048 火事
※ご注意※
火災に関する表現が出てまいります。
ご気分を害する可能性がありますので、少しでも不安に思われるようでしたらページを飛ばす、あるいは時間をおくなどしていただけますでしょうか。お手数おかけして申し訳ありません。
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中央地区に住む商人らしきの男の叫び声に、ギルド内で待機していた冒険者たちが立ち上がった。これは依頼でもある。依頼者は迷宮都市の行政府だ。
火事や魔物氾濫などの災害が起こった時、自動的に発動するシステムである。
ほぼ強制的に参加することになるが、自分たちが住まう場所を守るためだ。当然のことだった。
ちなみに、異動届を出したクリスには当てはまらない。
けれども冒険者の一員として、クリスは皆と一緒に外へ出た。
そして煙を見た。
意外と近い。ガオリスの木材加工所の方角だ。
嫌な予感がした。
クリスは走った。冒険者たちも同じ方向へ駆けていく。追い抜かれながら、どんどんと嫌な予感は増した。
近くなれば分かる。ガオリスの木材加工所ではなかった。
燃えやすい木材加工所ではない。
それなのに離れていても分かるほどの火柱が立っている。広がりは見えない。
そう、クリスが山の中で使用した「業火」のようなものではなかった。
もっと狭い範囲だ。
狭い範囲で、火柱が上がっている。
「そんな……」
嘘だ、嘘だ、嘘だ。
クリスは慌てふためく周囲を掻き分けて、馬車の預かり所にたどり着いた。
馬や人の手で、預けられていた馬車が引き出されている。
その混乱の中、燃える馬車を見付けた。
クリスの家馬車だった。
呆然と、ふらふらとしながら、近付いた。
誰かが止めようとするのを振り払う。
燃え盛る家馬車の近くで、エイフが男を締め上げていた。近くにはルカがいる。
ルカも別の男を取り押さえていたけれど、どこかぼんやりした様子だった。
「どう、して?」
「クリスか……」
エイフが痛ましそうにクリスを見た。どうしてここにいるんだ、そんな視線でもあった。
ルカは目を逸らした。
どういうことなのか、クリスにはさっぱり分からなかった。
けれど、目の前では大事な自分の家が燃えている。それだけは隠しようのない事実だ。
「わたしの、家なのに」
「はっはー、やっぱりな! これがそうだった、……くっ、離せ」
「黙れ、くそったれが!」
エイフの下でひしゃげていた男が叫んでいる。その顔は汚れていて判別できなかった。けれど、ルカが取り押さえていた男の顔には見覚えがあった。クリスは彼の顔を覚えていた。
「まさか、あの時の? なんで?」
「へっ、ざまーみろ。俺たちの住処を奪いやがって!」
「そうだそうだ! だから、お前の家を燃やしてやったのさ」
「おい、黙れよ!! ぶっ殺すぞ!!」
ぶっ殺すと言ったルカは、クリスを見ないままだった。
まるで何かを隠すかのように、まるで男たちに喋らせないように……。
「どういうこと? ねえ、どうやって、わたしの家馬車だって分かったの。わたしの家って、どうして――」
「コイツが話してたんだよ!」
「この男が俺たちの住処を壊し回っていた時になっ。くそ、お前のせいで!」
コイツ、と言った時に男二人はルカを見た。
そう言えばエイフが話していたことを思い出した。「あいつら、ぶっ壊れてる。魔物相手だけかと思ってたが人間相手でも容赦がねえ」と。
スラム街が壊滅したという話もしていた。エイフがやった、という感じではなかった。
ニホン組がやり過ぎたのだ。
……彼等は正しいことをしたのかもしれない。
違法に住み着いたスラムの人々を、なんとかしたかった行政府の意向もあったのだろう。
もちろん、逆恨みする奴が悪い。
けれど、肝心の悪人を取り逃がしたせいで。
不要にクリスの情報を話したせいで。
こんなことになった。
だからといって、誘拐犯という悪い人間を捕まえようとした彼等を、クリスは責められない。
行き場のない悲しみが、クリスの喉から飛び出た。
「う、う、うわぁぁぁん!!!!」
自分でも訳が分からない。どうしていいのか分からない。どこにぶつけたらいいのか。どうして今叫んでいるのか。何がこんなに苦しいのかも。
でも、止められなかった。
「わっ、わたしのっ、馬車ーっ!!」
「クリス、おい……」
「だっ、だいじ、な、家、だった、のにっ」
喉がひくりと音を立てる。止められなくて、ひくひく言いながら、クリスは当たり散らした。
「もう、やだっ! こんな町、嫌いっ、大っ嫌い! やっと定住っ、できるって思って、来たのに、ダメで! 頑張ったのに! いっぱいいっぱい頑張ったのにぃぃ」
周りがシンと静かになった気がした。燃えていた家馬車は誰かが水魔法を使ってくれたようだ。いつの間にか煙だけになっている。
けれど、クリスの叫びは止まらなかった。
「なんでっ、いっしょ、けんめー、頑張ったのに! ゆーかい、されて! 恐かった、けど、頑張ったのに!」
座り込んでワンワン泣きながら叫んだ。
誰かが、何か言った。
誰かの声がクリスの耳に入った。
最初はイサだ。
「ピィィ……」
クリスと一緒になって泣く、鳴き声だった。
「そうだよな。お前、頑張っていた。俺に頼らず一人で山の中入っていったもんな。お前はすごいよ」
エイフだ。エイフの声がクリスの近くで聞こえた。すぐ後ろにいる。クリスはぐずぐずと泣いた。
「ごめん、クリスたん。俺のせいで。俺が余計なこと言ったから」
「そうだぞ、お前が軽率だったんだ。これに懲りて余計なことはするんじゃねえ」
「分かったよ……」
「あの子が誘拐犯を一人で捕まえて、子供たちを運んで戻ってきたんだろう?」
「あんなに小さい子だったのか」
「そりゃあ、頑張っただろう」
「子供三人も助けたんだぞ? なのに、これって」
「可哀想すぎるじゃねえか」
「こんなのってない」
「町の英雄だぞ。子供たちを守ってくれた小さな英雄に、これでいいのか?」
「この都市を大嫌いって言わせてしまったな」
「そんな思い出だけに、していいのかよ」
エイフがクリスを引き寄せて、抱き上げた。子供みたいに抱っこする。よしよしと何度も背中をポンポンと叩かれ、クリスはぐずぐずと泣いたままエイフにしがみついた。
イサもクリスにしがみついているのが分かる。
頭の上に、プルピの気配もした。いつ来たのか分からないけれど、彼もクリスの髪の毛にしがみついているようだった。
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