021 家馬車の完成
畑仕事の追加依頼は薬草採取と同じぐらい稼げた。おかげで日々の暮らしも安心だ。
晩には紋様紙描きの内職も進め、前回から数が減ったものの無事納品も済ませた。
また、頼んでいた材料も全部揃った。
となると後は一つ。
いよいよ、家部分の作成だ。
「緊張するー」
「お、いいね。頑張れよ」
「クリスちゃん、頑張れー」
皆が見守る中、クリスは家つくりスキルを発動させた。
一気に集中へ入る。
冷静な自分と、スキルに突き動かされる自分がいる。
クリスは瞬時に家を作り上げる流れを把握した。必要な材料は設計通りに用意したつもりだ。だが、きちんと測れていなかったのだろう。おかしな箇所をすぐに見つける。
ノコギリで切り、足りない部分は他のもので代用した。
どこに釘を打てばいいのか。必要なものが立体的に浮かんで示してくれる。脳内で想像していたことを、目の前に立体で、かつ同時進行で情報が集まってくる感じだった。
横壁を貼り、床板、天井と一気に仕上がる。
作り付けの吊戸棚もあっという間に出来上がった。それから窓を嵌め込み、扉も作る。
すでに出来上がっていた御者台にも手を入れる。荷台の住居部分から出入りし易いようにだ。
二階部分への階段ができると、今度は二階の内装である。屋根は丸く仕上げた。低めのベッドの下は荷物入れになる。ベッドを持ち上げるタイプだ。
寝る前に作業ができるよう低い台も作った。
屋根には外へも出られる四角い窓。念のため、ベッドの真上に作るのは止めた。もしものためだ。目が覚めた時に魔物と「こんにちは」はしたくない。
内装が終わると、外へ出て付属品を取り付けていった。
頼んでいた軽魔鋼の入れ物は、馬車の下に嵌め込む。そこには四枚の板も重ねて入れていた。
これはお風呂だ。留め具を外して引き出し、四枚の板で取り囲むと即席のお風呂になる。ステンレス風呂のようなもので、慎重に使えばお風呂として使うことは可能だ。馬鹿力で殴ったりしない限り壊れることはない。
反対側には簡易キッチンの土台を取り付けた。引き出し式で、軽魔鋼で作った洗い場と作業台がある。鍋置きとして五徳も作ってもらい、その下の穴に燃料を入れて燃やすこともできる。
紋様紙に頼ってばかりでは、いざという時に困る。自力で調理するために考えた。幸い、火を付けるぐらいは簡単だ。
これらを半日で作り上げた。
外側の塗装も内側の仕上げも、全てだ。
「すっげー!」
「おいおい、こんなに早いのか」
「なんて仕上がりだ……」
スイッチの切れたクリスがぼうっと立っていると、皆が集まって肩を叩いたり、よくやったと頭を撫でたりする。
振り返ると、ガオリスたち全員が集まっていた。
クリスの「家つくり」を間近で見ていたようだ。
「俺が用意した木材の修正も、一目見ただけで直しちまったよ!」
「お前は甘いんだよ、ったく。明日からもう一回勉強し直しだぞ」
「うへぇ。でも、あれを見たら仕方ねえよなぁ」
弟子の少年らも、すごいすごいと大興奮だ。
「大工スキルみたいだった!」
「いや、大工頭か、建築士スキルぐらいあるんじゃない?」
「すごかったよな」
木材に関する仕事を請けているため、大工仕事も見たことがあるのだろう。皆、あれがすごかった、ここはどうなってるんだと真剣だ。
楽しい中でも仕事に生かそうと張り切っている。
クリスは心地良い疲れで、ふわふわしていた。
奥さんが気付いて、お店の作業場から椅子を持ってきて座らせてくれた。
それから手をパンパンと叩いて皆を集める。
「すごいのは分かったけど、それをまとめなくていいの? クリスちゃんも疲れてるんだから、休ませてあげないと」
「あ、そうだった」
「悪い悪い」
「じゃあ、先に仕事をしよう。皆、仕事へ戻って」
「はいっ」
奥さんは苦笑だ。それからクリスを見下ろしてウインクする。
「まずはゆっくり休みなさいな。自分で見直しもしたいでしょう?」
「はい!」
分かってるなあと、クリスは頷いた。
立ち上がり、ちゃんと出来上がったのか確認していく。設計図を描いたものの、スキル発動中に「これはダメだ」「こっちの方が良い」と何度も浮かんだ。
自分で自分にダメ出ししているようなものだった。
その部分も含めて、本当に合っているのか確認したかった。
指先でなぞりながら、外側、そして中を見ていく。
イサが飛んできて、そっと肩に乗った。
「ね、すごくない?」
「ピピッ」
「自分の家だあ。馬車だけど、小さいけど、自分の家ができたんだ!」
完成した家馬車を見ると感慨もひとしおだ。
迷宮都市ガレルへ来たのは、自由で暮らしやすいと聞いたからだった。迷宮から出る魔物の素材で潤う町。
そこに永住したかった。
村では父親に束縛されていた。記憶を取り戻さなければ埋もれたままの人生だった。
もしかしたら父親の「ろくなスキルじゃなければ、あいつを売る」という口癖通りに、売られていたかもしれない。
そこから逃げ出して、過酷な旅を続けてきたのは、安住の場所を求めたからだ。
前世のクリスは、親に言われるままに就職まで進んだ人生だった。親に逆らうのがおかしいと言われるような地域で育った。
大学まで行けたのも「先進的な考えのご両親」だからだと、言われた。ご両親に感謝しなさいとも。
就職先は両親が決めた。都会の、名前だけは有名なところで両親は喜んだが、ブラック企業だった。
会社を辞めたかった。だから「奥さんには家で俺を待っていてほしい」が口癖の同僚に、請われるまま付き合い婚約した。けれど、浮気されて破棄だ。
自分の人生ってなんなんだろうと思った。流れに流されて意思というものがなかった。初めて、これではいけないと気付いた。
以来、親からの「早く結婚しろ」や「子供の顔を見せろ」は無視した。
彼等にはもう頼れない。頼りたくない。
一人で生きていく。
ならば、自分の家が必要だ。
自分の城。
せっせとお金を貯めた。ブラックだろうとなんだろうと残業すれば法定内の残業代は出た。贅沢せずに貯めた。
そうして「そろそろマンションでも買おうか」と、思い始めた矢先のことだった。
猫を飼って暮らす夢。
女一人で生きていく。転職はその後にしよう。そう考えると楽しくて仕方なかった。
もうすぐだった。
だけど、栗栖仁依菜の人生はそこで終わった。
その思いが、クリスに「家つくり」スキルを与えてくれた「理由」なのかもしれなかった。
ニホン族に与えられた、四つめのスキル。あるいは特別な力かもしれない。
でも特別でなくてもいいと思っている。
クリスは、自分の家が作れたらそれでいい。
家馬車で終わるとは思っていないが、この後も安住の場所を探し見つけるつもりだ。
そこで自分の家を作る。
作りたかった家を作れるのなら、それでいい。
クリスは自分の最初の家を眺め、満足げに息を吐いた。
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