙な名前を勝手に付けられたから抗議したんじゃない?」
クリスがズバッと告げると、マリウスは黙り込んだ。ちょっぴり下唇が出るあたり、彼は本当に子供っぽい。
「案外、尖った名前だと喜ばれたかもね」
「尖った名前?」
「楽しいことが好きな精霊たちだもん。プルピも、わたしが掴んで投げ飛ばすのを楽しんでるし」
「……待て、そっちの方がひどくないのか?」
「えっ、そんなことないよ!」
その後、二人でギャーギャーと言い合った。
ちなみに、精霊たちは本当には怒っていないという結論だけはついた。何故なら名前事件の後もマリウスから離れなかったからだ。
行きがかり上、マリウスと一緒にシエーロまで戻ることになった。
やいのやいのと騒ぎながら――いつの間にか、どちらが尖った名前を編み出せるか勝負になっていた――門を通り過ぎたところで美女に呼び止められた。
「マリウス、その子どうしたの? まさか可愛いからって攫ってきたんじゃないでしょうね」
「お、ナタリーか。お迎えご苦労!」
「わたしの話を聞いてる?」
なんと、こんな精神年齢の男でも彼女(あるいは妻?)がいるらしい。
クリスは目を剥いて驚いた。そして「イケメンめ!」と謎の嫉妬心が芽生えてしまった。
ちなみにイサも「ピピーッ」と騒いでいる。最近、鳴き声だけでも彼の気持ちが分かってきたクリスである。今のは「むきーっ」だと思う。たぶん。
そんな風に傍観していると、美女がクリスに合わせて屈んだ。目が心配だと告げている。
「大丈夫? 騙されてついてきてない? お父さんかお母さんと一緒だったんじゃない?」
「あ、えっと、大丈夫です」
「本当?」
なおも心配な様子なので、クリスは冒険者ギルドカードを見せた。それから後ろできちんと佇むペルとプロケッラを示す。
「この子たちが護衛代わりなんです。ペルがわたしの馬で、大きい方のプロケッラは仲間の馬なの」
「そうだったのね。こんなに立派な馬がいるなら……。竜馬? すごいわね。だったら安心だわ。ごめんなさいね、突然」
「いいえ。心配してくれてありがとう」
「まあ、なんて礼儀正しいの。それにとっても可愛いし」
美女はにこにこと微笑んだ。
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