006 スキル
世界、あるいは神と呼ばれる存在から、与えられるスキルは通常三つ。
大抵は人生において役に立つスキルをもらえる。
たとえば、調理というスキル。このスキルを持っていると、女性ならば結婚に有利だ。もちろん男性でも女性でも、極めれば料理人となって働くこともできた。しかし、家事スキルと比べたらどうだろうか。
実は調理は家事の一つでもあるため、家事スキルの方が「良い」スキルと言われている。家事スキルの中に調理スキルも内包されていることから、上位スキルとも呼ばれた。
それでも調理スキルを持っていれば、女性の場合は結婚相手への良いアピールになった。下位スキルだと言われようが、少なくとも「ハズレ」スキルよりはマシだとされていた。
ハズレとは床拭きや窓拭きといった、ごくごく簡単な作業で、かつ狭い範囲に限られた能力のことだ。床拭きも窓拭きも家事スキルだけで全て完璧にこなせるのだから、ハズレと言われてしまうのも仕方ないのかもしれない。
クリスはこの話を聞いた時に「むしろ特化した能力なのでは?」と思った。が、世間はハズレだと決め付けている。
更に、一つ、あるいは二つしかスキルを得られなかった人のこともハズレと呼んでいた。稀に三つのスキルを与えられない人もいたのだ。
彼等は働く場所に困った。
クリスの出身地は、そうした人がやって来てできた村だった。近くには流刑地があり、その管理をすることでなんとか村として成り立っていた。犯罪者の強制労働がなければ過酷な辺境の地を生きることはできなかっただろう。
スキルに左右される世界は、前世と比べたら厳しい。
魔物もいる世界だ。魔物は強く恐ろしい存在だ。対抗する力がなければ、あっという間に殺されてしまう。
クリスも本来ならそのハズレに入っていたはずだった。
なにしろ生まれてからスキルがあるかどうかも分からない状態で、仮の名前すら父親に付けてもらえなかった。
十歳の時に受けた「誕生の儀」ではっきりと記憶を取り戻せなければ、今も辺境の地で暮らしていたかもしれない。
クリスがラッキーだったのは、神官が「試練の儀式」で偶然村に来たこと。その神官が、まだ誕生の儀を受けていない子らを集めて無料で視てくれたこと。そして、記憶をはっきりと思い出したクリスが「このままだと父親に売られてしまう」と頼み込み、神官に村から連れ出してもらえたことだ。
試練の儀式は、神官が徳を積むために行うものだ。大抵は辺境の地を巡る。
そんな彼等に断られることはまずないだろう。勝算はあったが、賭けでもあった。
たとえ「家つくり」というスキル一つだけしかなくとも、なんとでもなると思えたのは前世の記憶があったからだ。辺境の地の無知な幼子では、到底無理だった。
旅の間に「ハズレだ」、そう言われ続けたスキルだった。それでも三年、生きてここまでやって来た。
「よし! 滅入るのはもう終わり! 明日から頑張るぞ!」
迷宮都市ガレルで永住できないと言われたことはショックだった。
どうやら、ここが目標になっていたようだ。
クリスは頭を切り替えようと、自分で両頬を強く叩いた。
「明日から、また冒険者として働くんだ。内職も頑張る。そして自分の家をつくるぞ!」
自分だけの家を。
そのための「家つくり」スキルだろうからだ。
翌日からクリスは張り切って依頼を受けた。朝早くから外壁を出て森に入り、得意な採取仕事をする。
昼過ぎには戻って、農家の手伝い仕事だ。収穫した野菜を洗ってまとめるという作業だけで、売り物にならない不格好な野菜をもらえた。
これらは宿への差し入れにする。ペルや他の馬たちの食事になるのだ。おかげでペルの預け賃がタダになった。
夕方からは宿の部屋で内職仕事をする。
本当は「家つくり」スキルをアピールして大工仕事をしたいのだが、女性は嫌がられる上に幼いことを理由に断られる。
また「大工」スキルが一般的で、誰も「家つくり」というスキルを知らなかった。その名前から「家」だけに特化したものだと思われたのも良くなかった。
大工仕事は家ではなくても作れるが、「家つくり」の場合、倉庫などでは発揮されないと考えられたのだ。
いくらクリスが問題ない大丈夫だと言い張っても無駄だった。
仕方ないのでスキルの関係ない仕事で凌いでいる。
