048 火事

※ご注意※

火災に関する表現が出てまいります。

ご気分を害する可能性がありますので、少しでも不安に思われるようでしたらページを飛ばす、あるいは時間をおくなどしていただけますでしょうか。お手数おかけして申し訳ありません。














**********







 中央地区に住む商人らしきの男の叫び声に、ギルド内で待機していた冒険者たちが立ち上がった。これは依頼でもある。依頼者は迷宮都市の行政府だ。

 火事や魔物氾濫などの災害が起こった時、自動的に発動するシステムである。

 ほぼ強制的に参加することになるが、自分たちが住まう場所を守るためだ。当然のことだった。


 ちなみに、異動届を出したクリスには当てはまらない。

 けれども冒険者の一員として、クリスは皆と一緒に外へ出た。


 そして煙を見た。

 意外と近い。ガオリスの木材加工所の方角だ。

 嫌な予感がした。


 クリスは走った。冒険者たちも同じ方向へ駆けていく。追い抜かれながら、どんどんと嫌な予感は増した。


 近くなれば分かる。ガオリスの木材加工所ではなかった。

 燃えやすい木材加工所ではない。

 それなのに離れていても分かるほどの火柱が立っている。広がりは見えない。

 そう、クリスが山の中で使用した「業火」のようなものではなかった。

 もっと狭い範囲だ。

 狭い範囲で、火柱が上がっている。


「そんな……」


 嘘だ、嘘だ、嘘だ。


 クリスは慌てふためく周囲を掻き分けて、馬車の預かり所にたどり着いた。

 馬や人の手で、預けられていた馬車が引き出されている。

 その混乱の中、燃える馬車を見付けた。


 クリスの家馬車だった。


 呆然と、ふらふらとしながら、近付いた。

 誰かが止めようとするのを振り払う。


 燃え盛る家馬車の近くで、エイフが男を締め上げていた。近くにはルカがいる。

 ルカも別の男を取り押さえていたけれど、どこかぼんやりした様子だった。


「どう、して?」

「クリスか……」


 エイフが痛ましそうにクリスを見た。どうしてここにいるんだ、そんな視線でもあった。

 ルカは目を逸らした。

 どういうことなのか、クリスにはさっぱり分からなかった。

 けれど、目の前では大事な自分の家が燃えている。それだけは隠しようのない事実だ。


「わたしの、家なのに」

「はっはー、やっぱりな! これがそうだった、……くっ、離せ」

「黙れ、くそったれが!」


 エイフの下でひしゃげていた男が叫んでいる。その顔は汚れていて判別できなかった。けれど、ルカが取り押さえていた男の顔には見覚えがあった。クリスは彼の顔を覚えていた。


「まさか、あの時の? なんで?」

「へっ、ざまーみろ。俺たちの住処を奪いやがって!」

「そうだそうだ! だから、お前の家を燃やしてやったのさ」

「おい、黙れよ!! ぶっ殺すぞ!!」


 ぶっ殺すと言ったルカは、クリスを見ないままだった。

 まるで何かを隠すかのように、まるで男たちに喋らせないように……。


「どういうこと? ねえ、どうやって、わたしの家馬車だって分かったの。わたしの家って、どうして――」

「コイツが話してたんだよ!」

「この男が俺たちの住処を壊し回っていた時になっ。くそ、お前のせいで!」


 コイツ、と言った時に男二人はルカを見た。


 そう言えばエイフが話していたことを思い出した。「あいつら、ぶっ壊れてる。魔物相手だけかと思ってたが人間相手でも容赦がねえ」と。

 スラム街が壊滅したという話もしていた。エイフがやった、という感じではなかった。


 ニホン組がやり過ぎたのだ。


 ……彼等は正しいことをしたのかもしれない。

 違法に住み着いたスラムの人々を、なんとかしたかった行政府の意向もあったのだろう。

 もちろん、逆恨みする奴が悪い。


 けれど、肝心の悪人を取り逃がしたせいで。

 不要にクリスの情報を話したせいで。

 こんなことになった。


 だからといって、誘拐犯という悪い人間を捕まえようとした彼等を、クリスは責められない。

 行き場のない悲しみが、クリスの喉から飛び出た。


「う、う、うわぁぁぁん!!!!」


 自分でも訳が分からない。どうしていいのか分からない。どこにぶつけたらいいのか。どうして今叫んでいるのか。何がこんなに苦しいのかも。

 でも、止められなかった。


「わっ、わたしのっ、馬車ーっ!!」

「クリス、おい……」

「だっ、だいじ、な、家、だった、のにっ」


 喉がひくりと音を立てる。止められなくて、ひくひく言いながら、クリスは当たり散らした。


「もう、やだっ! こんな町、嫌いっ、大っ嫌い! やっと定住っ、できるって思って、来たのに、ダメで! 頑張ったのに! いっぱいいっぱい頑張ったのにぃぃ」


 周りがシンと静かになった気がした。燃えていた家馬車は誰かが水魔法を使ってくれたようだ。いつの間にか煙だけになっている。

 けれど、クリスの叫びは止まらなかった。


「なんでっ、いっしょ、けんめー、頑張ったのに! ゆーかい、されて! 恐かった、けど、頑張ったのに!」


 座り込んでワンワン泣きながら叫んだ。



 誰かが、何か言った。

 誰かの声がクリスの耳に入った。

 最初はイサだ。


「ピィィ……」


 クリスと一緒になって泣く、鳴き声だった。


「そうだよな。お前、頑張っていた。俺に頼らず一人で山の中入っていったもんな。お前はすごいよ」


 エイフだ。エイフの声がクリスの近くで聞こえた。すぐ後ろにいる。クリスはぐずぐずと泣いた。


「ごめん、クリスたん。俺のせいで。俺が余計なこと言ったから」

「そうだぞ、お前が軽率だったんだ。これに懲りて余計なことはするんじゃねえ」

「分かったよ……」


「あの子が誘拐犯を一人で捕まえて、子供たちを運んで戻ってきたんだろう?」

「あんなに小さい子だったのか」

「そりゃあ、頑張っただろう」

「子供三人も助けたんだぞ? なのに、これって」

「可哀想すぎるじゃねえか」

「こんなのってない」


「町の英雄だぞ。子供たちを守ってくれた小さな英雄に、これでいいのか?」

「この都市を大嫌いって言わせてしまったな」

「そんな思い出だけに、していいのかよ」


 エイフがクリスを引き寄せて、抱き上げた。子供みたいに抱っこする。よしよしと何度も背中をポンポンと叩かれ、クリスはぐずぐずと泣いたままエイフにしがみついた。

 イサもクリスにしがみついているのが分かる。

 頭の上に、プルピの気配もした。いつ来たのか分からないけれど、彼もクリスの髪の毛にしがみついているようだった。




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