073 良い出会いと悪い出会い




 美女は褒めてくれたが、クリスは「いえいえ、あなたの方がずっと可愛いです」と内心で思った。美女なのに可愛いというのは、珍しい。心が澄んでいるからに違いない。

 実際、彼女から受ける印象は良かった。


「彼ね、よく拾いものをするのよ。でも思い込みが激しくてね。以前も子供を持って帰ってきたことがあったの」


 ほんわりと笑って話す内容に、クリスは一瞬気付くのが遅れた。


「……えっ?」

「ご両親と一緒にいるに決まってるのに。精霊がなんとかって言い出して、あの時は騒ぎになるし本当に大変だったわ」

「あ、あの、えっと」


 すでにやらかしているし、しかも結構ギリギリアウトな話だった。クリスはなんと言っていいのか分からなくなった。でも、とりあえずマリウスだ。


「マリウス、そこへなおれ! お説教するから!!」

「は? いや、なにそれ。てか、お前怒るなよ。後ろの馬の前脚がなんかおかしいから!」


 本気で怒ったわけではないが、クリスの内心に気付いたらしいペルまで連動されたようだ。

 クリスは振り返って「どうどう」と彼女を落ち着かせた。

 ちなみに、プロケッラは平然としている。ペルに合わせるつもりはないし、そもそもクリスが本気で怒っているとも思ってないのだ。

 当然イサやプルピ、ククリもふわふわーっと漂っている。気持ち、美女に寄り添っているのは、ひょっとすると心地良い何かが出ているのかもしれない。


 ちなみに、慌ててとりなしてきた美女によると――。

 その親子は直前に喧嘩していたらしい。たまたま見ていた精霊が「あの子を助けよう!」と言い出して、マリウスは疑うことなく助けようとしたとかなんとか。

 クリスが呆れていると「門の前で騒がないように」と門兵に怒られ、場所を変えることにした。

 まずは依頼の処理をすべく冒険者ギルドだ。


 美女もついてきた。

 道中、彼女が改めて名乗ってくれた。ナタリーというらしい。純粋なエルフで耳が長めだ。あと、とてもとてもスタイルがいい。

 そして、受付のマルガレータとは友人だった。


「ナタリーじゃない。どうしたの、ここに来るなんて珍しい」

「マリウスがまたおかしなことをするんじゃないかって、帰りを見張っていたのよ。そこでクリスちゃんと出会って」

「ああ、そういうことね。毎度お疲れ様。幼なじみも大変ねぇ」

「ふふ。でも、彼に助けられることもあるんだから、お互い様よ」


 クリスのアンテナがピッと立った。何故か同時にイサも「ピッ」と鳴く。

 ふたりして、ナイスバディ美女たちの会話を聞く。


「またお持ち帰りしたと思ったのね。でも、クリスさんは立派な冒険者よ。安心して」

「ええ。さっきそう教えてもらったわ。馬たちもとても賢いの。それでね、びっくりさせちゃったし、ご飯でもどうかしらと思って誘ったのよ」

「いいわね。ナタリーの手料理は美味しいもの。マリウス、あなたも毎日お世話になってばかりじゃダメよ。お礼はしてるの?」

「してるぞ。ギルドに突っ返された薬草とか」

「あのねぇ、それは撥ねられた商品よ。しかも三級品レベルってことじゃない。そんなものをお礼に持っていくんじゃありません」


 クリスとイサは顔を見合わせた。といっても、クリスが肩を見て、そこに止まっているイサが首を傾げながらクリスを見ようとするわけだが。


「ねぇ、あの二人、結婚してるどころか付き合ってもないみたい」

「ピピ」

「もしかして、幼なじみのまま大きくなって今更、みたいなベタなやつ?」

「ピピピ! ピピピィィ~」

「オヌシラ、何ヲ言ッテイルノダ……」


 プルピもまだいたらしい。クリスの頭の上で溜息を漏らしている。

 何故かククリも一緒だ。彼は、クリスの編み上げた三つ編みに糸を(どうやってか)絡ませて、まるでピアスのようにぶら下がっている……。

 チラチラ視界に入ってくるのが、なんだか嫌だ。蓑虫のピアスなど、どう考えてもおかしいからだ。自分の趣味ではないと言いたいが、精霊が視える人は少ないのだった。

 そして、視えるはずのマリウスは、少年の心を持っている。


「なあ、それ格好良いな!」

「マリウスは自分の話題が出ていることにもっと気を配った方がいいと思う。わたしじゃなくて、あの二人を見て!」

「お、おう」


 でも怒られてるっぽいからなー、とマリウスがぼやく。

 そりゃ怒られるよ。と言いかけたところで、ギルドがざわついた。誰かが入ってきたのだ。

 振り返ると、エイフが何か引きずって帰ってきたところだった。

 ――何か。


「ギャーッ!!」


 ギルドに、女の子とは思えない叫び声が響いた。

 そう、クリスの声である。




 騒ぎが落ち着いたところで、エイフも一緒に食事に誘われた。保護者としてだ。


「悪いな、俺まで」

「いいえ。保護者の方とご一緒の方がいいですから」

「だよなー。こんな訳わかんないの、ホゴシャがいないと困るぜ。あんな虫ぐらいでさ」

「マリウス? そんな言い方しないの。クリスちゃんは虫が嫌いなのよ。仕方ないじゃない」

「だってさー、蟷螂を狩ったんだぞ。しかも食いでのありそうな肥った雌だったよな~。あれを食べたかった~」

「仕方ないでしょ。クリスちゃんは虫が食べられないんだから。その代わりヴヴァリの肉をいただいたのよ。久しぶりだわ。とっても嬉しい。ね、クリスちゃん、だから気にしないで」

「……はい」


 クリスは俯いたまま返事をした。エイフが頭に手を置いて乱暴に撫でる。イサとプルピは今、エイフの肩にいた。

 ククリはマリウスの頭の上だ。髪の毛に絡んでいる。ふたりは知り合いらしい。ククリはマリウスと一緒の時はぶら下がらないようだ。


「落ち込むなって。俺より大きいサイズの虫だ。外の冒険者が怖がるのは……よくあるとは言えないが、まあ割といるらしい」

「その後、倒れたもん……」

「倒れるほど怖がる冒険者も、いる、かな?」

「いいよ、エイフ。無理に慰めてくれなくても。あれは、覚悟の足りないわたしが悪かったんだから」

「お前は頑張ってる。シエーロの冒険者たちも気にするなって言ってたじゃないか」

「うん……」

「それにな。女の子がキャーって騒ぐのは愛嬌があっていいさ」


 キャーではなく、ギャーだったのだが。

 しかし、話をちゃんと聞いていたらしいマリウスまで助け船を出してくれた。


「そうだぞー。前に騒いだ冒険者は、俺より二回りも大きい戦士の男だったんだからな!」


 食べられなくなった蟷螂を惜しむ発言をしたくせに、マリウスなりの慰めを口にする。

 クリスは少し笑った。でもすぐに笑みを引っ込めた。


「でも倒れたのはクリスが初めてだ! 明日には都市中で噂になってるぞ!」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る