幸いにして、クリスにはお金を稼げる内職仕事があった。
「ふっふっふ。今日は十枚も作ったよ!」
紋様紙と呼ばれる、魔法スキルがなくとも魔法を発動できる素晴らしいアイテムだ。
クリスは、これを専用の用紙に描いて売っている。
本来は専門のスキル持ちが作るものだが、別に持ってなくとも描けた。
剣士スキルがなくても剣を使えるのと同じで、努力すれば「そこそこ」までには到達する。
大抵は、その努力がきついのと、スキル持ちと比較して「あまりにも不公平」だと感じるから続かないだけだ。
クリスの場合は前世の記憶があることもプラスに働いた。努力すれば身に付くことを知っていたし、細かい作業が苦ではなかったからだ。
ちなみに、前世で仕事のイライラを解消するのにやっていたことは、ただひたすら迷路を紙に書いていくことだった。最初はパズルや塗り絵から始まり、やがて迷路作りにハマった。死ぬ前は、立体迷路の大作を作ってSNSに投稿しようか悩んでいたほどだ。
緻密な絵を描くように魔術紋を丁寧に描いていく作業は、クリスに向いていた。
しかも、この世界には娯楽がない。時間潰しにはもってこいだった。
「防御が心許なかったし、自分用も作っておくかなー」
旅を始めてから独り言が増えた。寂しいのだと思う。
クリスは溜息を噛み殺しながら、小さな紙を用意した。縦十センチメートル横四センチメートルの細長い栞サイズの紙だ。
売り物の紋様紙は、縦四十センチメートル横二十センチメートルぐらいの大きさが基本形だった。そのサイズが一番持ちやすく、書きやすいとされていた。
使い方は覚えてしまえば簡単で、自分の中にある魔力を紋様紙に与えればいい。それで魔法が発動する。ただし、魔法のほとんどは指向をもたせる必要があるため、慣れるまでには時間のかかる人もいた。
応用力というのか、頭の固い人ほど使えないそうだ。
たとえば火の魔術紋が描かれた紋様紙を前に「どこにどれだけの火を使う」か、は指示が必要だ。二メートル先なのか、五メートル横なのか。大きさや持続性を示す必要があった。魔術紋は複雑で、一々細かな設定をし直してまで描いていられない。下級の火もあれば、攻撃用となる中級の爆炎もある。
きちんと指向を持たせないと高い紋様紙も台無しだ。
クリスは幸いにして、頭の柔らかい子供のうちに魔術紋を覚えさせられた。それに、あらゆる情報に溢れた前世の記憶がある。
魔術紋を使うことに関しては問題なかった。
問題は、専用スキル持ちではないことから描くのに時間がかかるということだ。
少しでも間違えると魔法が発動しない失敗作となる。地道にチマチマと模様を描いていくしかなかった。
それゆえ、頑張っても描けて十枚だ。
自分用のサイズに描くのも同じぐらいかかってしまう。小さいから簡単というわけにはいかず、小さいからこそ集中していないと失敗する。
魔術紋を覚えた当初は、何度も何度も失敗して辛い日々だった。ほんの少しの線の乱れも許されない。万年筆の調整を怠れば、線はあっという間に太くなったり細くなったり。
最初は縦線を何度も何度も同じ幅で書けるようになることから始めた。
努力の甲斐もあり、今では円を寸分違わず描けるようになった。蔓草模様を一筆で描けて初めて、スタートラインに立つのが紋様紙制作だ。
スキル持ちだったら、ここまで苦労しなかっただろう。
事実、クリスは「家つくり」スキルで、その恩恵を受けている。
魔術紋を教えてくれた魔女様に「新しい木材置き場を作っておくれ」と言われ、頼まれたとおりの大きな倉庫を作ったことがある。
クリスはその時、こう考えていた。「木材置き場って鼠が住んでいるよね。鼠の『家』にしたら大きいよなあ」と。
そう考えた瞬間にスキルが発動していた。クリスの中にある魔力が自然と流れ出たのだ。
今までにない集中力と立体的に想像できる設計図。何が必要なのか、どれだけ必要か。大した道具でもないのに、木々はクリスの思うままに削れた。
そして、とんでもない速さで出来上がった。いくら、ただの倉庫、木材置き場でも「たった一人の小さな女の子」が作るには「おかしい」ことぐらい分かる。
スキルとは、それほどに特別なものだった。
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