068 虫と魔物と竜馬と警戒?




 ちなみに、宿は朝食付きである。朝から自分たちで調理をする必要はない。

 それなのにクリスが朝からヴヴァリのハンバーグを作ったのは、エイフに頼まれたからだ。先日から食べたいと言われていたのを、結果的にスルーしてしまっていた。今朝になってエイフが申し訳なさそうに「食べたいなー」と言い出したため、では「お弁当にしよう!」と作った。

 素直に喜んでくれるので、なんだかとても良いことをしたような気になったクリスである。


 さて、一日集中したおかげで、クリス専用の紋様紙は十分に溜まった。売り物の方はまだ万全ではないが、天空都市シエーロ向きのものは少しずつ溜まっている。

 夜の食事はエイフが屋台で買ってきてくれたため、クリスは寝る直前まで紋様紙を描ききった。

 エイフとイサには、よくやるな、という目で見られた。

 自分でもちょっと集中しすぎたなと思ったので、クリスは翌日はギルドへ行くことにした。




 冒険者ギルドにて、クリスはいつものように採取の仕事を選んだ。他にクリスが受けられそうな依頼は害虫駆除しかなかった。ただの虫でも嫌だが、魔物となった害虫は大きい。どうやって外骨格を支えられるのかと不思議に思うが、そこが「魔物化」による影響なのだろう。虫まで魔法を使うのならばゾッとするが、魔法というより魔力が体を安定させていると思えばいい。


 獣型の魔物も同じ。人間が魔物を積極的に狩るのは、彼等のほとんどが「害」獣になるからだ。ただの獣の時よりも攻撃的になり、人間を含めた生き物を多く害そうとする。魔力が増えて体内環境が良くなるせいか繁殖力も高くなった。しかも、魔物からは魔物しか生まれない。

 大抵の魔物は、人間のような魔法の使い方はしない。しかし、魔力が彼等の身体能力を底上げする。そのため、攻撃スキル持ちの人間でなければ倒せないこともあった。


 人間は魔力が高くても姿形が大幅に変わることはない。きちんと体内で循環させる器官があるからだ。多ければ排出するし足りなければ吸収する。

 魔物にも核と呼ばれるものはあるが、人間の器官とは別だった。

 核は魔物を異常にするものだ。そこには魔力というエネルギーだけでなく、不思議な機能が集約する。いわゆる魔法のような能力だ。その異常が続けば魔物は姿形を変えていく。進化と呼ばれるような異形になったり、より強い攻撃力を得たりするのだ。

 人間が恐れるのも道理で、自分たちを害する存在を狩ろうとするのも当然だった。


 クリスはペルとプロケッラ、イサを連れて森に入った。

 重種のペルと、竜馬の――厳密には違うがほぼ竜馬である――プロケッラは、そんじょそこらの魔物程度なら蹴散らしてしまう。いや、蹴りの一発で倒せるほど強い。

 魔物よりも人間の方がある意味怖いため、馬たちはそうした意味でも護衛になった。イサも頼りになる。彼には跡を付ける者がないか、空からの見張り役を頼めるからだ。


 馬に使っていた、幻想蜥蜴から作られた幻覚作用を及ぼす薬だが、シエーロでは使っていない。都市を出入りするのに嘘はつけないからだ。幻覚薬は馬具に塗るタイプではあるが、一々付けて外してというのも大変だから、シエーロに入る前に拭き取っていた。

 シエーロから遠く離れるのなら問題だが、近くをウロウロする分には大丈夫だろうとエイフには言われている。

 けれど――。


「なんだか見られてる気がするんだよね」

「ピピ?」

「ペルちゃん、魔物だと思う?」

「ブルルル」

「違うのかー。プロケッラもイライラしてないんだよねぇ」

「ヒヒーン」

「分かったから、ちょっと落ち着いてね」

「ヒン」


 プロケッラはペルの前だとイケメン気取りだが、クリス相手には「俺は強いぞ」と示したがる。最初はマウントしてるのかなと思ったが、どうやら彼はクリスのことを「ペルの子供」と思っているようだ。

 実際、ペルはクリスのことを我が子のように愛しんでいた。

 つまり、どういうことかと言うと、プロケッラは自分もクリスの親気分でいるのだ。

 もうペルの夫になったつもりでいる。

 で、我が子に対して「俺は強いんだぞ」と示したいわけだ。


 ――ちょっと面倒臭い。


 そんなことは言えないから、彼の自尊心を傷付けない感じで親しみを込めてクリスは話し掛ける。


「悪い奴らが出てきたら戦ってくれる? でも、いきなり襲いかかったら、こっちが悪者になるからね。ちゃんと見極めてからだよ。プロケッラなら当然できるだろうけど」

「ヒヒーン」

「うんうん。そうだよね! さすが、プロケッラ! できる男!」

「ヒヒヒーン」


 何やら嬉しくなったらしい。ふんふん鼻息が荒い。それを見てペルがじゃっかん呆れたような気もするが、ロマンスにとってはただのスパイスにしかならないだろう。

 クリスは馬に蹴られたくないので、関わらない。

 二頭が何やら話し始めたけれど、クリスは完全スルーである。



 警戒しながらの採取は、すぐに終わった。イサがいれば見付けるのは早い。そこはさすが妖精だった。クリスはまだまだ知識頼りなので、どうしても遅い。対して、イサは薬となるような「良いもの」に関しては特に探すのが早かった。

 早く採取が済めば、その場で処理もできる。

 根を洗ったり、葉を一枚一枚重ねてまとめたりという作業は意外と手間がかかるけれど、その分喜ばれた。

 普通は採取した現地でやるものではないが、クリスには優秀な護衛が二頭もいる。薬草は新鮮さ第一だけど、丁寧な下処理も大事なのだった。


 その場でできる最大限の処理を終えると、次は自分用だ。

 時間はまだあるのだから、少し余分に採っておこう。乾燥して粉にすれば体積が減る。収納袋に入れるほど貴重なものではない。でも家馬車の中なら、ちょうど灰汁取り石が出払ったので余裕があるし――。

 などと考えていたら、気配を感じた。


 先ほどの「見られている」何か、だ。

 ペルもプロケッラも、先ほどまでの喧嘩なんだか恋人同士の掛け合いだかを止めて、頭を上げた。

 イサは首を傾げて「ピピピ」と鳴いた。

 全員、警戒はしていない。


 何故なら、現れたのは精霊だったからだ。

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