033 お腹いっぱいの逸話とゲイスの処分




 今でこそ貴族と平民が婚姻することは、それほど多くないにせよ、許されている。

 しかし本来なら許されないことだった。そのルールを変えたのがニホン族だ。彼等は自由恋愛主義を謳い、愛と平和と平等を説いた。人種の壁をなくしたのも彼等だ。

 けれど、そのせいで人種同士の戦争が起こったらしい。


「人種同士の戦争……」

「有名なニホン族がいるんだ。彼は当時の人族の王女と獣人族の族長、エルフの女王にドワーフ王の娘と結婚した。他にもいろいろと。当時はそれで平和になると思われたんだけどね。習慣の違いで子供たちが骨肉の争いを始めてしまった。それに乗じて他のニホン族も争いを広げて……」


 人種の習慣の違いなどから、悲惨な戦争へと突入した。

 まあ、そこはニホン族だけが悪いとは言い切れない気もしたが「無理に習慣を変えてしまったことで軋轢が生まれた」というのが後の人々の考察らしい。


「スキル至上主義になっていったのも、ニホン族のせいだと言われているしね」

「そうなんですか」

「低年齢の女性との結婚を許可しようと言い出したのもニホン族で――」

「あ、なんか、もういいです」


 お腹いっぱいだ。

 クリスの頭の中は「ニホン族~!! 何やってんだ~!!」になっていた。

 有名な誰かがやらかすと、同じように思われるのは如何ともしがたい。

 ただ、一人だけではなかったようで。


「ニホン族の男性に、一定の割合でいるらしいから。他にも変わった考えの人が多いの。だから気をつけてね」

「はい」

「一応、未成年に手を出してはいけないと言っているのよ。大抵の国の法律でも未成年者との結婚は禁止と決まっているもの。ただ、彼等は自由恋愛主義を盾にするものだから」


 ようするに口車に乗せられて「あの人が好きだから問題ありません」と女の子が言えば、恋愛までは止められない。実質的に婚姻状態になってしまうということだった。

 それに関しては、クリスも前世の記憶があるためなんとも言えない。

 性の低年齢化が進んでいたからだ。

 アナたちも恋愛自体が悪いと言っているわけではない。


「多数の女性を侍らせている状況が、ね。刃傷沙汰も多いのよ」

「王族や貴族には受け継がれてきた教えというものがあるからね。弁えている方々がほとんどだ。正妻を一番にするなどのルールも確立されている。けれど、ニホン族はそうしたことを知らないまま、平等に扱ってしまうんだ」

「なるほど」


 なんとなくだが、クリスにも修羅場の様子が分かってきた。

 どちらにしても気軽にハーレムを作ってはいけないということだ。

 実際、王族などは上手くやっている人が多い。それでも権力争いでドロドロになるのだから、ノウハウのないニホン族がやれば推して知るべし、だ。


「悪い人ばかりじゃないのよ。こんな話ばっかりして信じてもらえないかもしれないけど。『聖女』だったニホン族が、死病に冒された国を一人で救ったこともあるのよ」

「『カレンの奇跡』と呼ばれる聖女のことだね。彼女はすごかったらしいよ」

「そうなんですか。知らなかったです」

「こうした話は神官が礼拝の時に教えてくれるんだよ。君は辺境の出身だと言っていたよね? それなら仕方ないよ」


 カレンという聖女は奇跡と呼ばれるような力を示したらしいが、その後にイケメンを選んで逆ハーレムを作ったという。

 そこが「ニホン族だから」と言われてしまう原因のようだ。


 ニホン族のことを好きだという人と、嫌いだという人がいる。

 両方の気持ちが混在することだってあるだろう。

 アナだってニホン族だけでひとまとめにしているわけではない。

 それでも「ニホン族」としてまとめて話すのは、過去の出来事があまりに強烈だったからだ。

 たぶん、クリスに話した以上のことも、あったのではないだろうか。

 そんな気がした。




 *****




 クリスは「精霊の止まり木亭」に宿を移した。もちろんペルを連れてだ。

 冒険者ギルドが魔法ギルドと和解に至ったからである。

 と言っても、まだ表面上だけのことらしいが。


 幾つかの紋様紙を追加で頼まれて納品した際に、表面上の和解の件と、クリスを襲った犯人の処分を聞かされたのだ。



 ゲイスは連続誘拐犯の仲間ではないかと疑われ、厳しく取り調べられた。けれど、ガレルを出たり入ったりしていたものの、毎回一人だった。金遣いが荒くなったということもなく、審判事由はクリスの誘拐未遂事件のみとなった。

 ただし未遂とはいえ悪質だったこと、市民という立場を利用したとのギルドからの証言もあり、半年間の労働奉仕が決まった。犯罪奴隷とまでは行かなかったが、厳しい罰だ。


 ちなみにギルドからの証言というのは、ワッツのことである。かなり頑張ってくれたらしい。アナがこっそり教えてくれた。彼は、目の前でクリスが襲われかけたのに助けられなかったことをとても後悔していたようだ。

 いろいろと便宜を図ってくれるのでワッツに対して思うところはないのだが、アナいわく「結果として助かったから、そんなことが言えるのよ」というわけで反省は引き続きしてもらうとのことだった。


 クリスが二度目に襲われかけた件は、チンピラが魔法ギルドに雇われたことが判明して大問題になっている。迷宮都市の行政府を巻き込んだ話し合いが続いているそうだ。チンピラ自体の判決は早々に決まり、これも半年間の労働奉仕である。

 あとは仕事を頼んだ頼んでないの泥仕合や、魔法ギルドが物も人も出し渋って揉めているのを「どこで落着させるか」だけらしい。


 そのあたりはもうクリスに関係ないため、勝手にどうぞ、である。巻き込まれて、とんだ迷惑だ。

 慰謝料をできるだけ要求してもらいたい。

 チンピラには財産がなかったため、彼等からの慰謝料はもらえなかった。だから、魔法ギルドからもぎ取ってほしいと切に願った。


 この件で、魔法ギルドが紋様紙や魔法使いを出し渋っていたことが明るみに出て、現在は「仲直り」期間らしい。


 そうはいっても紋様士が気軽に描いてくれるわけもなく。他の会員も手が遅いのかやりたくないのか、数はまだまだ少ない。

 そのため、クリスと冒険者ギルド本部は相変わらず契約継続中だ。

 ただし、ニホン族の依頼を受けたときのような急ぎではない。

 以前と同じように採取の仕事を受けながら、内職仕事にするつもりだった。


 家馬車の支払いは済ませてしまったから、あとは馬車を預ける場所を探せばいい。

 これが少々難航していたものの、アナから吉報がもたらされた。

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