062 お風呂と別々の依頼
「あ、さっきの虫退治のとは別な。さすがに害虫は食わない。食用の虫は中層あたりで飼ってるってさ」
「あー、うん」
「この話になると、みんなクリスみたいな顔になるな」
「エイフは大丈夫そうだね」
「俺はなんでも食うからな」
虫食はエルフに好まれているため、生産者は立場が上らしい。反対に、小麦生産は地面で行うため下層の仕事という立ち位置だとか。
そのおかげかどうか、屋台で小麦を使った食品は安い。
肉類はシエーロの外にある山中で狩ってくるものだから、これもさほど高くなかった。
クリスは、エルフ御用達の飲食店に行くのは一度だけでいいなと思った。物は試しで行くだけだ。後は屋台で十分である。
足りない野菜も山中で採ってくればいい。
ギルドの依頼も、シエーロの外で行えるものを選ぼうとクリスは決めた。
その日は考えた末に、水の紋様紙を使った。
初級紋様紙の売値と水の運び賃を天秤に掛けたのだ。紋様紙作成の労力を考えると、つい勿体無いと考えるが、紋様紙の売値よりも運び賃が高い。クリスは自分の労力については考えないことにした。
「あー、気持ち良かった!」
「俺も入っていいか?」
「どうぞー。温くなったけど、いいの?」
「洗えりゃそれでいい」
旅の間にエイフもお風呂に入っていた。クリスが特注したお風呂に入るには窮屈だったようだが、なんだかんだで気持ち良かったらしい。
「これまで気にしたことはなかったが、お湯に浸かるってのは確かに疲れが取れるし気持ちがいい。ニホン組様々だな」
「わたしも、お風呂に関してはニホン組ありがとう、だね。ところで、着替えちゃんと持って入ってるんだよね?」
「……収納袋、取ってくれ」
クリスは半眼のまま、散らかされた状態の山から収納袋を掴んで、腕だけお風呂場に突っ込んだ。
翌日ギルドに行くと、早速エイフに指名依頼が入っていた。パーティーで受けてもいいが、クリスは薬草の種類が気になるため別行動を取る。
エイフは金級として名前を売って、巨樹の高層での仕事をもらえるようにするという。
クリスは「頑張ってねー」と手を振って応援した。
馬車の預かり所でペルとプロケッラを引き出すと、クリスは彼等を連れてシエーロの外へ出る。こうした預かり所では馬の運動も込みになっているところが多いが、今回はクリスの護衛を兼ねて連れ出すことにした。
一日ぶりの二頭は交互にクリスを可愛がってくれ、ついでにイサにも鼻キスをしていた。
鼻水が付いたイサはちょっぴり不服そうだった。
依頼書を提示してシエーロの外に出ると、すぐに探索だ。
森の中は清々しく、クリスはホッとした。巨樹だって木なのだから森の中にいるのと違いないのに。
「人の多さかな?」
「ピ?」
「巨樹よりも、ここの方が気持ちいいと思って」
「ピピ!」
イサも同じらしい。ピコピコと尻尾を振って同調する。そこにプルピが飛んできた。
「観光は終わったの?」
「見回リト言エ」
「はいはい。ここの精霊さんたちとの交流は済んだ?」
「フフン」
何故かドヤ顔のプルピだったが、クリスは自分から話を振っておきながら薬草を探すのに必死だ。視線が地面や木々の間を彷徨う。
それでも怒られることはなかった。
クリスの中でプルピはすでに身内のようなもので、彼もそれを受け入れている。クリスの適当な対応を喜んでいる節もあった。
「噂ヲ聞イテ、我ガ家ヲ見タイト言ウノデ見セテヤッタトコロダ」
「……もう作らないからね?」
また新しく作ってほしいと言われたら大変だ。
対価はもらったが、同じ家ばかり作り続けてじゃっかん飽きた。更に、紋様紙描きの方が思うように進んでいなかった。
トリフィリの花を見付けたら、インク作りもしておきたいのだ。だから依頼があってもお断りしたい。
「安心スルガイイ。ココノ者ドモハ、大樹ニ家ガアルノダ」
「……そうなの?」
「上部ニアル柔ラカイ葉デ作ッタ、揺レル寝床ナノダソウダ」
「へぇ。ハンモックみたいなものかな? 面白そう」
それに、巨樹の上部にある葉が柔らかいとは知らなかった。クリスはプルピの話を聞きながら、見付けた薬草を次々と採取していった。
休憩の際、クリスは精霊たちから家の対価としてもらった石を使うことにした。
小さな川から水を汲んで、そこに石を入れる。これは「灰汁取り石」と彼等が呼んでいるもので、水の中にある「生き物にとって体に悪いもの」を吸い取り浄化するらしい。
おはじきのような形の、小さくて軽い石だ。何度か使用できる灰汁取り石は、よほどの毒水でない限り使えるという。水さえあればいいので有り難くいただいた。
灰汁取り石は、クリスが一度喜んだせいで貨幣のようになってしまった。精霊たちが次々と持ってきたのだ。家馬車の居間兼作業場にある棚の一角が埋まってしまうほどで、「もう要らない!」と断ったのはつい最近のことである。
「わぁ、本当に綺麗になった」
「浄水ホドデハナイガ、飲用水ニチョウドヨカロウ」
「うん。美味しい。ペルちゃんとプロケッラも飲んでみて……」
とクリスが言う前に二頭は川の水を飲んでいた。
「仲良きことは美しきかな」
「ピ?」
「嫉妬してるんじゃないから。喜んでいるんだからね」
「ピ!」
「イサにもいつか彼女ができるのかな」
「ピピ」
イサが自慢げに胸を膨らませたので、クリスはついつい拗ねてしまった。
「……ふうん、できるんだ」
「ピッ、ピピピ!」
「そんな慌てなくても。別にいいよ。妖精だって彼女ぐらいできるだろうし。ただ、離れちゃうのは寂しいかな。あ、でも、結婚したら普通は自分の家庭を築くために独立するものだし……」
「ピピピ、ピピピ!」
「あ、うん。そうね。まだ先だよね? って、そういう意味かな?」
「ピッ!」
なんとなく話が通じてしまい、クリスは笑った。
イサは鳥らしからぬ、ほうっと安堵の溜息を漏らす。
妖精だからと言ってしまえばそうだが、本当に変わった小鳥だ。
精霊のプルピもおかしいので、妖精だっておかしいのがいるのかもしれない。
この世界はいろいろな種族がいるし、魔法もあって不思議なことだらけだ。
クリスはなるべく前世の常識にとらわれないようにしようと思いつつも、やっぱり時々戸惑うのだった。
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