056 迷宮都市ガレル、さらば




 プルピがインク吸入器を開発するまでどれぐらいかかるか分からないが、せっかくの精霊樹の軸が交換となるのは勿体無い。

 そのため、内側の撥水処理もお願いした。


 それと、精霊の作った万年筆を人間のクリスが解体できないようでは困る。なにしろ万年筆ときたら、掃除が必要な道具なのだから。

 プルピは自分がやってやろうと簡単に言うが、必要な時にいるかどうか分からない。ということで、クリスでも組立解体ができるような構造にしてもらった。


 こうした細かな注文があり、制作に時間がかかったというわけだ。


 その分、大満足の仕上がりとなった。

 夕方に紋様紙を描いた時の感動を思い出して、クリスは布団の中でぐふぐふと笑った。

 クリスは楽しい気持ちで、いつの間にか眠りに就いていた。




 翌朝、女将さんが豪勢な朝ご飯の他に、昼のお弁当まで作ってくれていた。エイフの分もある。

 エイフのことは皆が驚いていた。

 昨夜、宿にいた冒険者たちが一番驚いていたかもしれない。剣豪の鬼人ラルウァが、まさかクリスと一緒にパーティーを組んでガレルを出て行くとは思っていなかったようだ。

 ギルドでも職員に驚かれていたが、冒険者が町に定住しないのはよくあることだからと納得はしていた。

 ただし、昨夜、アナはこう言っていた。


「これ、絶対にニホン組のルカさんには教えられないわね」


 エイフがパーティーを組むのなら「俺も」と言い出しかねない。クリスはゾッとして体を震わせた。とにかく第一印象から良くないままなので、申し訳ないがお断りである。


 ニホン組とは結局、挨拶することもなく出て行くことになった。

 ルカ以外とは直接関わっていないのだから問題ないはずだ。ルカとは当然関わり合いになりたくない。

 後のことは全てアナに任せた。



 家馬車は昨夕に、外壁近くの預かり所にお願いして置いてもらっている。普通の荷馬車の二台分を支払うからと頼んだら、お代は要らないと断られた。

 クリスがガレルに泊まった最初の、馬の預かり所と同じ管理人が経営していたのだ。管理人も厩務員もクリスのことを覚えていた。そして、あの誘拐事件のことも知っていた。

 家馬車を燃やされたことも。


「誘拐された子の一人が、俺の妻の親族だったんだ」

「俺たちもよく知ってる子でな」

「だから、これは礼だ。お前さんの馬車のことも聞いた。良いのができたじゃないか。俺たちができるのは、これぐらいだ。祝いだと思ってくれよ」


 彼等は口々に応援してくれた。頑張れよ、無理するなよ、と。

 剣豪の鬼人ラルウァがいるなら大丈夫さ、という者もいた。


 馬を繋ぎ、動きを確かめる時も手伝ってくれる。ちゃんと動かせられるのか心配らしい。少しだけ指南もされた。


「大丈夫だって。荷馬車の経験ならあるもの」

「心配だなぁ。剣豪の鬼人ラルウァさんよ、ちゃんとお嬢ちゃんを見てやってくれよ」

「ああ」

「あんたが操ればいいんじゃないのかい?」

「俺は交代要員だ。クリスが疲れたら替わるさ」

「なんでだよ。こんな小さい女の子に」


 確かに、エイフなら自ら御者をやりたがるのではないかと思っていた。腕利きの冒険者だ。ソロが多いとも聞いた。そうした人間は、自分で運転したいのではないだろうか。

 クリスも不思議に思って彼の答えを待っていると――。


「自分で作った大事な乗り物だぞ。真っ先に自分で操りたくないか? よほど疲れてない限りは、誰にも任せたくないだろ。思い入れがあるならあるほど、誰にも渡したくないもんだ。ようは女と一緒さ」

