067 エイフの性格




 エイフが気にしているのは「魔女様が誰か」だろう。

 聞きたそうな様子ではあったが、クリスは気付いてないフリをした。魔女様の話をした時、彼女について「毒舌」だとか「自分が研究したものをホイホイと人にやるのは好きじゃない」性格だと説明している。

 軽い性格のエイフだけれど、彼は基本的に誠実で空気が読める人だ。

 だから、知りたいと思っていてもクリスに聞き出すことはなかった。



 依頼の採取を済ませるとクリスたちは早々にシエーロへ戻った。

 せっかく採れた樹液を黒灰油にまで仕上げてしまいたい。エイフも、どのみち今日は仕事の気分じゃないと一緒に帰った。


 宿に戻ると、部屋の共有場所で作業を始める。

 まずは【精製】の紋様紙を使って不純物を取り除く。【精製】は初級程度の簡単な魔術紋だから使うのに躊躇はしない。ただし、その後に使う【錬金】は上級レベルだから少し躊躇う。

 魔女様考案とはいえ、いやだからこそ、上級レベルは難易度が高い。描くのには根気が必要だ。

 その代わり、【錬金】は指向性の範囲が大きかった。場所の特定だけでなく【錬金】という大雑把な一枚だけで物質を変化させることができるのだ。いわゆる想像だけで魔法が使える。

 想像と言っても、何故そうするのかや流れを理解していないと、発動しても上手くいかないどころか不発に終わる。


 魔女様の家で読んだ本を真に理解したのは前世を思い出してからだが、そのおかげで難しい紋様紙も使いこなすことができるようになった。

 前世の記憶をハッキリと思い出したことで憂えたこともあるが、今のクリスは前世の記憶があって良かったと思っている。


「さあ、できた!」


 クリスが声を上げると、見ていたエイフが驚いた。


「もうできたのか? 早いな」

「紋様紙のおかげだよ。ふっふー。二枚も使った甲斐はあるんだからね」

「おー。で、どこに売るんだ?」

「売らないよ? これはエイフの防具に使うんだから。できればその剣にも塗るといいんだけど」


 剣は無理だろうと思い始めている。

 誰だって自分を守る武器は大事だ。いくらパーティーメンバーだからといって、出会ってそれほど経っていないのに任せるなど――。


「いいのか? じゃあ、頼む」

「そんな、あっさりと」

「そうか? でも、クリスがお高い紋様紙を二枚も使って作ったものだろ?」

「……わたし、これから自分の言動に気をつけるよ」

「あ? ああ、まあ、俺は別に何も気にしてないけどな」

「うん。エイフはそのままでいて」


 きっとエイフには武器がたくさんあるのだ。そう思うことにした。なんでも詰め込んだ彼の収納袋には武器も入っているのだろう。

 でなければ、そんな、どうなるかも分からないのに……。


「わたしだけは猜疑心を強く持っているよ」

「何か言ったか?」

「ううん。なんでもない。じゃ、今のうちに作業してしまうから出しておいてね」

「おーう。あ、どれぐらいの量があるんだ? 全部は無理だろうな」

「は?」


 収納袋をガサゴソしていたエイフが、振り返って問う。その手には剣が握られていた。普段使っているものはすでに壁に立てかけてあったので、違うものだ。他にも防具が幾つか出ている。


「よく分からんが、塗るんだよな? 何セットまで塗れるんだろうなー」


 クリスの手元にあるガラス瓶を見て言う。

 クリスはほんの少し目眩がした。そして、この人はこういう人だったなと思い出した。


「薄く塗ればいいだけだから、結構いけるよ。そうだね、全身セットを一としたら、二十はいけると思う」

「おっ、そりゃいいな。待てよ、でもクリスの分も必要だろうから……」


 ぶつぶつ言い出して、エイフは結局厳選された十セットに決めた。

 クリスは冒険者用の服には仕込みをしているので、小刀などの武器に塗布する。余ったら家馬車に使ってもいいし、ペルやプロケッラの馬具にも塗れる。

 保護材でもあり魔法攻撃を弾く防御にもなる黒灰油は、乾くと透明になるから装飾を邪魔しない。

 エイフはそれを眺めて「へぇ」と感心したような声を上げた。


「つやが出て綺麗だな」

「元々そういう性質のものに対してはね。逆につや消ししてる刀の部分だと光らないよ?」

「面白いな」

「元の素材に馴染むの。これこそが上級レベルの真価なんだよ」


 思わず自分の手柄のように自慢したが、開発したのは魔女様だ。

 けれどエイフはそんな野暮なツッコミはしなかった。笑ってクリスの頭を撫でる。


「ありがとよ」

「……ううん。こっちこそ、いつも助けてもらってるし」

「なんだ、それでこんなことしてくれたのか?」

「別にそんなんじゃなくて。偶然見付けたし、珍しいんだよ、これ」


 慌てて説明したが、エイフはニヤニヤ笑うだけだ。ここにイサがいたらピッピと笑われていたかもしれない。

 何だか恥ずかしくて、クリスは作業に没頭した。




 イサは翌朝に帰ってきた。

 いつもの文字盤を使って聞いてみると、森でプルピに出会ってから付き合っていたらしい。精霊界で過ごしてから戻ってきたようだ。


「プルピは元気に見回り中?」

「ピピ」

「うーんと、精霊のお友達と遊んでる、ね。分かった」


 クリスは紋様紙を補充したいので今日はギルドの依頼は受けない。イサのことが心配だったのもあり、宿に籠もることにした。

 エイフは依頼を受けにいった。幾つか頼まれているらしい。順調に仕事をこなして、巨樹の上階へ行く足がかりを作っているようだ。今度こそ一緒に仕事を受けようと話している。


「今日は集中したいから、外には出ないよ。お昼はヴヴァリのハンバーグだけど、いい?」

「ピピピッ!!」

「良かった。朝に作ったんだよ。この宿ね、宿泊者が使える台所が結構立派なの。綺麗にしてあるし」

「ピピピ」

「ちゃんと出来たてを仕舞ってあるからね。あ、朝ご飯は食べた?」

「ピピ」

「だったら、良かった。じゃ、お昼になったら教えてね。遊びに行くなら窓を少し開けておくけど……」


 イサは部屋に残るらしい。クリスが使っているベッドの枕元に飛んでいって寝てしまった。精霊界で宴会でもしたのだろうか。クリスは笑って、静かに作業を再開した。

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