022 採取仕事再び、流れの冒険者




 その日の夜は、ガオリスたちと遅くまで家馬車の完成パーティーをして楽しんだ。

 家馬車はガオリスの厚意で裏庭に暫く置かせてもらうことになった。その間に「馬車」を預けられる場所を探すつもりだ。

 ガオリスにはまだ借金している状態のクリスだから、申し訳ないと思いつつ感謝している。

 パーティーの後も遅くなったからと弟子を付けてくれた。弟子と言っても成人しているので立派な男性だ。お酒を飲んで蹌踉めいている職人たちよりもずっと頼りになる。

 宿までの間も木工作業のあれこれを教えてくれて、楽しい帰り道だった。




 翌日は久しぶりに外仕事を受けた。

 エイフはまだ迷宮から戻っていないらしいが、不審な男は最近見かけないそうだから大丈夫だろうと了承された。

 本当はユリアは渋っていたが、後ろから「お願い頼んで」と職員が何度も拝んでいたのだ。


 外にある山での採取をする者はあまりいない。そこへ持ってきて、最近は流れの冒険者が嫌がらせのように依頼書を奪っていった。そのため、クリスもそうだったように、元々受けていた冒険者たちも別の仕事を受けるようになってしまった。

 採取はそもそも低ランクの仕事だ。やろうと思えば誰でもできる上、実入りの良い仕事ではない。

 クリスと同じ銅級以下の冒険者たちは、他の仕事を受けることによってそちらへ流れてしまった。

 ようするに、採取の依頼仕事が溜まっているというわけだ。

 結局、ユリアだけでなく他の職員からも溜まっていた依頼を渡された。

 もちろん、一日では無理だ。クリスは口酸っぱく「一日では無理だからね!」と念押しした。


 初日はそれで問題なく過ごせた。

 クリスが久々に大量の薬草やハーブ類を持って帰ると、ユリアたちも喜んだ。

 午後も採取をしてほしいと言われていたため、クリスはやむなく頑張った。そのせいで馬車の預かり所を探す暇もない。

 それでも三日ほど頑張れば、あとはいつもの通りで構わないという。

 クリスは残り二日を頑張ろうと思った。



 が、そうは行かなかった。

 二日目の昼、クリスは暴漢に襲われた。


 クリスがよく採取に使っている山は北部にあり、迷宮ピュリニーに近い。

 迷宮は地下の規模を想定した上で、大きく頑丈な壁で囲んでいるが、いつ何時別の入り口が出来るか分からない。

 迷宮の出入り口は大抵一つと決まっているが、稀に突然開くこともあった。

 そういう時は「魔物の氾濫スタンピード」が原因だ。

 過去にガレルでも町に溢れたことがあるらしい。そうした経験から、迷宮近くの山中に分け入る人は少なかった。

 その分、採取もしやすい。誰も行かないので採りたい放題だからだ。


 今回はそれが裏目に出た。

 エイフという護衛がいないのに一人で奥へ入りすぎたクリスが悪い。

 男たちは気配を察したクリスに焦って、何の策も弄することなく襲いかかってきた。

 けれど、なにしろ気配察知はペルが得意だ。クリスが気付いたのもペルの息遣いが変わったせいだった。


「あの時の、意地悪したやつだ!」

「ピッ」

「ちっ、顔がバレた。おい、お前ら馬をなんとかしろ!」

「なんとかって、うわぁっ!!」


 ペルはクリスに害をなす者を許さない。頭をぶんっと振り回して体当たりし、相手が怯んだところで前足を振り上げた。さすがにそのまま下ろすと死なせてしまう。

 クリスが「ダメだよ」と嗜めたら、男の横を掠めるだけに留めた。

 でも、彼女は「ヒィーン!」と威嚇している。まだやるのなら、後ろ足で蹴り上げるぞと脅しているのだ。

 薬草採取の依頼書を奪っていった流れの冒険者が舌打ちした。仲間の男たちはペルに怯えて後退っている。


「こんなのが相手だって聞いてなかったぞ、くそっ」

「何言ってんだ。ただの馬じゃねえかっ」

