053 馬と、もらいものあれこれ




 翌日、馬を見に行こうとしたら、エイフが止めた。良い馬があると言うのだ。


「良い馬って、エイフの?」

「もらった馬だ。乗っていないからな」

「……幾ら?」


 嫌な予感がして聞いたのだが、返事をしない。まさかタダでくれるというのだろうか。クリスは半眼でエイフを見上げた。


 タダより恐い物はないのだが、昨日も市民たちによる差し入れを受け取ってしまっている。実は家馬車の素材以外にもいろいろともらっているのだ。

 たとえば精霊の止まり木亭で毎食付いてきていた果物は、青果店からの差し入れだった。クリスが以前、害獣駆除を引き受けた依頼者の親族がやっている店らしい。知らない仲ではないと、宿に毎日持ってきてくれている。

 依頼者のおじさんも畑の野菜を差し入れてくれるそうだ。

 だから精霊の止まり木亭には「宿代がタダでも十分に元は取れてるんだよね」と苦笑された。


 ギルド職員のアナとユリアからは髪飾りをもらった。「せっかく長い髪の毛なんだから町にいる間はオシャレしてね」と言われてしまった。


 しっかりした生地の冒険者向け上下揃いの服と、それに合う編み上げのブーツも届けられた。

 これは治安維持隊一同からだ。誘拐事件の時に着ていた服がボロボロになっていたため、代わりにとプレゼントしてくれた。

 チュニックもセットになっており、女の子向けらしい刺繍が施されている。


 普通の服ももらった。ダリルが持ってきたものだ。

 クリスが北区の家の補修したことを知っている女性陣で作ってくれた。クリスの着ていた野暮ったい服装が気になっていたらしい。

 ダリルが広げて見せてくれた服は、可愛らしいブラウスやスカート、ワンピースだった。防御力はゼロだ。けれど、オシャレしたいと密かに考えていたクリスは嬉しかった。

 ダリルは長老たちからの見舞金も持参しており、断っても頑として譲らず、受け取ってしまった。

 ダリル自身、残党を見付けられなかったことを後悔していて何度も謝られた。

 しかも、彼が以前に地下迷宮で狩った幻想蜥蜴の舌までくれた。一番の大物だったので記念に取っておいたらしい。そんなものをもらっていいのか悩んだが「使い道がないから」と言うので有り難く受け取った。ちなみに舌には麻酔の効果がある。とても貴重なものだ。


 というように、いろいろもらっているため断り難い。

 しかも、エイフにはすでにたくさんのことをしてもらっている。クリスが「絶対に断るぞ」という顔でエイフを見続けていると、彼は目を逸らした。


「……金額は後で計算する。割り引く程度ならいいんだろ?」

「うん、まあ、それなら」

「とりあえず見に行こう。ついでに餌の宛てもある」

「分かった。あ、ペルちゃんも連れていくね。相性もあるから」


 そりゃそうだ、とエイフは納得したようだ。

 ペルは気難しいところがあるためクリスとしては心配で仕方ないが、なるようにしかならない。最悪はペルの一頭立てで行こうと腹をくくった。



 ところが、だ。

 ペルはその「竜馬」を気に入った。いや、手放しで喜んだわけではない。むしろ最初は戸惑っていた。

 戸惑うペルを余所に相手が愛情を示したのだ。それに対してペルが満更でもなさそうに変化していったことが、クリスには驚きだった。


「ペルちゃん……」

「いやぁ、良かったな!」

「うん、まあ良かったんだけどね。でも、母親が突然現れた男に口説かれているのを見てしまった気分で」

「なんだそれ」

「こっちの話だからほっといて」


 もちろん、独身の母親の恋路を邪魔するつもりはない。クリスはそこまで子供ではない。

 いや、そうではなく。ペルは馬だ。母親ではない。


「嬉しいような、寂しいような」

「なんだよ。取られたと思っているのか?」

「あー、それに近いかも」

「……大丈夫だって。ペルも主のことは忘れちゃいないさ」


 エイフに頭を撫でられ、クリスは慰められていると知った。

 これはこれで気恥ずかしいものがある。クリスの内面は大人だ。それがどうだろう。先日から、子供じみた部分ばかり見せている。

 しかし、今は十三歳。見た目はもう少し幼い。


 クリスは数秒ほど考え、結論を出した。

 子供でいよう。便利だし。

 良いとこ取りをしたっていい。もう少し賢く生きるんだ。

 先日から賢いとは正反対のことをしてばかりいるが、そこは気にしないことにした。


 問題は違うところにある。


「竜馬って、聞いてないんだけど」

「今、見せた」

「……竜馬って高いよね!?」

「だろうな。でも、これは領主が持つ竜馬の孫世代だからな。一応、竜馬になってるらしいが。どのみち、ガレルにいる間は乗る機会がない。預けて面倒見てもらってばかりだった。可哀想だろ。仕事させてやってくれ」

「盗賊に狙われるよ!」

「あー」

「竜馬って高いんだよ! 女の子の一人旅になんてもの押しつけようとしてるの」

「それな。うん。いや、策はあるんだ」

「一体どんな策よ」


 ご老公の印籠でも見せるのか!

 と、内心で突っ込んだものの、心の中のもう一人の自分が「紋所を見せて、それで引いてくれる悪人がいたら見せてほしい」と突っ込み返しをした。

 そう、盗賊が引くわけない。それなら最初から「なかったこと」にしてしまうだろう。より、始末が悪い。クリスは溜息を零した。

 ペルには悪いが、やはり断ろうと決めた。


 しかし、そうは問屋が卸さなかった。

 エイフがとんでもない発言をしたからだ。


「そろそろ、ガレルを出ようと思っていたところでな」

「は?」

「で、渡りに船というか」

「待って、誰の話?」

「俺の話」

「……待って待って」

「待たない。つまり、俺も一緒にガレルを出ようと思っているんだ。異動届はもう出した」


 一緒に、という台詞からも、クリスに同道するつもりなのは明白だった。

 だからずっと態度がおかしかったのだ。


「幼い女の子と一緒に旅したいとか――」

「それはない!」

「速攻で返事しなくてもいいじゃない!」

「お前がすぐに変なこと言い出すからだ」

「まだ言ってない!」

「ルカと一緒にされたくないんだ、こっちは」

「でもだったら余計におかしいじゃない」

「なんでだよ!」

「それ目的でない大の男が、何のメリットもなしに微妙な年齢の女の子と一緒に旅する理由がないの!」


 理由が欲しいのだ。

 できればロリコンではない、という理由が。

 クリスの真剣な眼差しに、エイフは深い溜息を漏らした。

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