046 強引な勧誘と撃退の連携




 ルカは一人で来ていた。クリスはホッとした。他のニホン組に会って、万が一クリスが同じ日本からの転生者だとバレたくないからだ。

 彼等は同族への強い執着心が有名で、時に強引なまでの勧誘を行うそうだ。

 まるで、今の世界のつながりなど必要ないと言わんばかりの態度で、そのせいで親子の絆が断たれた人もいるらしい。

 これはクリスが休んでいる数日の間に、世間話として聞いたことだ。

 ニホン組が魔物の氾濫を押さえ込んだことで、改めて彼等は有名になった。宿の食堂でも噂話で盛り上がっていた。宿には冒険者が多く、彼等は「ニホン」のエピソードについて知りうる限りを情報交換し合った。


 ニホン組の噂のほとんどは「強い」「正義感が強い」「庶民の味方」といったものだ。

 同時に、強すぎる正義感のせいで「勘違いから起こった事件」についても語られた。

 それが、先ほどの「強引な勧誘事件」だ。

 と言っても、転生前の記憶があるためか、今生での親との関係が良くない者が多いという。そのせいで強引な勧誘については肯定されているそうだ。


 クリスだとて父親との関係は悪いが、だからといって彼等に自由を奪われる理由にはならない。

 だから、明かす気はなかった。まともなニホン族に会えば話すかもしれないが、それも不安でしかない。

 なにしろ「強引」な者が多いのだ。


「クリスたん! 良かった、無事だったー!!」


 待て。なんだ、それ。

 クリスの瞼が半分下がる。アナも同じような、渋い表情になった。

 ルカは全く気にせず機嫌良くやって来ると、許可も取らずに同じテーブル席に座った。


 ――そういうところだ!

 と、喉元まで出掛かったクリスである。


「俺の知らない間にひどい目に遭ったって聞いてさ。もうホント、ビックリしたんだ。俺がずっと傍にいてやってたら良かったよ。ホント、ごめんな」

「……いえ、あなたに護衛してもらうつもりは一切なかったので」

「護衛なんて、そんな他人行儀な~」

「他人ですよね!?」

「えー。俺、クリスたんの保護者だよ~」

「はっ? いつから!? いや、そうじゃなくて、要りませんから」

「遠慮しなくてもいいのに。そういうところも可愛いなぁ。奥ゆかしい……」


 ルカは奇妙な笑顔でうっとりとクリスを見る。

 クリスはドン引きで、アナは目を剥いた。


「残りの誘拐犯も俺が見付けるからね! そうだ、今から俺たちの宿においでよ。高級宿だからセキュリティも万全だし、何より俺がいるからさ」

「いえ、今の宿が好きなので」

「お風呂あるよ? 女の子はお風呂好きだよね~?」


 引っかけかな?

 一瞬そう考えたクリスは、記憶が戻るまでのことを思い出してみた。

 答えはスルスルと出てくる。


「そんな贅沢なこと、お姫様しかしないでしょ。わたし、一週間水浴びしなくても平気です」

「……えっ!?」


 ルカがおののいた。

 あー、この顔は見たことがあるぞ。

 クリスは前世での部下を思い出した。入社したばかりの青年だった。彼は潔癖の気があり、営業部長が「冬の俺は三日に一度の風呂で問題ない」という謎の宣言にドン引きしていた。

 アレと同じ顔をしている。


「水浴びなんて贅沢、二週間に一度ですよ。頭が痒くなったら櫛で掻いて、その後丁寧に梳けば問題ないし」


 止めを刺した。

 実際は乾燥しているせいか匂いはそれほどひどくない。乾燥ゆえに痒みは出てくるけれど、泥を塗っていれば保湿になる。

 浄化しすぎても体には良くないため、実はそれほど体を洗う必要はないのだ。汗腺の多い場所だけ綺麗にする。

 辺境地では殺菌作用のあるサボテンから作る洗浄剤もあった。

 地域によって葉から抽出するなど、それぞれだ。お風呂に入れない庶民の知恵である。

 ルカには教えないが。


 ぷるぷる震えるルカに、クリスは告げた。


「それと、保護者はもういますから」

「クリスたん……そんな……」

「あと、その変な名前で呼ぶの止めてくれませんか。時々、何言ってるのか分からないし、困るんです」


 そこでアナが援護射撃をしてくれた。


「だから、いつも言ってるでしょう? ニホンの方々の独特の物言いは、わたしたちには通じないんです。今だってクリスちゃんが対応できているのは、わたしたちが情報を教えてあげたからですよ? 普通は、ギルド職員でもない一般人には分かりませんからね」

「あ、冒険者の先輩方も話してました。なんかすごく強いけど、話は通じないって」

「ほらね。ルカさんだって、よく言ってるじゃない。『俺たちとは頭の出来が違う』って。なんでしたかしら? そうだ、わたしたちは『エヌピーシー』というものなんでしょう?」


 アナもぐさぐさとルカを刺す。

 ルカは胸に手を当てて、蹌踉めいた。どこか演技っぽい。クリスは半眼のままルカを見た。アナの視線も冷たくて、ルカはキョロキョロした後にもごもご呟いて離れていった。



 完全にギルドを出て行ってから、クリスとアナは顔を見合わせた。


「ふふふ」

「ふはっ。アナさん、すごい」

「ピ!」

「あ、イサもそう思う?」

「ピピッ」

「やだ、クリスちゃん。……でもちょっと言い過ぎたかしら?」

「あれぐらい言わないと離れてくれなかったですよ。本当にもう何言ってるのか分からなくて頭がおかしくなると思いましたもん」

「そうよねぇ。受付の子も心底嫌がっていたから、まだ小さなクリスちゃんなんてもっと嫌よね」


 ルカはあちこちで女性に粉を掛けているらしいので、完全に嫌われているようだ。

 そりゃそうだ。あんな調子で、女性が靡くのだろうか。クリスは不思議で仕方なかった。




 その後はスムーズに進んだ。

 ちなみに、騒ぎに気付いたワッツが急いで来てくれたのだが、その前に撃退しまったために「今回も助けられなかった」と肩を落としていた。


「報奨金、結構あるんですね」

「誘拐犯の一味を生け捕りにしてくれたからね。しかも赤猿の討伐も行っただろう?」

「討伐証明部位は取ってないのに」

「洞窟付近を捜査した時に痕跡があったから、問題ないよ。それに誘拐された子供たちも証言してくれた。ただ、実際の数より少なく換算してしまったかもしれないんだけどね」

「それは仕方ないですから」


 討伐分は、もらえるだけ有り難いとクリスは答えた。


 結局、合計大金貨二十枚となった。使いづらいため支払いは金貨だ。二百枚にもなる硬貨は後で隠れてポーチに入れるしかない。

 その前に、ワッツとアナが待ってましたとばかりに話を始めた。


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