065 やらかしました?




「冒険者たちが上流で使うことがあるのよ。その、いろいろと。そう考えると嫌でしょう?」

「ああ、そういうことですか」


 それは嫌だ。マルガレータの言い方だと、風呂代わりに使ってる可能性もある。魔物の解体で使っているのも嫌だが、男たちの風呂の水だと考えたら怖気が来る。

 これは差別ではない。少女なら当然感じて然るべき感情だ。そう、つまり当たり前の――。


「クリス、落ち着け。ほら、震えてないで話の続き」

「あ、うん。落ち着いた。ごめんなさい、マルガレータさん」

「いいえ。その気持ちは分かるもの。それで、その小さな石は?」


 クリスはハッとして、取り出したおはじきのような形の石を手に持った。

 そう、これはクリスが精霊たちに家を作ったお礼代わりにもらった灰汁取り石だ。一過性の通貨なようなものだったが、溜まりに溜まって扱いに困っていた。


「これ『生き物にとって体に悪いものを吸い取り浄化する』石なの。何度か使えるから便利でしょう?」

「……待って、これは一体何かしら」

「ええと、わたしは灰汁取り石って呼んでます。昨日は、これを使って川の水を飲んだの。冒険者にいいと思いません?」


 マルガレータが目を瞑った。それから指で眉間の皺を揉んでいる。

 クリスはちょっと困って、振り返った。エイフは笑顔のままだ。けれど、肩に止まっていたイサがどこか呆れた様子で溜息を吐いている。いつも思うが、彼は仕草が人間臭い。


「あのね、クリスさん。そんな石があるなんて、わたしは知らないわ」

「え、でもだって」


 プルピたちが言ったのだ。どこにでもあるというわけではないが、珍しい品ではないと。探せば落ちていると言った。

 人間も持っている、と。

 仲良くなった人間に何かのお礼で渡すこともあるから、それほど、珍しくはない――。


「えっ!? もしかして、これ、本当に通貨!?」

「クリスさんが何を言っているのか、わたしには分からないけれど、少なくともダソス国では見かけたことがないわね。どこかの迷宮からなら出ているかもしれない、と想像はできるわ」


 迷宮独自の品は多く、そうしたものは他国にまで広がらない。だからマルガレータが知らない品もあるだろうと、彼女は言っているのだ。

 そして一般的な常識を持つギルド職員の彼女が知らない品が、目の前の灰汁取り石である。


「……」


 二人して黙っていると、エイフが間に入ってくれた。


「ま、そうした品が手に入ったということで仕入れるのはどうだ? 幸い、金級の俺が一緒だ。『俺』なら、珍しい品を持っていたって不思議じゃない」

「……エイフさんですね。昨日も素晴らしい成果を上げてくださったとか。お話は聞いております。承知しました。では、お二人のパーティーから仕入れたということにしましょう」

「あ、はい。お願いします」

「性能の確認、調査のために精霊樹を使って情報のやり取りを行いますがよろしいですね?」


 クリスは振り返ってエイフを見た。彼が頷いたため、クリスも頷く。

 マルガレータはそこでようやく微笑んだ。


「エイフさん、彼女に冒険者としての知識を教えてあげてくださいね? とても良い子だということは、たった二日しか接していないわたしでも分かります」

「ああ」

「悪い大人に捕まってほしくないわ」

「分かってる」

「金級でしたら、精霊樹から情報を得る権利があるわ。信頼できる職員に依頼すれば取り出せることはご存じよね?」

「……嫌味を言うなよ。俺だって、クリスがまさか灰汁取り石まで提出するとは思っていなかったんだ。せいぜい紋様紙を売りつけるだけだとばかり――」

「エイフ、分かってたなら止めてよ!」

「お前が嬉しそうに出しちまったんだから仕方ないだろ」

「だって、プルピたちが普通にくれるんだもん! 人間も持ってるって言うから」

「へいへい。俺が悪い悪い。じゃ、信頼できる職員に丸投げしようぜ」


 そう言うとマルガレータに笑顔を向けた。彼女は肩を竦め、手のひらを見せた。そこに、エイフがギルドカードを置く。


「では作業してきます。その間、少々お待ちくださいね」


 彼女が部屋を出ていくと、途端に室内はシーンとなった。こういう時に限ってイサは羽ばたかないのだ。


「……怒ってる?」

「何故?」

「だって、勝手なことしたもの」

「まあ、これぐらいなら問題ないだろ。どのみち、妖精を連れ歩いてるんだ。その関係だろうと思ってくれるさ」

「うん。あの、ごめんなさい」

「謝る必要はない。多少目立っただけだ。それも金級の冒険者がいれば、なんとでもなる」

「えと、じゃあ、ありがとう」


 この答えは正しかったらしい。エイフはクリスの頭をやや強引に撫でた。まとめた髪の毛がぐしゃぐしゃになるが、そこは許容すべきだ。諦めよう。




 「エイフ」が持ち込んだ灰汁取り石は、すぐに買い取ってもらえた。性能の検査の前に、精霊樹の情報網で出てきたからだ。過去、精霊の気紛れで大量に出回ったことがあるらしい。人間界ではほとんど発見されたことはないが「精霊界では」さほど珍しくないそうだ。

 精霊がよく現れる地域などでは使われているらしい。クリスが恐れるほど「貴重」な品ではなかった。


 ただし、水が貴重な天空都市シエーロでは貴重品になる。

 今後、外から水を運ぶにせよ腐敗の問題もある。そのため、大事に使うという。

 当然だが金額もそれなりになった。

 まだ馬車に山ほどある、とは言えなくなったクリスである。


 他にも、紋様紙がいい値段で買い取ってもらえた。吟味した結果、良い物だと認められたのだ。これは素直に嬉しい。スキル持ちと違い、時間を掛けて丁寧に描いたのだから、ついにやけてしまう。

 パキュカクトスも買い取り額は想像以上に高く、クリスが張り切って提案しただけの成果はあった。


 しかし、マルガレータには懇々と説教された。

 先輩冒険者であるエイフにまずは相談しましょう、と。


「それから、世の中には悪い人間が多いの。妖精を欲しがる奴だっているわ。イサ君だったかしら。その子のことは冒険者ギルドの情報に乗ってしまっているけれど、外ではできるだけ普通の小鳥だと思わせること。いいわね?」

「はい」

「灰汁取り石についても、精霊にもらっただなんて余所で言ってはダメよ?」

「はい」

「……あなたが魔法ギルドに持ち込まなくて良かったわ」

「え、どうしてですか?」


 クリス自身、最初から魔法ギルドに行くつもりはなかったが、理由は気になった。

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