069 精霊の形とは一体
精霊の姿形はこれと決まっていない。
各自好きなように好きな形で過ごしている。イサのような妖精は、元々ある生き物の姿からは逸脱できないようだ。
しかし精霊は、多少ユニークであってもいい。
さすがに神様の決めるルールからはみ出すような、つまり醜悪な姿にはなれないようだが。
たぶん、なろうとも思わないだろう。
とにかく、精霊にはいろいろな姿形がある。
クリスの前に現れたのも不思議な形をしていた。
「……蓑虫?」
蓑虫のように見えるが、何故か細い糸のようなものが四本ついている。糸の先が玉結びみたいになっていて、それが手であり足であるらしい。位置的にも。
「え、でも、おかしいよね?」
「オカシイトハナンダ」
「あ、プルピもいたの?」
「アア、イタゾ。ヤレ、オヌシトキタラ、ワタシガ目ニ入ラヌノカ。加護ヲ与エタワタシヲ何ト心得ル」
「あー、精霊界に戻ったのかと」
すると人形みたいに小さなドワーフ姿の精霊は、ぷっくりと膨れっ面になった。
あんまり可愛くないな、とクリスは内心で思った。
もちろん口には出さない。彼が拗ねるからだ。
「分かった。おかえり。……プルピの家はわたしのいるところ、なんだね?」
「ウム」
「じゃあ、精霊界の家は別荘ってこと?」
「ソウトモ言エル」
なんだか偉そうにふんぞり返っているので、クリスは笑った。
それはそうと、目の前でふよふよ浮かんでいる蓑虫だ。
「そちらはお友達の精霊?」
「ソウダ。コノ森デ出会ッタ。ククリ、コレガ加護ヲ与エタ娘ダ」
「※☆◇+※△+」
「ウム。良イ娘ダ」
――あ、また話が通じない系のだ。
そもそも人間と精霊は通話チャンネルが違う。というか、彼等が合わせてくれないと話ができない。しかも今回は相当、厳しそうだ。
何度か回線を合わせようとしてくれたのだが、難しかった。
「マ、無理ニ話スコトモナイダロウ」
と、プルピが早々に諦めた。
蓑虫の精霊は、今まで人間と会話をしたことがないらしい。また、プルピほど高位の存在でもないとか。
しかし、このあたりの森については詳しいそうだ。
プルピを通訳にして話をするとトリフィリの群生地も知っているという。早速案内してもらうことになった。
蓑虫精霊は名をククリといい「プルピの家すごい」と、その家を作ったクリスを褒めてくれた。ククリにも家があるそうだが、巨樹の葉一枚だという。
「……巨樹の葉一枚でどうやって家になるの?」
「ウム。ソレハナ……ソレハ、ドウヤルンダッタカ?」
「※☆◇+※△+」
「アア、ソウダッタ。一枚ヲ巻キ付ケルヨウニシテ眠ルノダッタナ」
「それ、寝袋じゃない」
家ではない気がする。
けれど、ククリが家だと思っているのなら……。と、それ以上口にするのは止めた。
――そもそも蓑虫に家が必要だろうか? 蓑虫の蓑が家ではないのか? いや、手と足がある……。
クリスは精霊の不思議について深く追及するのを止めた。
それはそうとトリフィリだ。
教えてもらった場所は、クリスの足で行けそうにないと分かった。そのため、ペルに乗って移動する。ククリの道案内は馬や人間に優しくなかったが、プルピが気を利かせて「遠回りにはなるが通りやすい道」を選んでくれた。とはいえ、最後尾のプロケッラが時折、忌々しそうに木の枝を振り払っていたが。
そうして到着した群生地は、見事に穴場だった。誰の手も付いていない。
ククリが言うには「人間は入れない場所」らしい。プルピの通訳だから、どこまで正しいか分からないけれど「精霊や妖精の溜まり場が近いから」だそうだ。
精霊たちが好む場所には人間にとっても良いものが多い。人間たちは素材を求めて後先考えずに採取するという。荒らされたくない精霊たちは、人間避けの幻惑を掛けて隠すらしい。
「そんな場所にわたしが来ても良かったの?」
「※☆◇+※△※/◇×」
「ワタシトイウ素晴ラシイ精霊ノ後ロ盾ガアルノダカラナ!」
「……本当にククリちゃんがそんなこと言ったの?」
「ナンダソノ疑ワシソウナ目ハ!」
「疑わしそう、じゃなくて疑ってるんだよ」
プルピが「むきー!」と怒るが、本当に怒ってるわけではない。
小さな手をぶんぶん振り回しているだけだ。ちょっと可愛いと思ってしまった。でもこれを言うと、彼はきっと本気で拗ねるだろう。クリスは話題を変えた。
「根こそぎ採るような真似はしないけど、採取はするよ? 大丈夫?」
「構ワヌ。花ダケヲ採ルノデアロウ?」
「うん。インクに必要なのは花だけだから」
「デハ問題ナイ」
ククリもこくんと頷いた。
――頷いたはずだ。目も口も見当たらないけれど、手と思われる糸の上部分がひょこんと動いたのだから。
いろいろと気になるけれど、クリスは先に採取を始めることにした。
その間、ペルとプロケッラは少し離れた川の近くで待機となった。早速お互いに毛繕いをしている。ほのぼのとした平和な光景を横目に、クリスは一人採取に勤しんだ。
紋様紙は魔術文字によって描かれたものである。ただ描くだけでは上手く発動しない。魔力を通さなくては使えないのだ。
魔力を通し、指向性を持たせて発動させる。
この魔力を通して魔術紋による魔法を動かすのに必要なものが紙でありインクだった。
通常、売られている紋様紙は羊皮紙やオーク皮紙だ。これらに特殊な処理を施す。羊皮紙は契約書などにも使うため、下処理まで含めたものは辺境の町でも売っている。その代わり、処理の仕方が悪ければ紋様紙の発動時に問題が発生した。
インクも同じく、ドリュスと呼ばれる楢樫系の精霊樹が堆積したものに膠を交ぜ、更に精製水でじっくり丁寧に馴染ませなければならない。ここでいい加減な作業をすれば、やはり問題が出る。不発になったり、規模が小さくなったりするのだ。爆発することだってあるらしい。
クリスに紋様描きを教えてくれた魔女様は、普段は掃除もろくにしないような面倒臭がりだったけれど、紙やインク作りは「絶対に手を抜くな」と口酸っぱく教えてくれた。
それを使う人のためではない。使った人がクリスを恨まないようにするためだ。
「あんたは人から責められたら言い返せないだろう? のらりくらりと言い訳できるような、いい加減さがない。だったら、きっちり作りな。きっちり作った上で難癖つけられたら『お前の使い方が悪いんだろう、バーカ!』と言ってやるんだ。いいね?」
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