070 花を採取してインクを作ろう
魔女様はワイルドだった。
でもおかげで、クリスは真面目に作り方を覚えた。
元々、細かい作業が嫌いではなかったクリスだから、四角四面に作る作業は楽しかった。まるで実験をしているような気分でもあった。
それはそれで、魔女様から「あんた変な子だねぇ」と言われたのだけれど。
ともかく、基本のやり方が目を瞑っても作れるようになった頃、次の段階に進んだ。
最高級の紋様紙作りである。たとえば土台となる紙だ。これは魔力を通しやすいパピという植物で作った上級紙を使う。しかし、紙は羊皮紙と違って脆いため、経年劣化を防ぐための保護剤をコーティングしなければならない。羊皮紙よりも手間が掛かるが、パピ製の土台は最高級のインクととても相性が良かった。
そのインクは、トリフィリという花から抽出した精油にドリュスの炭を混ぜる。馴染ませる水は浄水だ。今回は生命の泉の水を使ってみる。これにより、インクの定着が更によくなり、紋様紙の威力も上回る。
この最高級のインクは特別な紋様紙に使うものだ。一般的に、上級紋様紙の一部、そして超上級紋様紙にのみ使われる。紋様士スキル持ちなら必ず学ぶレシピだ。
クリスも学んだ上で魔女様指導の下に作った。けれど、素材が手に入りづらいため在庫が増やせず、チビチビとしか使えなかった。つい先日使った【業火】という上級攻撃魔法にだ。失敗の許されない紋様紙だからこそ最高のもので作った。
もし【火】の紋様紙を、パピ製の紙と生命の泉の水で作ったとする。そのへんで売られている【火】の紋様紙と比較すれば、十倍以上の差が出るだろう。威力も精度も安定性も違うし、発動する時間も短い。高価な素材は、高価になる理由がある。
ちなみに、インクの基材に浄水を使っても十分に高価だ。それすら王都でしか買えないような「特別製」だと、魔女様は話していた。
このトリフィリの精油から作るインクが残り少なかったからこそ、群生地はクリスにとって楽園だった。何度か途中で我に返り「本当にまだ採っていいのか」と聞きながら、一心不乱に採取した。
イサもせっせと採取の手伝いだ。クリスが褒めていると、プルピやククリも手伝い始めた。しかも、通りがかった精霊たちまで一緒に採取する。どうも遊んでいると思ったらしい。精霊の溜まり場、つまり好きな場所だけあって大勢がやって来る。最終的にはクリスが採取するまでもなく集まるほどだった。
これは後ほどお礼しないといけない気がする。クリスは内心で焦りながら、笑顔で花を受け取った。
さて。たくさんの花をそのまま持って帰ることはできない。
クリスの持つ収納袋のポーチに余裕がないこともひとつ。けれど、理由の一番は新鮮さにあった。すぐに処理した方が効果は高いのだ。
というわけで、現地で作業を行う。
「じゃあ、この円の中に花を置いてね?」
「ピル!」
「◇※◎×△※/○」
どさっと山のように積まれた花の山から零れ落ちた幾つかを、皆が拾ってくれる。
円は、近くの木に巻き付いていた蔓を剥ぎ取って地面に置いて作った。地面といってもトリフィリが植わっている。トリフィリは踏んでも、しばらくしたら元に戻るくらい元気だ。その上に蔓や花を置いたって問題ない。クリスも踏みつけているが、数日もしたら元に戻るだろう。
「では、精油を作ります!」
「ピピピッ!」
イサだけでなく精霊たちも集まって見ているので、クリスは講義をしているような気分で作業を開始した。
まずは花を【洗浄】する。それから【抽出】だ。油を搾り取る。
ちなみに作業場所を円形にしたのは、紋様紙を使う時に必要な「範囲指定」がしやすいからだ。
出来上がった精油にドリュスの炭を混ぜ、生命の泉の水をゆっくりと馴染ませるのだが――。
「今回は時間もないので、錬金の紋様紙を使います」
「ピピピー」
何故か精霊たちが拍手した。蓑虫タイプのククリも拍手している。糸のようなものは、やはり手だったようだ。
皆が楽しそうで、先ほどからイサが助手みたいになってるのも面白く、クリスは笑顔のまま紋様紙を使った。さあっと消えていく紋様紙とは正反対に、素材たちが形を変えて出来上がっていく。
用意していた瓶に、シュルシュルと流れ落ちるようにインクが入っていった。蓋をして翳してみると、黒いインクだというのにキラキラと輝いて見える。
「綺麗……」
「ピピピ!」
「◇◎※○~△※!!」
精霊たちも気に入ったらしい。瓶の周りを飛び回る。
プルピもやって来て、腰に手を当てて偉そうな雰囲気だ。
「ナカナカノ腕デハナイカ」
「紋様紙使ってるから、厳密には違――」
「タトエソウデアロウトモ、魔法ヲ使ウニハ思考ガ大事ナノダ。明確ニ理解シテイナケレバ作レハシナイ」
「……そうなんだ」
指向性が大事だと魔女様は言った。それはつまり「魔法を何のめに、どうやって使うのかを明確に理解していなければならない」ということだ。クリスはなるほどと納得して頷いた。
精霊たちはキラキラ光る綺麗なインクを殊の外喜んだ。
一部言葉の分かる精霊が、次は浄水で作ってみようと言い出した。浄水の場所も案内してくれるという。
しかし、だ。
「もう遅いから。夕方だよ。急がないとシエーロに入れなくなるかもしれない」
「え~もりですごせばいいのに~」
「※◎△◇」
「アタタカイバショモアルヨー」
「や、わたし精霊じゃないんで。せっかくお高い宿を取ってるんだもん。ちゃんとしたベッドで寝たいです」
精霊のベッドはトリフィリの上だったり、木の洞である。しかも精霊界に戻るものも多い。人間の、女の子でもあるクリスには、野営以下の状況など辛すぎる。
精霊界に人間が行くこともできるらしいが、気持ちの良いベッドなどあるはずがない。
丁重にお断りし、クリスは急いで戻ることにした。
すると、ククリがぱっと目の前に移動してきた。まるで転移したかのような、突然のことだった。
びっくりしていると、プルピが通訳してくれた。
「巨樹ノ下ヘ行キタイノナラ連レテイッテヤル、ソウダゾ」
「……えっ!?」
もっとびっくりした。
ククリは本当に転移ができるらしい。
――精霊すごい!!
なんて良い精霊なんだ、と思ったのも束の間、とあることに気付いた。
「そんなことしたら、門をすり抜けたことになるからダメだよ。都市の門を出てきたんだもん、ちゃんと通らないと。最悪、違法越境で捕まっちゃう」
「デハ、門ノ手前ニ移動スレバ良カロウ?」
「うーん。ペルちゃんとプロケッラの巨体も一緒に移動できる? それと、人目に触れない場所だよ?」
無理だろうと思って細かい注文を出したのに、何故かククリはやる気を出したらしい。むんっ、と胸を張って――たぶん胸を張っているのだと思うが――腰に手を当てて斜めになった。クリスに向かって、斜めに……。
「あ、ありがとう。じゃあ、お願いしようかな」
「◎※◇△×○!!」
任されたことが嬉しかったらしい。手足がパタパタと振られた。まるで操られた糸人形のようだった。
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