032 待つんだ精霊様よ、新たな要求
精霊は気を許した相手にしか本当の姿を見せないのだそうだ。
囚われた宇宙人は、ただの輪郭だった。
けれど、少しだけ細身の輪郭にしていたのがコンプレックスを感じ……。クリスは途中で考えるを止めた。
精霊さんの視線が怖かったからだ。
ドワーフの小人版に見える精霊さんは、名前を教えてくれた。
「ワタシハ、プルピ※☆※△※◇。プルピ、ト呼ブガイイ」
「あ、はい」
名乗り終わると早速観光へ行くというので、待って待って待つんだと慌てて引き留めた。
「交換条件! 万年筆のペン先ー!!」
「ヌ。……ハハハ。忘レテハ、オラヌ」
忘れてたじゃん! と、喉まで出かかって、イサがパタパタ羽根を動かすから慌てて飲み込んだ。
クリスはプルピに何故必要なのを一から説明し「細字が描けるペン先が欲しいの!」と頼み込んだ。
頭をテーブルに擦りつけて頼んだせいか、プルピはちょっとだけ引いていた。
プルピが、実際にどう使っているのか見てみたいと言うから目の前で描いて見せる。
特に、普通の万年筆で描く売り物の紋様紙と、自分用の小さいサイズの違いを比較で見てもらう。すると、何度も頷き納得していた。
「良カロウ。ワタシノ持テル力ノ限リデ作ルコトヲ約束シヨウ」
「ほんと!? やったー!!」
プルピ大好きと、彼を掴んで高い高いをした。つい、イサにするのと同じようにしてしまった。
イサはやっぱり慌てて羽根をパタパタさせていたけれど、プルピは心が広い。最初は目を丸くした様子だったものの、電子音のような声で大笑いして「モットヤレ」と偉そうに命じた。
互いに、すぐには仕事に取りかかれないこともあって、その日以降は会っていない。
クリスは冒険者ギルドからの依頼仕事がまだ終わらないし、プルピは迷宮都市ガレルの観光をしたいのだそうだ。
精霊が一体何を観光するのか詳しく聞いてみたいものの、そんな時間はない。
それに聞いてしまうと、クリスも一緒に行ってみたくなるだろう。だから諦めてイサを案内役に付けた。というのは建前で、クリスの依頼を忘れないようにするためのお目付役である。
帰ってきたらイサから観光の内容を聞くつもりだ。
それまでに終わらせよう。クリスは朝から晩まで宿に籠もって必死に作業を続けた。
五日後に、ようやく依頼分の紋様紙を仕上げることができた。
早朝と夜にペルとイチャイチャする以外は、ずっと高級宿の部屋に籠もっていたから、クリスの顔は青白くなっていたようだ。夜の納品を済ませると、ワッツが申し訳なさそうに頭を下げた。
仕事が終わったこともあり、打ち上げと称して晩ご飯を奢ってくれることになった。
アナも一緒だ。
その食べに行った先でのことだ。ワッツがやっぱり申し訳なさそうに告げた。
「もう少し、追加で作成してもらうことは可能かな?」
「まだ必要なんですか」
「そうなんだ。一般の分は徐々に魔法ギルドから入ってきてるんだけどね。ニホン族が追加注文できないか打診してきたんだ。あ、幻想蜥蜴の対策は問題なさそうだよ。ほら、ルカ君が初日に持って行ったろう? あれで試してみたようだ。昨日、残りを引き取りに来て、報告を受けたんだけどね――」
良すぎたらしい。ワッツが困ったような顔で続ける。
「発動があまりにスムーズで驚いていた。もっと大量に欲しいぐらいだと言われてね」
「いえ、それはちょっと……」
「そうだよね。クリスちゃんは紋様士スキルがあるわけじゃない。だから、それは無理だと断ったんだけどね」
クリスに上級スキルの「紋様士」があれば、もっと手早く描くことができただろう。しかも、スキルなしのクリスが丁寧に時間をかけて描いた分よりずっと綺麗に仕上がるはずだ。どれほど難しい紋様でも描ききってしまう。
今のように朝から晩まで根を詰めなくてもいい。
ところが、肝心の紋様士スキル持ちは少ない。
紋様士のスキルを持っていると、どこへいっても食いっぱぐれがないどころか、下にも置かぬ扱いをされる。そのため、安全な場所で、気が向いた時だけ作成するというやり方が成り立ってしまうそうだ。
ワッツはルカからの妙な伝言を口にした。
「大量に用意するのが難しいなら、地下へ一緒に行ってもらえないかと言い出してね。その場で必要な紋様紙を用意してもらえば――」
「お断りします」
「そうだよね~」
「ワッツ、そんな話をよくクリスちゃんにするわね。大体ニホン族って、そういうところがおかしいのよ。普通、小さな子を迷宮に連れていこうだなんて考える?」
「まあまあ、落ち着いて。僕だって断ったよ。まだ未成年の子供を地下迷宮の最下層へ連れていくなんて、僕だって反対だ」
「当たり前よ」
アナはぷりぷり怒った。
昨日戻ってきたルカと一悶着あったらしい。
ワッツは知らなかったようだ。何があったのかと問いかけている。アナはクリスのことを気にしつつ、言葉を選んで話し始めた。
「彼、カルーナを何度もデートに誘ってね。ニホン族が相手だから、いつものようにパーンと断れなくて困っていたのよ。だから、わたしや上長が止めに入ったの。そうしたら『嫉妬してるの? でもごめんね、俺の愛は若い子にしか向かないんだ』って言ったのよ」
「「あー」」
ワッツとクリスが同時に声を上げて、互いに顔を見合わせて苦笑し合った。
「彼もやっぱり『ニホン族』ってことね」
「そうだねぇ」
「……あの、それって?」
クリスが問いかけると、二人は困ったような顔をして、互いにどっちが説明するか視線で話し合う。
やがて、アナが根負けして教えてくれた。
「有名な話があるのよ。ニホン族は自由恋愛主義者が多くて、やりたいようにやるっていう話が」
「自由恋愛主義ですか」
「そう。それは確かに、良い方向に変化したこともあるわ。大昔は貴族の恋愛結婚なんて許されなかったもの。それが、いろいろ手続きは面倒でも、身分違い同士で結婚できるようになった。けどね、彼等はもっと先を行ってるの」
「先ですか」
「好きになったら口説いて自分のモノにして、次々と結婚を繰り返すのよ」
「えーと、離婚して結婚して、って感じ?」
「違うわ。どんどん増やすの。そのやり方が強引なのよ。あ、全員じゃないわよ。大昔にいたの。勇者だったかしら?」
「勇者だったね」
ワッツが補足した。クリスは頭が段々と痛くなるのを感じた。
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