031 ルカは変態なのか、囚われの宇宙人




 ルカは宿の人を押しのけて、クリスを部屋に案内してくれた。


「隣が俺の部屋だから! 何かあったら相談しろよ!」

「うん。ありがと」

「へっへー」


 しかし、どうもルカの視線や態度が気持ち悪い。じとっ、とした目で見るのだ。

 部屋に入ったクリスは、半眼になってイサに聞いてみた。


「ねえ、第三者としての意見を聞きたいんだけど」

「ピ?」

「ルカって、もしかして小さい女の子が好きなんじゃない?」

「……ピピ」

「そう思う?」

「ピッ!?」

「え、何。さっきのは肯定じゃなかったの? 違うってこと? でもだって、ニヤニヤして見るんだもん! そりゃあ、わたしは美人じゃないよ。モテる要素は何一つない! だけどね、ロリコンっていうのは――」

「ピピピ、ピッピピッピ」

「あ、はい。すみません。興奮しました」

「ピーッ」


 怒られてしまって、クリスは思わず正座した。

 イサが文字ボードを出せと示すので、いそいそと荷物入れから取り出す。イサは呆れたような気怠い様子で足を文字の上に置いていった。


「み、て、る、だ、け。つ、み、は、な、い。罪はないの?」

「ピッ」

「え? んーと、く、り、す、も、い、さ、を、み、る、め、が……。た、ま、に、へ、ん……」

「ピゥ~」


 溜息を吐かれた。小鳥妖精に。


「わたし、変態じゃないよ!? あの人みたいに変じゃないからねっ?」


 慌てて否定すると、イサはテーブルから飛び立った。そして、興奮しているクリスの顔の前で羽を広げ、ばさっとそのまま顔にくっつく。

 でも足で止まるわけにもいかないと思ったのだろう。重力により落ちてしまった。

 床の上にぽとりと落ちる。


 クリスは落ち着いた。


「ごめん。頭がどうかなってしまいました」

「ピッ」


 どうやら許してもらえたようだ。

 その後、イサは文字ボードでクリスに告げた。


 あの人、クリスのこと本当に好きになったかも。


「それはそれでアウトだと思う」

「ピ」


 クリスの意見にはイサも同意らしい。ピ、と鳴いて頷いた。

 変態かもしれないが、まだ何もしていないのでセーフらしい。


 実際のところは分からないけれど、興味を持たれたことは確かだ。相手はニホン族である。好きだなんだとは別の意図があったのかもしれない。

 考えても答えは出ないから、クリスは考えるのを止めた。

 結果的に自意識過剰ではないと分かったが、クリスのダメージは大きかった。


「寝よう」

「ピ」


 クリスは、前世を合わせても味わったことのない「ふわふわ」の高級ベッドでしばし眠れぬ夜を過ごした。




 高級宿に移ってから、ペルとは朝と晩に顔を合わせられるようになった。彼女は冒険者ギルド本部の厩舎に預けられているから、目と鼻の先にいる。

 ペルは丁寧なお世話をしてもらっており、体調には全く問題なさそうだった。けれど、それとこれとは別らしく、クリスの顔を見るや喜んで鳴いた。


「ブブブブブブ……」

「うん、分かってる。わたしもペルちゃんのこと好きだからね」


 そんなことを話していると調教師に笑われた。

 ペルが母馬特有の鳴き方をしているからだ。人間のクリスに対して母親気分でいることが、彼にも分かったのだ。

 昨日までの態度とまるで違うことも教えてくれた。バラされたペルは少々ばつの悪そうな様子で、しきりに尻尾を振ってそわそわしていた。


 ペルと十分イチャイチャしたクリスはすっかりストレスから解消された。

 ルカも急ぎで必要だった紋様紙を受け取ると、すぐにピュリニーへ潜ってしまった。気を張る相手がいなくなったものだから肩の力も抜けた。

 すると紋様紙描きの仕事もどんどん進む。

 毎日書いては夕方に納品するという作業を続けた。




 精霊は予定日の二日後に来た。遅れたことで肩透かし感はあったが、イサによると、妖精も精霊も時間にはルーズらしい。気分次第であちこちふらふらするそうだ。

 それで、よくイサの伝言が伝わったものだと、クリスは呆れるばかりだった。妖精界の通信手段がどうなっているのかいまだに不明だけれど、伝言ゲームになっていないことを祈りたい。


 さて、その精霊との顔合わせでは、ちょっぴり驚くこともあった。

 精霊は人語も話すと聞いたことはあるが、その前の「チャンネル合わせ」がおかしかったのだ。

 精霊はクリスの目の前にふわふわと飛んで、こう言った。


「ピップピポピポポピッピピ※△※○……君ガ家ヲツクルヒトカネ?」

「……あ、はい」


 精霊の声は、まるで電子音のようだった。話しながら「目の前の人間」とだけ言葉が通じるように「変換」したらしい。クリスには何かをされた、という感覚など何一つなかった。

 精霊の姿は人間のようにも見えるが、人間ではない。なんとなく人間のような形をしているが、二十センチメートルサイズの人形みたいだった。

 全体的に縮まって見えるのではなく、本当に人形のようなのだ。デフォルメされているというのだろうか。


「ああ、あれだ。囚われた宇宙人だ」

「ピッ!!」

「どうしたの、イサ。あ、宇宙人じゃ分からないか」

「ピピピ!!」

「マアマア、イサ、落チ着キナサイ。ワタシハ気ニシナイ」

「えっと、その、ごめんなさい?」

「構ワヌヨ。サテ、ソレハソウト家ノコトダ」


 精霊さんは大らかな方だった。クリスが「人形みたーい」「目が大きーい」「可愛いー」と思って見ていることに気付いていたが、一切スルーしてくれた。

 イサの方が焦って、クリスにチラチラ注意を促していた。彼専用文字ボードを使って。



 クリスは精霊さんの意見をよくよく聞いて、何度か確認した。


「そのサイズから大きさが変わることはないですね? 重くなっても、持ち運びは精霊さんができるんですよね?」

「ウム」

「でしたら、これはどうでしょう!!」


 と、提案した。話を聞きながらメモしていたので紙に書いたものを見せる。

 精霊さんは「フムフム」と思案し、やがて手を差し出した。手はデフォルメされていない。

 あれ?

 クリスは間近に迫った精霊さんを見て、気付いた。


「小さな、ドワーフ?」

「ソノ通リ。オヌシノ同族ガ我ラヲ敬ウノハ、ソノタメダ」


 精霊さんは、ドワーフをちっちゃくしたような姿になっていた!

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