005 冒険者と宿と辺境の地




 クリスのような子供がエールを奢るというのは、冒険者たちにとって居心地の悪いことらしい。ともすれば自分たちの子供といってもいい年齢(に見えるの)だ。そんな子供が冒険者から情報を得ようとエールを持ってくる。

 居心地が悪くなるのも当然だった。それも踏まえてクリスは「エールをあの人たちに!」と声を上げて注文する。

 おかげで大抵の冒険者は質問にスラスラと答えてくれた。もちろん、このギルド本部でもそうだ。


 最初は、ギルド本部でどんな依頼が多いのかを聞いてみた。やはり迷宮ピュリニー内の魔物狩りや植物採取ということだ。その中の、低級ランクにとって旨味のある依頼が何かを教えてくれる。

 他に多いのが大店からの直接依頼だ。珍しい魔物を狩ってきてほしい、あるいは高価な魔物を王都へ運ぶための護衛仕事などなど。これらは上級ランクでなくては難しい。ギルド本部にはそうした者が集まっている。

 彼等が「休みなのにギルドで休憩する」理由は、美味しい依頼が飛び込んでくることもあるからだ。

 先の直接依頼もそうだ。それだけではない。珍しい魔物の出現報告が入れば誰よりも早く向かう必要がある。早いもの勝ちだ。依頼が貼り出されるや急いで受け、パーティー仲間を集める。休みだからとダラダラしていてはいけない。

 そうした心構えも彼等は懇切丁寧に教えてくれた。


 仕事の話が一通り終わると、今度は都市内での過ごし方や冒険者御用達の店についてへ移った。

 頑張ればクリスでも買えるような価格帯の店に絞って話してくれる。武器専門店についてはサラリと流された。小さな女の子のクリスが持てると思わなかったのだろう。実際、クリスは武器を持って戦うタイプではない。


「わたし、しばらくは外壁の外の森で狩りをしようと思ってるんだけど」

「まあ、迷宮ほど危険ではないだろうがなぁ」

「お嬢ちゃん、一人で活動するには、ちょいと若すぎやしないか」

「大丈夫。重種の馬も一緒だから!」

「でも、竜馬じゃないんだろう?」


 ただの馬ならば、荷運び以外では役に立たないだろうと指摘される。

 しかし、ペルは違う。


「魔物に動じない性格だし」

「ほう」

「それに気配察知ができるよ」


 それはスキルを持っている、という意味合いだ。


「そりゃいいな。重種なら体力もあるだろう」

「案外、迷宮内へ行くよりは外での仕事が向いてるかもしれんぞ」

「それもそうか。迷宮にはただの馬は連れて行けないし、となればソロ活動は厳しい」

「でも、気を付けるんだぞ。西区に拠点を持つ知り合いがいるから、何かあったら頼るんだ。ちょっと待てよ」


 それぞれがクリスを心配し、あれこれ言ってくれる。一人の冒険者は相談事を持ち込んでも引き受けてくれそうな知り合いを教えてくれた。


「エイフって名前の鬼人族だ。見た目は怖いが、差別なんぞしない良い奴だ」

「ありがとう」

「俺のサインを入れといたからな」


 そう言って紙切れをくれた。クリスは内心で驚いた。

 紙は高い。それに識字率は二割と言われている世界だ。

 手のひらに収まるサイズとはいえ、紙に字を書いて渡すという行為はかなり珍しかった。


「あ、変なことは書いてないからな。こう書いたんだ。『クリスという女の子の相談に乗ってやってくれ、カイン』ってな」


 間違いなく、そう書かれていた。

 どうやら彼は文字の書ける二割に入っているようだ。

 依頼書を見る係なのだろうから書けても不思議ではない。あるいは勉強したのかもしれないが。

 とにかく良い人に出会えた。そうしたことも踏まえて、アナはこちらで相談することを勧めてくれたのだろう。





 クリスは中央地区にある、教えてもらった冒険者御用達の店々を巡ってから外壁近くの厩舎まで戻った。

 昼を過ぎていたため、屋台で買っていた野菜串を食べた。衣を外してペルにも食べさせる。彼女はカボチャやサツマイモなどの野菜が大好きだ。毎日食べさせてあげられないのが申し訳ない。

