047 焼け野原の理由と別れの挨拶




 彼等の話は治安維持隊にも聞かれたことだった。が、新たな質問もあった。


「洞窟の付近が焼け野原になっていたのは何故か、聞いても?」

「あー。えっと、紋様紙を使いました」

「それはどの紋様紙かな」


 クリスが治安維持隊の事情聴取を受けた時は、誰もまだ洞窟へは行っていなかった。

 いや、たどり着いていた者がいたかもしれないが、少なくとも聴取時に情報は届いていない。

 とはいえ、現場を調査することは分かっていたし、整合性がとれないことで変に疑われるのは困る。

 だから、過小申告ではあるものの正直に話していた。森を焼いた、と。


 ところが、紋様紙を取り扱うワッツにすれば、威力の大きさに違和感を覚えただろう。

 何より森が消し飛んだ・・・・・


 アナは調査隊の冒険者から聞き取りをして「威力がおかしくない?」と気付いたはずだ。

 だから二人はこうして「こっそり」とクリスに聞いてきた。

 もし大事にするのなら治安維持隊と一緒に再度取り調べがあるはずだ。つまり、二人はまだ違和感を誰にも伝えていない。

 はたして。


「ここだけの話でいいんだ」

「ニホン組に目を付けられないかが心配なの」

「もうすでにルカ君には目を付けられているけどね」

「ちょっと、ワッツ」


 そんな二人に、クリスは小声で告げた。


「とっておきの紋様紙を使いました。あの、本当に内緒でお願いします」

「分かってるとも」

「もちろんよ」

「実は、わたしに魔術紋を教えてくれたのは大魔女様なんです」

「……もしかして大魔法士スキルを持っていたりするのかな?」


 クリスが頷きもせずに黙って二人を見ていると、真実なのだと気付いたようだ。ワッツの顔が驚愕に変わる。アナはポカンとしてしまった。

 何故なら、大魔法士スキルは最上級と呼ばれるものだからだ。


 ニホン族に勇者や聖女というスキル持ちがいることは、ルカからも聞いて知っている。

 ニホン族でさえ、その最上級のスキルを得ることは珍しい。

 それほどすごいスキルなのだ。


「辺境で、父親に虐待されていたわたしに、魔女様は生きるためのすべを与えてくれたんです。紋様士スキルなんてないけど、地道にじっくり描けば紋様紙になる。それは何のスキルも持たないわたしにとって大事な生命線だったんです」


 口の悪い魔女様だったけれど、そこにはクリスを憐れに思う気持ちが確かにあった。

 その魔女様に言われた。

 もしも誰かに、魔女様が教えてくれた魔術紋や紋様紙について聞かれたら「こう答えな」と。


「スキルのないわたしが描く紋様紙のレベルは知れてます。そんな状態で、辺境の地を旅するのは無理があるでしょう? 魔女様は餞別に『専用の攻撃用紋様紙』をくださったの。もしもの時に、一度だけ使えるものです」

「それほどのものを? なんて優しい方なの」

「大魔法士の作った専用紋様紙、なんてすごい……」


 大魔法士が考えた魔術紋と聞いて、二人は言葉を失った。

 二人が「優しい」だとか「すごい」というのは、もしかするとクリスが思う以上に「すごい」ことなのかもしれない。

 実際には、魔女様はクリスに魔術紋を教えただけだ。彼女が描いたものはもらっていない。でも、どちらにしても二人が驚くほどのことだというのはクリスにも分かった。


「あの時に使わなきゃいけなかった。でも、まさかあれほどのものとは思ってなくて」

「いや、うん。確かに途轍もない状態だったそうだからね」

「わたし、何度も聞き直したもの。山の上部が二つ分、吹き飛んだそうよ」


 山二つとはクリスも知らなかった。びっくりしたものの、神妙な表情を保ったまま続けた。


「治安維持隊の聴取では『上級の紋様紙を隠し持っていたから何枚も使いました』って答えたんです」

「うん、まあ、そう答えるしかないよね」

「だって、魔女様の、その餞別の紋様紙はもうないものね?」

「はい。使ってしまいました。ずっと大事に持っていたのに」


 泣き真似をしようとして、本当に涙が出てきた。

 あれを描くのに時間がどれだけ掛かると思っているのか。盗賊たちには本当に腹が立つ。

 そう、クリスは「報奨金の金貨二百枚では割に合わない」と気付いてしまった。

 なんてことだ。

 クリスは更にとんでもない事実に気付いた。

 他にも身体強化など、たくさんの紋様紙を使ってしまった。それなのに!!


「ああ、泣かないで。ごめんなさい。まるで疑うような聞き方だったわね。ごめんなさい」

「そうだね。大事な餞別だったんだよね。可哀想に。ごめんよ」


 クリスの涙が本物だったせいか、二人はそれぞれ信じてくれたようだった。

 しかも、だ。


「クリスちゃんが使った紋様紙の分、討伐に必要だったということにして上に掛け合ってみるよ」

「そうよ。報奨金としては少ないもの。ワッツ、わたしも計算書を出すわ」


 と、良い方に転んでくれた。クリスは嬉しくて、また泣いた。



 落ち着くと、二人には改めてお礼を言った。

 そして、迷宮都市ガレルを出て行くと伝えた。


「寂しくなるわ」

「そうだね。君の紋様紙には本当に助かっていたから、残念なんだけど」

「すみません。でも、今度こそ本職の方々に頑張ってもらってください」


 クリスが笑うと、二人は苦笑した。魔法ギルドとの話し合いは徐々に進んでいるそうだ。ニホン組が迷宮の最下層で必要だと訴えていることから、増量できそうな雰囲気らしい。


「異動届、提出しておきますね」

「分かったわ」

「受付に小さな踏み台を用意してくれて、ありがとう」

「あら」

「西区のギルドでも踏み台があるの。そうだ、ユリアさんにも挨拶しないと」

「ユリアはいい子でしょう?」

「もしかしてアナさんが何か言ってくれたんですか?」

「ええ。だって、クリスちゃん、可愛いもの。小さいのに一生懸命頑張ってて」


 アナはクリスの手を握って言った。


「無理しちゃダメよ。本当は引き留めたいけれど、冒険者を引き留めることは御法度だわ。だから、わたしはクリスちゃんに、こう言うわね。『絶対に死んじゃダメ』。命を大事にね?」

「はい」


 優しい言葉に、クリスは素直に頷いた。




 本部ギルドには何度も足を運んだが、これも最後だと思って感慨深く見回す。

 追加の費用もすぐに許可が下りて支払ってもらった。クリスが改めて受け取りに来る必要はもうない。

 クリスは二人に見送られてギルドを出て行こうとした。


 その時、また入り口が騒がしくなった。

 ルカが戻ってきたのかと咄嗟に回れ右をしかけたクリスは、男の叫び声を聞いた。


「近くで火事だ! 手伝いを頼む!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る