066 良い女とは




 クリスが魔法ギルドへ行かなかったのは、迷宮都市ガレルで嫌な思いをしたからだ。クリスには紋様士スキルといった紋様描きに必要なスキルがない。そのせいで足下を見られ、紋様紙の買い取り額がびっくりするほど低かった。仕方なく冒険者ギルドに赴いて通常の金額で買い取ってもらった、という経緯がある。

 だから今後も同じように冒険者ギルドで買い取ってもらおうと考えた。けれど、天空都市シエーロまで魔法ギルドは「よくない」のだろうか。

 はたして。


「ここの魔法ギルドはエルフの中でも生え抜きの人たちが所属していてね」

「あー」

「ふふ。想像がついた? だからどうしてもプライドが高いのよ。そんな人たちだから、スキルなしのあなたが描いた紋様紙は買い取ってくれなかったと思うわ。でもね、もっと問題なのは、灰汁取り石のような希少な品を持ち込んだ時の対処方法なの。彼等はそれを一般に広めてくれないわ。研究材料として使うだけ使って、終わり」

「そんな」

「だから、いざという時に放出できる仕組みのある冒険者ギルドの方が、良かったというわけ。パキュカクトスだってそうよ。彼等はきっと一般には売ってくれないわ」


 どこでもいろいろあるようだが、シエーロの魔法ギルドも問題があるらしい。

 クリスは行かなくて良かったと、ホッと胸を撫で下ろした。


 この日はこんな調子だったもので、依頼は一つしか受けなかった。ちょっとそこまで程度の、簡単採取一本だ。

 それなのに、エイフは文句を言うでなく共についてきた。

 道中は「冒険者の心得」をクリスに教えてくれる。とはいえ軽い内容だ。


「初めて行くギルドの受付は、年かさの女を狙うといいぞー」

「どうして?」

「若いのは慣れてないし、ちやほやされて仕事した気になってるのが多い。男どもがデレデレしやがって、ミスしても許しちまうんだ。そこでシャキッとやるやつが、結局残っていくのさ。仕事ができないままだと脱落だ。居心地も悪くなるから早めに辞めちまう。つまり、年かさの女は仕事ができるってわけだ」

「そっか、なるほどね」


 ギルドの受付に男性が座っていることもあるが、大抵は女性が担当している。これは冒険者に男性が多いからだろう。女性の柔らかい雰囲気で和ませようというのがギルドの建前である。実際には賃金の問題や仕事内容の簡易さで、若い女性が選ばれるのだろう。

 前世でもそうした事情はあちこちの会社であった。訪問先の会社の受付には美人の女性が座っていたし、銀行の窓口だって女性の比率が高かった。

 そのことに対してクリスは特に悪いとは思っていない。優しく丁寧に対応してくれるなら、どんな人だろうと構わなかった。


「あとは、なんだっけなー」

「エイフは割と適当だよね?」

「クリスだって適当だろうが。邪魔になったからって灰汁取り石を早々に売ろうとしてるしな」

「うっ」

「呻くな呻くな。年頃の女の子なんだろ?」

「うるさいな。いいの、別に」

「ピッ」


 イサのこれは、注意だろうか。いや、クリスに同意したに違いない。たぶん。

 クリスはイサを横目にチラッと見て、それからまた冒険者の心得について聞くことにした。イサはプルルッと震えると動かなくなった。



 時間があまりないため、エイフの話していた浄水の泉までは行けなかった。しかし、のんびりと近場で薬草採取するのもたまにはいい。

 それもこれも同行者がいるからだ。パーティーを組む、というのは存外いいものだとクリスは思った。

 いろいろ気遣う部分はあるものの、エイフとは上手くいっている。もちろん彼の方がかなり譲歩しているだろう。本当ならさっさと森の中を歩けただろうにクリスと足並みを揃えてくれる。宿のことでもそうだ。クリス一人なら、中堅どころの宿は取れなかった。

 だからこそ、クリスにできることをしようと思う。


 実は山中にて、漆に似た木を見付けた。樹液を使って塗料や接着剤に使えるものだ。前世の記憶と同じである。

 ところが、これには魔法処理を行うと「保護」する性質があった。たとえば鎧などの防具、武器に塗ると保護される。この特殊塗料は剣にも塗布が可能だった。

 エイフのスキルは「剣豪」、つまり剣を使って戦う。動きを妨げたくないという理由から、防具は簡略された軽鎧のみだった。それすら付けずに戦うことも多い。

 そんな彼の防具や武器に、特殊塗料は使えるだろう。

 魔女様はこれを「黒灰油」と呼んでいた。適度な油分があり、精製した後に錬金魔法を用いると、ねっとりとした黒に近い灰色となるからだ。


「そんなもの採取するのか? まあ、俺はいいけど。時間がかかりそうだな」

「紋様紙を使うから早く終わるよ。ちょっと待ってね」

「……おい、どうした、大丈夫か?」

「え、何が?」

「そんなにホイホイ使っていいのか? 普段あれだけ文句言ってるだろう」

「待って、わたしそんなに文句言ってる?」

「言ってる言ってる」


 ぼやき癖があることは分かっていたけれど、指摘されるほどだったとは!

 クリスは呆然としてしまった。

 そんなクリスの様子を見て、エイフが慌ててフォローしてくる。


「ま、まあ、いいじゃないか。お金の算段ができる女は良い妻になるって言うからな!」

「それ、褒め言葉じゃないと思う」

「そうか? そういや、嬶天下かかあでんかになるとも言ってたっけな」

「……ねえ、それ誰が言ったの?」

「俺を冒険者に育ててくれたオッサンどもだ」

「あー」

「なんだ?」

「ううん。いいの。それはともかくね、これからは『経済観念がしっかりしてる』と言って」

「お、おう」

「そりゃあ、けち臭いことばっかり言ってたけどさ」

「なんだよ、拗ねてるのか? 拗ねるな拗ねるな。ほら、紋様紙を使うんだろ」


 エイフがさあさあと背中を押すので、クリスは太もも付近のポケットに仕込んでいた紋様紙を取り出した。【抽出】の紋様紙を使って、樹液を強制的に取り出してしまう。

 木には直接ガラス瓶をくくりつけた。傷を付けた場所に魔法が飛ぶよう、集中する。紋様紙は指向性を持たせて使わないと意味がない。

 クリスが紋様紙を発動させると、小さな栞サイズの紙がしゅわっと消えてなくなる。


 その様子をエイフがじっと見ていた。


 エイフには魔女様特製の魔術紋があることは説明していた。クリスしか使わない、というのも話してある。

 その理由については「魔女様の直接の弟子だから」や「門外不出だから」と言ってある。事実、誰にも教えるつもりはない。

 エイフもそこは深く突っ込まなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る