055 お別れ会と出立前夜
それほど大きくない宿の食堂だから、参加者は入れ替え制になった。
最初にやって来たのは誘拐された子供たちだ。両親や親族と一緒に来てくれた。
「お姉ちゃん!!」
「おねーちゃ」
「あう!」
上の女の子二人はクリスのことを覚えており、食堂に入ってすぐに抱き着いてきた。特に一番年上の女の子は、誘拐されたことを思い出したのか泣いている。泣きながら、ありがとうとお礼を言うのだ。クリスまで泣きそうになった。
下の女の子は見知った顔を見付けてやって来た、という感じだった。トラウマは感じられないがまだ分からない。後ろで見守る両親を見たら安堵していた。きっと心配だったのだろう。
一番下の子はつられて挨拶したらしい。可愛くて、クリスは彼を抱き上げた。
「来てくれて、ありがとう。二人もだよ」
それに彼等の親たちにもだ。それぞれの親たちにクリスは会釈した。ここへ連れてくるのに躊躇しなかったとは思えない。せっかく落ち着いた子供たちが、事件のことを思い出すかもしれないのだ。
それでも彼等は連れてきた。クリスにお礼を言いたいがために、だ。
事実、両親は子供たちを促してクリスにお礼の言葉を告げた。一番下の子は分かっていないけれど、母親の言葉を追うように「ありあと」と言った。
「あなたのおかげで、この子は助かりました。本当に本当にありがとう」
「ありがとう、お姉ちゃん」
「この子から聞きました。あなたがどれだけ大変だったのか……」
「わたしたちも、ステラちゃんの話を聞いて知ったんです」
「うちの子は何があったか喋れないから、ステラちゃんのご両親に伺いました。あなたの怪我のことは維持隊の方から聞いたんです」
三組の親子が次々に語る。最初は子供のことが心配でそればかりだった。ケアについて頭がいっぱいで、助けてくれた人には後でお礼をと思ったらしい。
しかし、一番年上の女の子ステラが、クリスがどれだけ大変だったのかを必死で語ったそうだ。
治安維持隊の人から聴取を受けた際にもクリスの「活躍」を聞いて、申し訳なく思ったらしい。
クリスは首を振った。申し訳なく思う必要はない。ただただ、助かったことを皆で笑い合いたい。それでいいのだ。
「助かって良かったね、って、それでいいじゃないですか」
「クリスさん……」
「せっかく来てくれたんだもん。美味しいもの食べよう? ねっ、こっちおいでよ」
「おいちーの!」
子供三人は用意されたお菓子を食べ、帰って行った。一番上の子だけは最後まで気にしていたけれど、クリスがイサを見せてあげると最後にようやく笑顔になってくれた。
そして、両親たち親族を含めた一同という形で謝礼を置いていった。
本部ギルドの職員で顔見知りの人も来た。アナやワッツたちだ。西区のユリアもいた。維持隊の隊員もだ。他にガオリス夫婦と、職人たち。クリスがギルドの仕事で関わった人のほとんどが来てくれた。忙しい人は顔出しだけだったけれど「気をつけて行くんだぞ」と元気な別れの挨拶だ。
ダリルも長老と一緒に来た。
皆には、もらったものへのお礼と共に、あの日大声で泣き叫んだことを謝った。
住んでいる人たちの前で、その場所が嫌だと言ったことを。
誰も気にしていないと答えるが、クリスはとても恥ずかしかった。
自分が嫌な思いをしたからといって、他の何かを貶めていいはずがない。
完全な八つ当たりだった。
そのクリスの思いが籠もった謝罪を、皆が受け取ってくれた。それだけで十分に彼等は精神が大人なのだ。
翻って、クリスはどうだろう。前世では三十間近の社会人だったが、彼等ほどに人間ができているとは思えない。
でも謝ることはできた。今はそれでいいのだと思うことにした。
お別れ会は楽しいようで悲しく、恥ずかしかったり嬉しかったり、いろいろな感情と共に終わった。
明日出発だと言えば皆が早めに切り上げていく。そうしたところにも皆の優しさを感じた。
*****
最後の夜、クリスは精霊の止まり木亭の一番良い部屋で寝ていた。
家馬車デビューは明日からだ。すでにペルたちと繋げて動くことは確認している。相棒となる竜馬との相性も良く、問題はない。
もう少し様子を見ても良いかもしれないが、近くに宿場町があるから大丈夫。
たくさんの人と話をしたせいか、クリスは寝られなくて布団の中で今後のことを考えた。
イサはクリスと一緒だ。
プルピも少しだけ付き合うらしい。
「アヤツラ、ワタシノ家ヲ見テ嫉妬シタノダ」
「はあ」
プルピの知り合いの精霊たちは、すぐ近くまで来ているのに精霊界から出てこないそうだ。プルピの家に出入りして遊んでいるという。
彼等は自分たちにも家を作ってもらいたいそうだ。
クリスは精霊たちの持ってきたものが何か知らないため、割とどうでもいい。
ただ、家を作ってほしいというお願いは受けてもいいかなと思っている。
ただ、今は無理だ。旅の間の暇な時間にと伝えてもらっている。
彼等は持参した「プルピに頼まれた物」以外のお礼を考えているようだ。
それよりクリスには万年筆の方が大事だった。それを使って紋様紙を描く。紋様紙はクリスの身を守る大事なものだ。しかも、お金になる。
その万年筆は、すでに完成していた。夕方に少しだけ紋様紙を描いてみたが、頼んだ通りに仕上がっている。細字であるのに、しっかりと描ける。もちろん滑らかだ。今後使っていくうちに更に育っていくのだろう。
ペン先は美しく、金と銀のバイカラー。銀がメインで金のラインが入っている。金のライン上に細かな模様が刻まれている。精霊の模様だ。
精霊樹でできた軸の持ち手は、クリスの手にピッタリとはまった。
流線型の軸は元々の木の色合いが絶妙に美しい。
使い続けるうちに軸もまた良い色合いに変化していくだろう。それが今から楽しみで仕方ない。
軸の内側には元々インクが染み出さないような処理が施されているが、それでも数年で交換となる。本当は前世で使っていたようなインク専用の吸入器があればいいのだが、そこまでの構造は出来上がっていない。
プルピがやる気になっているため、そのうちできるかもしれない。
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