050 ランクが上の素材
夢を見た。
まだ幼い頃のこと。
体の弱い母親が珍しく起きていた。
クリスが熱を出したからだ。
母親の方がよほど青白い顔をしているというのに、クリスを心配そうに見ながら何度も頭を撫でた。
「あなたはわたしの宝物よ。あなたが生まれてきてくれたから、わたしは幸せだった。愛しているわ。ずっとよ。だからお願い。生きて。強く生きるのよ。諦めちゃダメ」
父親がクリスのことを好きではないと、母親は知っていた。
だからだろう。ことあるごとにクリスのことを宝物だと言った。望んで生んだ子なのだと繰り返した。
両親の間に何があったのかは知らない。
けれど、母親は確かにクリスのことを愛してくれていた。
その記憶があるから、クリスはこの世界で生きていける。
転生だろうが何だろうが変わらない。クリスの世界は確かにここにあるのだ。
*****
三日後、クリスはガオリスの木材加工所に来ていた。
材料が揃ったというからだ。
しかし、材料費を払おうとしたらガオリスに怒られた。皆の厚意なのだから、子供らしく素直に受け取りなさい、ということだった。
クリスは感謝して有り難く使うことにした。
以前、頑張って集めた材料よりもワンランク、どうかしたらそれ以上の品に変わっている。そこが、嬉しいような、それでいて悲しい気持ちになった。
この微妙な思いを理解してくれる人はいないだろう。クリスは胸の中に留めることにした。
ちなみに、プルピは昨日戻ってきて作業を始めている。
万年筆の制作だ。
その時に、万年筆の軸となる素材が何かをバラしてくれたわけだが――。
「精霊樹? 今、精霊樹って言った?」
「ソノ通リ。ペン先ダケガ素晴ラシクテモ仕方ナイ。全テヲ完璧ニ揃エルベキダト思ッテナ」
目を剥いたが、軸については最初に決めていたことだったらしいから、まだいい。
そもそも精霊樹とは、高位の精霊が体を休めるために留まったことで「木」の格が上がったものである。木にも進化があるのだ。
ただ、クリスとしては、案外簡単に精霊樹は出来上がると思っている。プルピの観光の内容を聞いていると「休憩場所多いな!」と突っ込みそうになったからだ。
問題はそれよりも「もっと驚くもの」を明日にでも「仲間の精霊
プルピは律儀に、北区の踊り橋の補修に関するお礼と、先日のクリスの家馬車焼失事件に同情して「あるもの」を仲間に頼んだらしい。
彼等の連絡方法がいまだに分からないのでクリスはなんとも言えないが、どうも今回は時間がかかっているようだ。
「全ク! 何ヲモタツイテイルノヤラ。仕事ノ遅イ者タチメ」
「それはまあ、分からないんだけど。物が何かは教えてくれないの?」
「フフフ。見テノオ楽シミダ。驚クガヨイ」
「あ、うん」
それ以外になんと言えただろうか。
クリスは「引っ張るな~」と思いながら待つことにした。多少嫌な予感がしないではないが、精霊樹と同等程度のものだといい。案外、ものすごくくだらないものかもしれないし。そんなこと口にしたら、またプルピが拗ねそうなので言わないが。
そうしたわけで、プルピは精霊の止まり木亭のクリスの部屋で作業中だ。ガオリスのところへはイサだけが付いてきてくれた。
更に、エイフも一緒だ。
家つくりスキルに興味があるというから「だったら護衛をしてほしい」とお願いした。クリスがスキルを発動している間は無防備になる。ガオリスたちがいるとはいえ、先日のこともあるため万全を期したい。
残党はもういないだろうというのが維持隊の話だったけれど、クリスはもうトラブルに巻き込まれるのは嫌なのだ。
ということで家をつくる。
材料は揃っていた。あらゆるものがガオリスの木材加工所の倉庫に積み上げられている。
まずは、一番大事な部分、家馬車の土台となる馬車だ。残念ながら、ちょうど良いサイズの中古馬車はなかった。肝心要の土台がどうしようもないと判明して、皆は頭を悩ませたそうだが――。
話を聞いたニホン組の一人が、領主との会食で愚痴を零したらしい。
迷宮都市ガレルに住む幼子たちを、流れの冒険者の少女が救ったこと。ところが、犯人の残党に逆恨みされて大事な馬車を燃やされてしまった。憐れに思った町の人々が有志で材料を集めているが、どうしても馬車だけが見付からない。
そう、話したそうだ。
領主というのは貴族である。しかも公爵という立場だ。そんじょそこらの人間が会えるようなものではない。
たかが冒険者が、たとえ地下迷宮の最下層到達を競うトップランカーだとしても、簡単に会えるわけがなかった。
冒険者が領主と会食し、なおかつ、こんな些末な話をするというのは「通常有り得ない」ことだ。
けれど、ニホン組は各国の上層部に多大な期待を持たれている。
主に戦力的な意味合いで。
また、無法なことをしでかさないように「首に縄を掛ける」必要がある。そのためには「常から繋がって」いなければならない。
国や貴族などといった上層部の人間たちは、あらゆる手管でニホン組と関係を結ぼうと躍起になっているそうだ。
それほどまでに彼等の持つ力は期待されているし、恐れられている。
そんな相手が会食中に愚痴を零す。
どうなるだろうか。
迷宮都市ガレルの市長でもあり領主でもある公爵は、自身の専用馬車以外なら、どれでも好きな物を下賜しようと言ったらしい。
名目は「若き英雄への礼」として。実際は、ニホン組へ良い顔をしたいからだ。
独立を目論む公爵にとって、ニホン組と繋がれるなら馬車の一両など大したことがないようだ。
――かくして、クリスの家馬車の土台となる部分は、ほぼ新品に近い大型の馬車が使われることになった。
この馬車は竜を運ぶほどではないが、貴族の大事な荷物を運ぶのに使われるものだ。王都に店を構える商人なら欲しがる程度に、しっかりとした造りをしている。
おかげで、随分と重い。
クリスには奥の手があったが、これではペル一頭でひけない。いや、ひけたとしても、一頭で大型の馬車をひいていたら目立ってしまうだろう。
後で、同じ重種の馬を探すしかないとクリスは考えた。重種ならば多少おかしいと思われても体が大きいため勘違いしてもらえるかもしれない。
ともあれ、先に家馬車だ。
クリスは「家つくり」スキルを発動させた。
**********
読み直し一切していないので、後日大きく改稿するかもです
主にプルピのくだり~
もう少しで第一部終わりです!
よろしくですー
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