「あー、なるほど」

「そりゃーそうだな」


 最後のたとえがなんとも言えないが、クリスはエイフの答えに納得した。

 彼はちゃんとクリスの気持ちを慮ってくれたらしい。


 まだエイフのことを知っているとは言い難い。

 どんな性格なのか。本当に裏はないのか。

 気になることだってある。

 けれど「クリスが心配」だと思う気持ちがあることは確かだ。

 全面的に信じるには至ってないけれど、ほんの少しだけ信じてみようと思う。

 彼の今の答えが、クリスを後押しした。


「エイフ。『寝る時は御者台だからね』って言ったけど、雨や風が強い時は中にある椅子を倒して寝てもいいよ」

「おっ、どういう風の吹き回しだ」

「ていうか、剣豪の鬼人ラルウァを外で寝かせるつもりだったのかい。お嬢ちゃん、強いなぁ」

「おじさんたちだって言ってたじゃない。『都会は怖い、お嬢ちゃんみたいな小さい女の子を狙う悪い大人もいる』って」


 クリスの言葉に、全員が酸っぱい物を食べたみたいな顔になった。

 エイフもだ。「また言ってる」と、ぼやきまで出た。

 クリスは笑った。


「冗談だよ。でも、わたしも年頃の女の子なの。いきなり同じ部屋で一緒に過ごすっていうのは無理なんだから」

「はいはい。分かってるって。アナにも注意されたよ。女の子は小さくたって女の子、だろ? だから外で寝るって言ってんだ」


 エイフは肩を竦め、苦笑で御者台にひょいと飛び乗った。クリスは梯子階段を使う。

 昼の移動中は、こうして一緒に御者台で過ごす予定だ。

 彼はクリスの「家」馬車に対して敬意を払ってくれている。決して、勝手に入らないと約束してくれた。

 プルピは敬意を払っていないので、勝手に中で寛いでいる。イサはクリスの肩に止まったままだ。


「さ、見送りはもういいだろ」

「うん。出発ー!」


 門には、剣豪の鬼人ラルウァがガレルを出て行くと知った人々が見送りに来ている。門兵も手を振っていた。エイフは苦笑だ。

 クリスは手綱を握ったまま前を向いて門を通った。



 街道を走らせ、少しの間は緊張していた。けれど道は真っ直ぐで、すれ違う馬車もなくなった。前世では車の運転もできたクリスである。緊張はやがて治まった。


 道が緩やかに曲がっていくと迷宮都市ガレルの頑丈な外壁が見えた。

 横目に見つめる。


 クリスは外壁を見付けた時の気持ちを思いだした。早く着きたいと、ペルを急がせたのだった。

 到着しても、中に入る長蛇の列が一向に進まずやきもきしたものだ。

 その後のことは――。


「ま、いっか。いつまでも、ぐだぐだ考えたって仕方ないもんね」

「何がだ?」

「独り言。あ、わたし一人旅が長いから独り言多いの。ごめんね」

「いや、そりゃいいんだが。じゃあ、俺は返事しない方がいいのか?」


 クリスは首を傾げた。イサが肩の上で飛び跳ねている。何か言いたそうだ。

 クリスは考えた。考えて口を開いた。


「……してほしいかも。お話は、したいな」

「おう、そうか。じゃ、遠慮なく話すとしよう。イサ、お前もな」

「ピッ、ピピピッ!」

「ヒヒーン!」

「ペルちゃんも話そうね」

「ブルルル」


 エイフの竜馬も鳴いた。俺も仲間に入れてくれという意味だろうか。

 クリスとエイフは顔を見合わせて笑った。イサも嬉しそうに飛び跳ねている。これが正解の答えだったらしい。

 クリスは素直に答えて恥ずかしい気持ちを隠しながら、手綱を握り締めた。






**********


以上で第一部終了です~ありがとうございます~!

第二部はもう少し書き溜めてから週一で公開予定ッス


第一部も最初から読み直しして修正かけていきたいと…おも…い……orz





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