023 気分転換にイサの家つくり
クリスを襲おうとした犯人の男の名はゲイスといい、ギルドでの処分は受けた。
強制労働も課せられるらしいが、たった十日という短さだ。しかも逃げた男たちの名も住んでいる場所も知らないという。そんな答えで許すことに呆れるばかりだ。
全く何の解決もしていない。
それでもクリスは採取仕事を続けた。
少なくとも数日の間、ゲイスは出てこられないからだ。第一、クリスは採取の依頼を一度受けてしまっている。
ユリアが心配していたものの、一介の冒険者にあまり肩入れすることは出来ない。こっそりと他の善良な冒険者に「それとなく見てやってほしい」と頼むだけだ。
都市内ならそれでもいいが、問題は外の山中だった。
翌日から二日間、クリスは辺りを警戒して仕事をする羽目になった。
山での仕事はいつも楽しいのに、こういう時ばかりは徒となる。
「でも、ペルちゃんもイサもいるからね! ありがと~」
「ブルル」
「ピッ」
勿体無いが【防御】の紋様紙を使い続けた。
精神的にも肉体的にも疲れたクリスは、一日休むことを決めた。
迷宮都市ガレルへ来て初めてのことだ。
初日にブラブラしたが、あれは仕事のうちでもある。純粋な休みは久しぶりだった。
本当なら女の子らしい休日の過ごし方もしてみたいが、その前にやってみたいことがあった。
「今日はね、イサの家を作るよ」
「ピッ!? ピピピー!!」
クリスの言葉にイサは喜んで飛び回った。丸っこい雀のような鈍臭さのあるイサは、飛び方もどこかゆっくりで可愛い。森でも、本人(鳥)は優雅に速く飛んでいるつもりらしいが、クリスには「頑張って必死に」飛んでいるようにしか見えなかった。
段々と地面すれすれに落ちていくところに、飛び慣れていない鈍臭さを感じる。妖精とはこんなものなのだろうかと、クリスはニマニマ笑って横目に見ていた。
今も部屋の中を飛びつつ、高度が下がってきていて面白い。
ふーわふわと、長い尾羽根を漂わせて飛んでいる。
「とりあえず、出入り口は広めにしようね」
「ピ」
イサの飛び方を見ていると、スッと巣穴に入れない気がするのだ。激突する未来しか見えない。
クリスは内心で笑いながら、用意していた細めの蔓草を床に置いた。ベッドには綺麗な綿布と、ふわふわの綿を置く。
魔鋼の棒も用意していた。軽魔鋼のような柔らかいものの方が細工はしやすいが、しっかり固定したいため魔鋼を使う。これは土台と支柱になる。
クリスはすうっと息を吸って、吐き出した。同時に「家つくり」スキルを発動させた。
イサの家は「鳥の巣箱」形にはしない。
彼は妖精だ。しかも、意思がある。クリスの家馬車に「ピッピ!」と鳴いて喜んだ鳥である。室内を探検した時の楽しそうな様子からも、単純な「鳥の巣箱」では気分が下がるだろう。
クリスは瞬時に考え、と同時に作り始めた。
蔓草で編む巣は設計図なしに出来上がっていく。クリスが両手で抱えても届かないほどの丸い巣だ。
中の部屋はスキップフロアを採用した。交互に飛び乗れるため、階段型になった部屋の階層となっている。
一番上は居間兼遊び場、二番目が食事場所だ。
二番目の階層の壁には小さな穴を開け、外の様子を窺えるようにした。内側には嘴で動かすことのできる小さなロールカーテン付きである。
三番目となる真ん中の階層は広くとっており、滑車や、上の階層から紐を垂らすなどして遊べる運動スペースとした。大きな出入り口から真っ直ぐの場所になる。
四番目には藁を置いた。自由に創作できる場所だ。ベッドでも何でも作ってほしい。端に、綿を敷き詰めた休憩場所もある。ここで寝てもいい。
一番下の五番目には水飲み場を設けた。離れた場所にトイレも作る。ここは出入り口から見えないようにしてあげた。トイレの処理は、外側から開き戸を設けることで解消できる。水飲み場にも同じように蔓草製の戸を作った。金物の蝶番ではなく蔓草でゆるく綴じ合わせている。
出入り口がある方の内側三分の一は、上から下まで階層がなく吹き抜けとなった。真ん中には止まり木がある。そこから三階へ飛び移ることができる。三階から上下へは小さな階段も作った。他の階層はそれ自体が階段の役目を果たしているため、巣の中で飛べなくても移動は可能だ。
クリスはふう、と息を吐いて巣を支柱となるS字に曲げた魔鋼の天辺へ取り付けた。
そしてイサを振り返る。
「できたよ。どうかな?」
「……ピ。ピピピ。ピッピッ!!」
窓の床板から作業を眺めていたイサは、ピッピと鳴いた後に急いで飛んできた。何故かクリスにぶつかって落ちかけ、慌ててチュニックのヒダに掴まる。
「ピピピ!!」
「喜んでくれてるのは分かるんだけど、とりあえず中を見てよ」
巣ではなく、クリスに向かって鳴くので笑ってしまった。
クリスはイサをそっと掴んで、巣の出入り口に乗せた。飛び立ちやすいように台も作っている。
「家の中には金物を使ってないよ。全部、蔓草か木片で処理したからね。藁と綿もあるけど、問題ないでしょ?」
「ピピ!」
「ロープも綿の糸で作ってあるからね。ロールカーテンも綿だよ。横に小さな紐が付いているでしょ。右側を引けばくるくるっと巻き上げて、左側なら下がる方式なの。分かる?」
「ピピピ~!!」
分かる分かると、言っているらしい。イサは出入り口のステップから中へと入った。止まり木から三階へと進み、楽しげに鳴いている。
でも、すぐに外へ出てくる。ステップに立ち、クリスに向かって何度も頭を上下に振って見せた。
「ピピピ~ピッピ~ピピ、ピピピ~」
「歌ってるの? お礼の歌かな。イサ、ありがと。だけど、ちゃんと確認して? リフォームしたい場所はないの?」
「ピピピッ」
イサはまた戻っていった。今度はじっくり探検したようだ。
たっぷり十五分待って、彼は興奮した様子で出入り口のステップに立った。
ピッピピッピと鳴いて説明しているらしいが、クリスには分からない。けれど、嬉しいことだけはクリスにも分かる。
その後、話し(?)疲れたイサは、ハッと気付いたように飛び立った。クリスの使うベッドの横に飛んでいき、自分の簡易ベッドの中へ飛び込む。
そこに置いてあった大事な宝物を嘴で挟んで持ってくる。
「七色飛蝗の後翅の欠片?」
「ピッ!」
他にも、採取で森へ行った際に見つけてきた宝物を移動させる。虫の抜け殻、丸い石。カラカラに乾いた小さな実などだ。
どうしても欲しいといってクリスに拾わせた、つやつやのどんぐりもある。またクリスに運ばせればいいのに、なんとか嘴で挟もうと大きく開けるが――。
「無理だって。自分の体の半分ぐらいあるんだよ?」
「ピョ……」
「足でも掴めないもんね~」
つるつるしているし、何より重い。それでなくても鈍臭い飛び方をするイサだ。重いものを持ったまま飛んでいたら絶対に墜落する。
クリスはしょんぼりしているイサのために、宝物をまとめて運んであげた。
そして最後に、やっぱりクリスに向かって鳴いて歌う。
ご機嫌な様子にクリスも嬉しくなって一緒に歌った。
いつの間にか、前世で好きだった曲を歌っていた。
イサは良い伴奏者(鳥)だった。
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