「やってられるかっ!! 割りに合わねぇよっ」


 転んだ時に怪我をしたのか、男の一人は手の平を怪我していた。くそっ、と悪態を吐いて立ち上がる。

 それから、唾を吐き捨てて逃げていった。もう一人も後を追うように走っていく。

 ペルの威嚇がよほど怖かったらしい。きっと魔物を討伐した経験もないような、都市内で暮らすチンピラだったのだろう。

 ペルで恐れていたら、外の魔物や迷宮内では「冒険者」として働けていないはずだ。


 そして、クリスに意地悪をした流れの冒険者は、その経験があるようだった。

 ペルのことを警戒しているものの恐れていない。クリスがどう動くのか、ペルの間合いを計算しているようだった。

 逃げていった男二人よりも度胸がある。

 クリスは腕に仕込んでいる紋様紙の内容を脳裏に浮かべながら、使うかどうか悩んだ。

 こんな程度の男に使うのは腹が立つ。

 どうにか不意打ちで倒せないだろうか?


 じりじりと対峙しているところへ一石を投じたのはイサだった。


「ピッ、ピピピッ!」


 ただの鳥だと思っていたのだろう。男は、突然割り込んできた白い小鳥に驚いた。

 その一瞬の怯みを見てクリスは動く。ペルもだ。

 ペルが背後を壁のように止めてくれるため、クリスは突撃するだけでいい。

 ドワーフの血を引いてて良かったのは、骨が太くて強いということだ。ドワーフらしいがっちりとした体型ではないが、エルフのような細身ではないし、見た目以上に体重はある。それだけ骨がみっちりしているということで――。


「つまり、頭突きも強いんだ!」


 男の腹というよりは股間になってしまったが、そこへ弾丸のように飛び込んだ。

 たぶん、避けなくても大丈夫だと思ったのだろう。クリスの見た目は小さな女の子だ。

 でも、想像以上の重さと股間への衝撃に、男は蹲ってしまった。

 そして、普通の女の子なら「キャー」と言って逃げるところ、クリスはちょっと普通ではなかった。

 股間を押さえて蹲った男の肩を思い切り叩いた。


「ぐわっ」

「この誘拐野郎! 小さな女の子をっ! 変態! 変態!」


 バンバン叩いて、動かなくなったところで手を止めた。

 足首を持ってコキッとやろうか考えたものの、犯罪者として突き出すのなら歩かせる必要がある。

 考えた末、ロープで縛るだけにした。

 しかし、ペルの上に乗せるのは嫌だ。

 ペルも嫌そうだった。イサも首を横に振っているが、そもそも彼には乗せられない。

 ともかく、全員一致で男は引きずっていくことにした。

 クリスも鬼ではないため、そのへんの木を削って板状にし、男を乗せた。多少、あちこちに当たったりするかもしれないが仕方ない。


 採取の仕事はまだ残っているというのに面倒なことになってしまい、クリスはぷりぷりしながら都市内へと戻った。


 ところが、西門で男に襲われたことを話すと、同情されたものの犯罪者として受け取ってもらえなかった。

 治安維持隊へ突き出しても無理だろう、との答えとともに。

 何故なら、被害者のクリスが市民ではないからだ。

 そして男は市民だった。

 流れの冒険者だと思っていたら、元々この都市の出身者だったのだ。


 仕方なく冒険者ギルドへ突き出した。ギルドでも対処はしてくれるが、未然に防いでいることから大した処分にはならないという。

 たぶん、市民かどうかよりも、ギルドの会員が起こす不祥事を目立なくさせたいのだ。

 慰謝料を男のギルド口座から出してもらったが、クリスは全くもって嬉しくない。男は銅級から鉄級に格下げされたが、それだけだ。


 クリスが怒っていると、受付のユリアも同じように怒ってくれたので、それだけが救いだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る