071 採取と浄水とエルフ
ククリの転移は、あっという間だった。
正確には「いきなり」転移されたため、クリスは「は?」と素っ頓狂な声を上げたわけで。
せめて「行くぞ」などの掛け声が欲しかった。しかし、ククリの言葉は電波である。通じるはずもない。
ともあれ、せっかく転移で早く戻れたのだ。クリスはペルとプロケッラを連れてシエーロに戻った。
ククリとは門のところでお別れだ。またねー、とクリスが手を振れば、ククリも糸の手を振って消えた。
プルピはイサと共にクリスの頭の上に座り込んでいる。門番が何も言わなかったので、彼には見えなかったのだろう。
クリスは翌日もトリフィリの花の採取に向かった。門の出入りのために採取仕事を受けてきたが、一件だけなのですぐに終わった。花の採取も精霊たちがまた手伝ってくれたため、空いた時間で浄水の場所へ案内してもらうことになった。彼等にはクッキーのお礼を渡したため、とても喜んでもらえた。
プルピには「精霊使いが荒い」と文句を言われたが、ククリは嬉しそうだ。糸の手が絡みそうなほど喜んでいる。
人に仕事を頼まれるのが好きなのだろうか。やけに人慣れしている。
気儘と言われる精霊にしては付き合いがいいし、プルピもククリも変わっているのだろう。
浄水はトリフィリの群生地から近い場所にあった。というより、どうやらここが精霊たちの集まる「好きな場所」らしい。
窪地になった狭い岩場の影に、こんこんと湧き出る泉があった。とても小さな泉だ。
太い幹の木々が邪魔をして、人間も獣も見過ごしそうな窪地を下りる。途端に清浄な空気に包まれた。
「すごい……」
「ピピ」
イサも呆気にとられたように嘴を開けている。
ふたりして感動していると、プルピが「早く水を汲め」と言い出した。ククリも待っているような雰囲気だ。精霊にとってみれば、浄水の泉など特別感はないらしい。
「少しぐらい感動させてよ」
「オカシナコトヲ言ウ。生命ノ泉ノ水ダケデナク
「それはそれ、これはこれだよ」
「フウム。ヨク分カラン」
「だろうね。持ってる人は持ってない人のことなんて分からないんだよ」
「ワタシハ、人デハナイ」
「そうだよね! 精霊だもんね!」
言い合いながらも、水を汲む。
綺麗な瓶にも入れたが、収納袋に入る余地はそれほどない。そのため、大半はヴヴァリの皮で作った水袋に入れる。もちろん、紋様紙の【浄化】で綺麗にしたものだ。
「物ヅクリノ加護ガアル、オヌシガ作ッタノダカラ問題ナカロウ」
プルピがそう太鼓判を押すので信じることにした。
ヴヴァリの水袋に次々と浄水を入れ、それを持ち上げて運ぶのは大変な作業だった。これほど大変なら、一時的に収納袋の中身を取り出しておいて運べば良かったのだ。ただ、クリスは心配性のきらいがあり、どうしても貴重品を一時的とはいえ外に出しておくのが怖かった。もっとも「これぐらい大丈夫だろう」と甘く見ていたのが一番悪い。
運び終わったあとは太い幹に背中を預けた。さすがのクリスもドッと疲れた。ドワーフの血を引いているらしいクリスは普通の女の子と比べたら力がある方だ。けれど、重い水の入った「ふよふよ」している袋を抱えて岩場を上がるのは厳しい。なかなかの重労働に休憩が必要だった。
少し目を瞑って休んでいると、背中から音が聞こえる。
「木の音かな。振動だったっけ? 葉が揺れるだけでも聞こえるんだよね……」
綺麗な音だと思う。こんな風にゆっくりしたのは、どれぐらいぶりだろう。
クリスは思わず微笑んだ。
すると、サリサリとした葉を踏むような音がした。とても小さな音だ。
何かの気配を感じる。イサやプルピ、ククリではない。もちろん動けば大きな音を出すペルたちでもなかった。
けれど、だからといって悪い気配でもないのだ。
クリスはそろりと目を開けた。
そこにはとても美しいエルフの男性が立っていた。
彼は怪訝そうな顔でこう言った。
「あ、なんだ、生きてたのか」
*****
これぞエルフ、という姿にクリスがポカンとしていると、その青年が呆れた顔になった。
「お前、頭は大丈夫か? 知らない男が急に現れたんだぞ? そういう時は走って逃げろ。お前よりもっとチビでも知ってるぞ。親は教えてくれなかったのかよ」
――うーん、口が悪い!
クリスこそ呆れてしまった。
が、彼の言うことは正しい。クリスは急いで立ち上がった。
「……精霊があなたを警戒してないから。だから、いい人なんだと思ったの」
「へぇ。お前、精霊が視えるのか」
今度はジロジロと上から下へ視線が動き、じっくりと観察される。
クリスはちょっぴり不快に思いながら、仕返しとばかりに青年を見つめた。
エルフの年齢は分かりづらいが、見た目は二十歳ぐらいだ。
あどけない少年時代を抜け、ぐんぐんと大人の男に向かっている、というような不安定さがある。見る人が見ればキャーと騒ぎそうな美形だけれど、美少年というほど細くない。しっかりと筋肉が付いていた。
――まあでも、エイフほどじゃないんだよね。
相手も品定めしてるんだからクリスだってしてやろう、という気持ちで、少し辛口の採点をしてみた。
それが伝わったからではないだろうが、青年がほんの少し眉根を寄せた。
「俺が美形すぎて言葉も出ないか」
「外面と内面の美しさは比例しないんだな、って思ってたところです」
青年は今度は明らかにムッとした。
でもクリスからすれば、口の悪い相手に対して繕う必要はない。
あと、これは本当のことだが、精霊も妖精も彼を警戒していないのだ。むしろ楽しそうだった。馴れ馴れしくしている精霊もいて、つまり顔見知りの可能性が高い。
知り合ったばかりの、この辺りにいる精霊のみならず、クリスと仲の良いプルピやイサが平気なのだ。
悪意はないだろう。
口の悪さは普段から。
そして、たぶん、ここは彼の大事な場所だったのではないだろうか。
青年の方がクリスを警戒している。
そう気付けば、クリスが殊更に警戒する必要はない。
クリスはにっこり笑った。
「仲良くなった精霊たちに教えてもらって、浄水をもらっていたの。疲れたから少し休んでいただけで、すぐに出て行くよ。あなたの穴場については誰にも話さないから」
「……別に、俺だけのものってわけじゃない。追い出すつもりもないから、疲れてるなら休んでいけばいい」
「いいの?」
「俺のものじゃない。ここは、精霊が好きな場所だ。汚さなければ、それでいいんだ」
「ありがとう」
クリスがお礼を言うと青年は視線を逸らした。でもすぐに戻して、にぱっと少年のような笑みを見せたのだった。
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