063 受付女性の名前ゲットとエルフの飲食店




 自分自身で欲しかった分も含め、依頼の薬草も採取し終えてシエーロに戻った。

 先にペルとプロケッラを預けてから、ギルドへ行く。プルピはペルたちに着いていったが、馬と遊びたいわけではなく家馬車で過ごしたいそうだ。どうも彼は家馬車を第二の家のように思っているらしい。クリスは「勝手にどうぞ」と置いてきた。

 イサは彼等とクリスを見比べて、慌てて飛んできた。心優しい彼の頭をなでなでするのは当然のことである。


「あら、随分綺麗に採取してあるわね。根っこが必要なものと葉だけのもの、そうした見分けができるのは大事よ」

「ありがとうございます」

「あなた、小さいのに偉いわ。今回の仕事、最高品質のランクとして受け付けておくわね。指名依頼が入りやすくなるの。その分料金が上乗せになるし、問題はないと思うけどいいかしら?」

「はい!」


 綺麗な受付の女性に褒められて、クリスは頬を染めた。

 ちょっぴりセクシー系で、服装も胸元が強調されている。が、決して不快に見えない。このギリギリのラインを見極めるのは難しいはずだ。女性の目は厳しいからである。

 けれど同僚との様子を見ていても問題がなさそうだった。つまり、この受付女性は性格もいい。


「あの、お名前を伺ってもいいですか?」

「ええ。もちろんよ。わたしはマルガレータ、よろしくね」


 優しい態度に、クリスは自分の選択は間違っていなかったことを悟った。

 マルガレータはクリスの名前を覚えてくれたし、今のやり取りから、より強く記憶してくれるだろう。仕事もできる様子なので何かあった時に相談しやすい。

 何もない方がいいが、ギルドの仕事というのは大抵何かあるのだ。特にまだ未成年のクリスにとって問題が起これば困ることは多い。

 職員を味方に付けておくのは大事なことだった。

 それが女性なら、なお良い。


 ところで、マルガレータはエルフと人のハーフらしく耳はそれほど尖っていなかった。他の職員にはエルフが多い。耳が尖っている。しかし、クリスが前世で覚えていた「エルフ」ほど尖っているわけではない。普通の人よりも少し尖って長いというだけだ。

 また、エルフは全体として細身が多かった。けれど、筋肉質がいないわけではなさそうだ。太ったエルフをクリスはまだ見ていないが、体型は様々である。

 そして、これが一番驚いたのだが、エルフだからといって美男美女ばかりというわけではなかった。

 普通に考えれば当たり前である。でも、あまりファンタジー小説を読んだり、ゲームをしたりした経験のないクリスでも「エルフは美男美女」という情報がインプットされていた。

 思い込みとは怖い。

 フラットに考えようと思っても、こういう時に「え?」と疑問が出てしまうのだから。




 宿に戻るとエイフもほどなくして帰ってきた。

 依頼は順調に終わったようだ。二人してまた食べに行く。都市の宿暮らしだと料理を作らないでいいのがクリスには有り難かった。もちろん安い屋台があるからだ。

 しかし本日はエルフの店へ行く。


「なるべく虫がないメニューにしようね?」

「分かってるって」


 本当に分かっているのかどうか不明な返事だが、彼に任せるしかない。

 以前ここへ来た時には数ヶ月滞在したそうだから、どの店がいいかも知っているだろう。味については信頼している。迷宮都市ガレルで日本の料理を出してくれる店に案内してくれたのが彼だからだ。


 そして案内された店で、エイフはやはり分かっていなかった。

 よく分からない名前のメニューを勝手に頼み、出てきたものが何かの虫の足だったからだ。


「ギャー!」

「……おい、それが『可愛い女の子』の出す声か?」

「だって! 毛、毛が生えてる! あと、大きいよ!!」

「ピピピ!!」


 イサも抗議している。

 でも、いくら妖精とはいえイサは小鳥だ。小鳥が何故、虫を嫌がるのか。

 普段のクリスならすぐに突っ込んだだろうが、今は目の前の恐怖である。


「いやだー、あっちのテーブルで食べて!」

「へいへい。美味しいのになぁ」

「わたしは虫以外の料理でお願いします!」


 店の人は慣れているらしく、クリスの失礼な態度を笑って許してくれた。

 後から出してくれた野菜料理は大変美味しかった。それが救いだ。


 最後に「もしかしたら、これなら食べられるかもしれないよ」と、小皿に入れた炒め物が出てきた。

 手間の掛かる料理だという。どう見ても何かの肉で、どう考えても虫だ。

 クリスが眉間に皺を寄せて考えていると、エイフが食べ終えて戻ってきた。


「無理すんな。俺が食べてやるよ。悪いな、店主」

「いえいえ。外の人は本当に苦手らしいからね」


 そんな会話を聞くと、クリスは自分のひどい態度を後悔した。

 ならば、すぐ反省の成果を見せるべきだ。クリスは皿に手を伸ばしたエイフを止めた。


「女は度胸、食べます!」

「おっ、挑戦するのかい? 頑張れ!」

「おい、クリス。無理すんなって」

「いいの。せっかくだもの。きっと見た目が分からないようにしてくれたんだよね?」


 店主が頷いた。

 クリスは覚悟を決めて、口の中に放り込んだ。

 これは肉、肉だ。そう言い聞かせる。しかし、味を確かめる間もなく飲み込んでしまった。

 再度、口にした。大丈夫大丈夫。さっき飲み込んだじゃない。昔の人はタンパク質として虫を食べた。どこかの県でも飛蝗や蜂を食べるじゃない。……姿を思い浮かべるようなことを考えるなど言語道断だ。

 クリスは目を瞑って、咀嚼した。


「……だ、大丈夫だと思う。うん」

「お、いけたかい?」

「うん、えっと、味は美味しい」

「そりゃ良かった」

「えーと、鶏肉に近いと言えなくもない。ヴヴァリ系じゃないね。鶏肉だ」

「このあたりじゃ鶏肉は食わないからなぁ。王都なら飼育もしているらしいが」

「あ、そうなんですか」

「それよりヴヴァリなんて高級品、そっちの方が驚きだよ」


 どうやらヴヴァリは食べるらしい。確かに良い肉質だ。高級牛肉と言っても差し支えない。

 天空都市シエーロはダソス国の王都から離れている。迷宮都市ガレル側に近く、平原に住むヴヴァリの方が手に入りやすいそうだ。とはいえ、滅多に手に入らないという。

 普段、彼等が虫食なのは安定して手に入るからであって、肉は肉として楽しみらしかった。

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