049 優しい人たちと落ち着きと

二話同時公開です


48話を飛ばしてこられた方へ

49話でも火災に関する表現が多少あります

ご不安に思われる場合はお休みいただいた方がいいかもしれません

お手数掛けますがよろしくお願い申し上げます












**********






 エイフが言う。


「なあ、聞いてみろよ。お前のこと、みんなが心配してるぞ。クリスのために何かできないか、みんなで話し合ってる。聞こえるか?」

「……うん」

「俺にもできることがある。な? だから、もう泣くな。可哀想で見てられねえよ」


 エイフは本当に困ったような声音で、クリスは思わず顔を見た。想像したとおりの、困惑顔だ。クリスは笑って、それから涙を袖で何度も拭いた。




 クリスが泣き止んだ頃にはたくさんの人が集まっていた。

 治安維持隊の人たちは痛ましそうにクリスを見て、男二人を引きずるように連れていった。

 冒険者ギルド本部からも人が来ていた。ワッツとアナだけでなく、他のギルド職員もいる。

 ガオリスと従業員の皆も一緒だった。

 以前、クリスが手伝いに行った魔物素材取扱店の人たちも来ていた。

 騒ぎに気付いて駆け付け、その中心にクリスがいると知って残ったらしい。

 皆が口々に話す。


「うちは木材を提供しよう」

「だったら、俺たちは使っていない馬車がないか当たってみよう」

「素材は任せてくれ」

「わしらは加工が専門だ。木材はこっちへ回しな。すぐ使えるように加工してやる」

「布は? あたしらのところにゃ、端切れがたくさんあるんだ。馬車ならクッションやカーテンがいるんじゃないかい」

「そりゃいい。そうだ、この馬車は家でもあると言っていたぞ。そうだったな、ガオリス」

「そうさ。二階が寝室でな。とても居心地の良い部屋だったんだ。ベッドも特製のものさ。布団はまだいいものを揃えられてなかったが」

「それなら仕立ててやろうじゃないの。あたしのところにゃ、良い綿が集まるんだ」


 クリスはポカンとして皆を眺めた。

 エイフに抱っこされたまま話し合う皆を見ていると、アナが気付いた。

 その目は赤く、涙ぐんでいる。けれど泣くことはなかった。クリスの近くまで来ると、彼女は無理矢理に笑顔を作った。


「ね、クリスちゃん。もうちょっとだけ、ガレルにいてほしいの」

「アナさん……」

「こんなところ、嫌よね。だけど、最後まで嫌な思い出のまま行ってほしくない。これは、わたしの我が儘よ」


 クリスは首を振った。プルピが飛んでいった。イサも、クリスのお下げに当たって落ちる。頭の隅で「ごめんね」と思いながら、でもクリスの思考の大半はアナや皆に向かっていた。


「クリスちゃん、わたしたちに償いのチャンスをちょうだい」

「アナさん、そんなの、ずるいよ……」


 断れるわけがない。

 断るわけがない。

 嬉しいに決まってる。

 有り難いに決まってるじゃないか。


 クリスは、またぐずぐずと泣いた。エイフの服を握りしめたまま泣き笑いで皆に頭を下げた。


「ごめんなさい、ひどいこと言って」


 皆、慌てて「そんなことない」だとか「謝んなくていいんだ」と言う。

 女性の中には泣く人もいた。

 少し離れた場所では、聞き慣れた声がした。


「くそー、クリスたん、健気かよ!」

「おい、お前ホント止めろよ」

「そうよ。大体あなたがNPCにちょっかいかけるから、こんなことになったんでしょ。反省しなさいよ」

「わ、分かってるって」


 情けない声を出すのはルカだ。彼と話すのはニホン組の人たちだろう。地下迷宮ピュリニーの最下層到達更新を目指してガレルに来た人たちだ。

 ルカに対して思うことはあるけれど、彼等に何かされたわけではない。

 もし顔を合わせるのなら、ちゃんと挨拶しようと思った。けれども、この騒ぎの一端を担ったということでギルドの職員が連れて行ってしまった。


 クリスは残っていたアナに伝言を頼んだ。


「ルカに『不幸な巡り合わせだから怒ってない』って、伝えてくれます?」

「あなたがそれでいいなら。でも、その伝言はクリスちゃんがガレルを出てからにするわ」

「あ、そうですね。……ふふ、さすがアナさんだぁ」


 思わず笑うと、アナはまじまじとクリスを見つめた。それから、ホッとしたように微笑んだ。


「あなたを最後まで守るわ。あなたが英雄だからじゃない。クリスちゃんだからよ」


 クリスは笑いながら、また泣いた。

 エイフが頭上から溜息を漏らした。


「おい、これ以上泣かすんじゃない。目が溶けるだろうが」

「まったく、男って女の涙に弱いんだから」

「アナさん、女の涙って、こういう時に使うんじゃないよね?」

「あら、クリスちゃん。もうしっかりしてきたじゃない。さすが、小さくても女の子ね」


 周りにいた女性たちは大笑いだ。男性はキョロキョロするか、聞こえないふりをしていた。




 *****




 その日の夜、クリスは熱を出した。

 心配したエイフがまた医者を呼び出して診察してくれたが、興奮したせいだろうということだった。

 問題ないとのお墨付きをもらったのに、エイフはずっと看病してくれた。

 プルピは精霊界に行ってしまった。町の人がクリスのために何かしようとするのだから、自分も何かしてあげようと思ったらしい。楽しみにしておけ、と偉そうに宣言して出て行った。

 イサはエイフと一緒にクリスの看病係だ。いい匂いの花を摘んできて枕元に飾ったり、小さくカットされた果物を食べさせたりしてくれた。ただ、彼に作ってあげた爪楊枝型の剣を使うものだから、ちょっと恐かった。くれぐれも落とさないでねと、ぼんやりする頭で考えた。


 宿にはたくさんの冒険者が泊まりに来た。

 もう取り逃がした犯人はいないだろうが、万が一を考えて来てくれたそうだ。冒険者ギルドからの依頼で受けたわけではない。彼等は自主的に来てくれたのだ。

 治安維持隊も見回りを強化した。精霊の止まり木亭にまで被害が及んではいけないとの配慮だった。


 ガヤガヤとした空気が、熱に浮かされた頭にはちょうど良かった。

 もし一人で寝込んでいたら、きっと落ち込んだだろう。

 悲しくなったり寂しくなったり。自分の不幸を呪って怨嗟の言葉を吐いたかもしれない。


 でも、クリスにはイサがいた。エイフもだ。

 隣室にはクリスより強い、上級の冒険者が張り込んでいる。

 階下からはクリスの武勇伝を話す声。噂を知らない人に話しているようだ。


 大丈夫。


 クリスは安心して眠りに就いた。



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