064 取引と水不足の噂
店主と話をしていると、エイフが「ヴヴァリなら余分に持っているから分けようか?」と提案していた。もちろんタダではない。売るのだ。
実際、エイフの収納袋には大量に入っている。
そしてクリスたちはまた中央国家ペルア方面に戻って進むため、平原に出れば何度でもヴヴァリは狩れる。
商売っ気が出るのはエイフだけではない。
「ついでに、わたしたちの分も作ってくれたら嬉しいんだけど」
「おっ、それはいいな。ここの店主は腕がいいんだ」
「いやー、参った。そう言われちゃやるしかない。って言ってもヴヴァリが仕入れられるのは有り難いことだよ。任せとけ。調理代はもちろん要らない。お嬢ちゃんは野菜が好きなようだから、野菜料理も付けてやろう。どうだい?」
「嬉しい! ありがとう!!」
ということで交渉成立だ。
ヴヴァリの買い取り額もクリスが想像したよりずっと高く、ほくほく顔でお店を後にした。
翌朝は宿で朝食を食べたのだが、その時に不穏な噂を耳にした。
巨樹の地下から汲み上げている水が枯渇するのではないか。そんな噂だ。
エイフとクリスは顔を見合わせて、給仕の女性に話を聞いた。
「ええ、まあ、そんな話はありますよ。古い井戸が涸れ始めてね。新しい井戸だとそうでもないんですけど」
「巨樹自身に必要な量も考えないといけないだろうしな」
「そうなんです。地下神殿の方でも調査を続けてるそうですけどね」
聞けば、地下水を管理するのは神殿らしい。神殿は巨樹を世界樹として崇めているため、水位が少しでも下がるとすぐに水の配分を差し止めるとか。
命の方が大事だろうに、神殿の決めたルールは厳しいようだった。
「水の制限が始まると長期滞在は危険だな。制限がかかっても宿は比較的最後まで緩くしてもらえるんだが」
「お風呂もきっと使用できなくなるんだろうね」
「ああ。制限される前に、今日の分だけ頼んでおこうぜ」
「うん」
宿の女性に頼んでから、クリスたちはギルドへ向かった。
水が配給制になると一番困るのが洗濯らしい。今でもかなり節水しているので洗濯技術は発達しているそうだが、どうしても濯ぎが必要になる。
もちろん飲み水にも事欠くようになれば、もう洗濯がどうのと言ってられないが。
クリスは思案して、ギルドに到着するとマルガレータを探した。クリスが何か思い付いたと気付いたらしいエイフも一緒に後を付いてくる。ニヤニヤ笑っているので怪しいことこの上ないが、腐っても金級だ。誰も何も言わない。
さて、マルガレータだ。彼女はクリスの後ろに立っている不審な男を見ても顔色一つ変えなかった。プロだ。
「おはよう、クリスさん。今日も採取の依頼を受けるの?」
「おはようございます。今日は違うの。実は、紋様紙をこちらに卸したくて」
「……あら、もしかしてクリスさんはスキル持ち?」
「ううん。スキルは持っていないけど――」
と、これまでにもあちこちのギルドで説明した内容を繰り返す。いわく、魔女様に教育してもらい、スキルなしでも「時間はかかるが」紋様紙を描くことができると。
マルガレータは目を丸くして驚き、それからとても嬉しそうに笑った。
「良いお話を聞けたわ。ぜひ買い取らせていただきたいのだけれど、その前に検分する必要があるの」
「もちろんです。それと、相談したいこともあって」
だから時間を取ってほしいとお願いする。マルガレータは微笑んだ。
エイフは今日はクリスに付き合うつもりらしい。一緒に小さな会議室へついてきた。
「まず、冒険者向けに使ってもらえるような紋様紙を出しますね」
「有り難いわ。持ち込みはあっても、不要なものが多いのよ」
マルガレータはクリスが提出した紋様紙を丁寧に確認すると、満足そうに頷いた。どれも彼女のお眼鏡にかなったようだ。
クリスが提出したのは「防御」や「身体強化」「探査」「回復」などだ。どれも初級レベルになるが使い勝手がいい。更に「浄化」も入れた。初級の「洗浄」より格上になる。
マルガレータは浄化の紋様紙のところで手を止めた。
「これも?」
「はい。実は水不足になるという噂を聞きました」
「あれね……。定期的にあるのよ。この時期の大きな渇水は珍しくて、だからこそ今回は制限が長引くかもしれないと心配してるのだけど」
「だからです」
マルガレータは目をぱちくりさせた。エイフは理由に気付いたようだ。冒険者だからだろう。クリスは持参した大きな荷物入れから、他にも幾つかの品を取り出した。
「制限が始まると、命に直結しないものから使えなくなりますよね? たとえば体を洗う水なんて真っ先にやられませんか?」
「そうね」
「男性の多い冒険者だと、たぶんそんなに気にしないと思います。でも魔物や虫を相手に戦うし、あるいは怪我をすることも多いでしょう? 汚れをそのままにするのは良くないです」
「ええ、ええ、そうよ」
「浄化の紋様紙は本来中初級レベルだけど、扱いはそれほど難しくありません。たとえば、一つの部屋に集めた冒険者たちをまとめて綺麗に『浄化』できると思うんです」
「……!! クリスさん、最高よ!!」
「そして、これです!」
一月半の旅の間、クリスたちが通ってきたのは草原ばかりではなかった。荒野もある。そこには辺境地の人々が使う洗浄剤代わりの品もあった。黄色いサボテンから作るパキュカクトスだ。
固くて割るのに力はいるが、節で割った後は少し削ぎやすくなり、削いだ中身が丸ごと洗浄剤となる。
「水で濯ぐ必要のない洗浄剤です。体を洗うのにも使える優れものですよ」
「これ、荒野にしかないものじゃないの。冒険者の間では人気商品よ?」
「ふっふっふ」
嬉しくて、つい笑ってしまった。
そんなクリスを落ち着かせるためだろう。エイフがクリスの三つ編みの裾を握って引っ張った。下ろしているとすぐにここを持つので、毎回手で払う。今回も無意識に手で払ってから、荷物入れに手を突っ込んだ。
「あと、もう一つ提案があって。実は昨日、森を探索したんですけど、意外と近くに川が流れてますよね」
「まさか飲んだりしてないでしょうね?」
「……ペルちゃんとプロケッラ、馬に飲ませちゃったんですけど。ダメな水なの?」
さあっと青くなったクリスに、マルガレータは慌てて「違う違う」と否定した。
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よ、読み直しはしていない……
書いてすぐ出すという恐怖の所業……
ごごごごご(震えてる
あと、この話に関係ないけど作者が同じなので、ちょっとだけ宣伝させてください。
2020年1月30日に、拙作「魔法使いで引きこもり?」シリーズが二冊同時に発売されます。
・「魔法使いで引きこもり!? ~モフモフの広がる世界と友達作り~」
ISBN-13: 978-4047360075
・「魔法使いで引きこもり?6 ~モフモフと旅立つ新たな生活~」
ISBN-13: 978-4047360082
六巻の方は続き物になるので手を出しづらいかもしれませんが、友達作りの方は(本来の主役である)シウの相棒「フェレス」が主人公となっております。モフモフ猫型騎獣で見た目は愛らしいけれどマイペースな甘えん坊猫ちゃんです。よろしければお手にとってみてください~!
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