 旅の途中はクリスもろくな食事ができないので許してもらいたいところだ。


「美味しかった?」

「ブルルル」

「良かった。じゃ、しばらく滞在するから、良い宿を見付けてくるね」

「ブルル」


 賢い彼女は良い返事でクリスを見送ってくれた。



 宿の当たりは付けていた。朝市で農家の人たちに聞いたのだ。新鮮な穀物を売る店の納入先なら安心である。

 大体「あそこは毎日仕入れてくれる」だとか「飼い葉用の仕入れも多い」と聞けば、そこが「良い宿」だと分かる。

 値段は店構えを確認すればいい。凝った作りの外観なら、回れ右だ。


 クリスが長逗留することを決めた宿は「精霊の止まり木亭」という名で、西区の外壁近くにあった。

 外壁近くなので宿泊料は安めだったが、それだけで決めたわけではない。厩舎が綺麗で手入れもよくされていたのだ。

 家族経営で温かい雰囲気なのも良かった。こういう宿は安心できる。

 クリスは早速、ペルと荷物を持って移動した。


「いらっしゃい。さっきの子だね。馬は空いているところへ繋いでおいで。この札を掛けておくんだよ。そうしたら、うちのがちゃんとお世話するからさ」


 木札をもらい、先にペルを預けに行く。ちょうど息子と思しき少年がいたので任せることにした。

 少しだけ様子を見たが、丁寧な仕事をしていた。ペルも嬉しそうだ。

 ペルには明日の朝にまた来ると約束して宿へ入った。



 食事は別にして十日ごとの宿泊にする。長逗留の冒険者は大体この形で、前払い形式だ。

 一泊だと銀貨三枚、十日にすれば割り引きがあって銀貨二十七枚。一日分お得である。

 夕食を頼む場合は、メニューにもよるが銀貨一枚程度。クリスはお酒を飲まないため、宿で食べる方が安上がりかもしれない。

 こんな風に計算して節約しないと、当初の予定が変わってきているからお財布の中身が危険なのだ。

 いくら安宿といっても、家を借りるよりは高くつく。

 こういう根無し草的な生き方は疲れるが、仕方ない。

 クリスのような身の上でも雇っていいと言ってくれるようなところは、そうはないだろう。

 まだ若いからできる。それに人生なんてそんなものだよな、とも思う。


 部屋へ通されると、クリスは急に疲れを感じた。

 長旅の果に辿り着いた希望の町は、永住できないと判明した。厩舎で過ごし、翌日には朝から慣れない都会を歩き回った。

 これで疲れない方がどうかしてる。


「でも、まあ、前世に比べたらまだマシな一日かな?」


 一時間かけて満員電車で通勤し、朝から晩まで仕事の毎日だった。営業職を兼任し、ヒールの底がすぐに削れるほど歩き回った。

 よくも、あんな格好で歩けたものだ。


「だけど、命の危険はこっちの方が高いなあ」


 ――いや、そうでもないか。

 前世での最期は「寿命」ではなかった。

 たぶん、いきなり終わったはずだ。線のようなものが体を通過して、その瞬間に命が消えた。



 クリスは、日本という国でOLをしていた栗栖仁依菜くりすにいなという女性だった。

 何がどうしてこうなったのか分からないが、地球ではない世界に生まれた。

 転生したと知ったのは幼い頃だが、はっきりと自覚したのは「誕生の儀」を受けてからである。


 通常「誕生の儀」は生まれた時に受けるものだ。「神官」がスキルを発動して赤子の状態を「視」る。

 この時に分かるのは、世界――神とも呼ばれる存在――から与えられる、名前とスキルだった。

 スキルは、ほとんどの人間に与えられるものだ。スキルを持っていれば、持たない人間よりも何倍何十倍と早く、その能力スキルを覚えることができる。他よりも特別な力が使えた。

 たとえば剣の練習を幼い頃から何十年続けても、剣士スキルを持つ者の一日には負けるという。極端だが、本当にそう言われるほどの差があった。

 だからこそ幼い頃にどんなスキルがあるのか知らせて、無駄な時を過ごさないようにと国は推奨していた。むろん、無料で受けられる。それが「誕生の儀」だ。

 成人の時にも無料で受けられる。どこの国でもほぼ同じで、一生の内に最低二回は誰でも無料で受けることができた。


 成人の儀も受けるのは、そこでスキルが確定すると言われるからだった。

 赤子のうちに一つか二つ、十五歳の成人までに三つとなる。ほぼ、どんな人間でも三つのスキルを与えられる。

 ここで問題なのは、ごく稀に四つ目が増えることもあるということだ。

 そうした理由から成人になった際にも視てもらう。



 この常識を、クリスは十歳になるまで知らなかった。

 辺境の地には神官などやって来ない。流刑地でもあった村では、スキルのことは表立って話題に出せないものだった。

 流刑地に暮らす村人は、ハズレスキル持ちが流れ流れてやって来ていたからだ。





*****

修正→「竜馬じゃないんだろう」



※自分のための覚え書きなので、次の誤字修正では削除します




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