004 都市の様子と冒険者ギルド本部
朝市では世間話として情報を仕入れていた。
クリスが「こんな大きな都市は初めてだ」と言えば、皆が親切に教えてくれるのだ。
たとえば、個人での馬の移動には許可がいること。その場合は、月に金貨三枚という大金を使用料として行政機関に支払う必要がある。月に一度しか乗らなくてもだ。
そのため、一般の人は乗合馬車を使う。距離によって違い、銅貨一枚から多くても五枚まで。毎日往復して乗ると月に最大銅貨三百枚。金貨に換算すれば三枚だ。
馬を使う場合は最初に高い登録料を要求される。そうでなくとも、一個人が移動のためだけに馬を飼うというのは、都会ではあまりない。維持費が高くつきすぎるのだ。
クリスはどのみち、この都市の住民にはなれないし、もちろんペルを手放す気もない。
そもそも住民になれないのに登録料だけは取るなど納得がいかない。だからクリスの都市内での移動は乗合馬車にして、ペルの運動不足は都市の外へ連れ出すことで解消する。
他にも中央地区ほど物価が高いという、都市ならではの「あるある」情報もあった。
迷宮都市ガレルの一等地区は中央地区と南区だ。
中央地区には行政機関にギルドの本部などが集まっている。大店も多い。単身者や若い夫婦向けの集合住宅が多いのも中央地区だ。
南区は支配階級の人たちの邸宅がある。地下迷宮ピュリニーは都市から見て北北西にあり、それを鑑みて南の土地を選んだのだろう。
都市の北部には冒険者向けの宿や店が並んでおり、下町風らしい。外壁近くにはスラム街もあるというので、治安が少々悪いということだ。
クリスは西門からガレルに入った。ここは他地域からの入り口になり、比較的治安はいい。物資の輸送を含めた旅人への印象を良くするために、治安維持隊が頻繁に見回っているからだ。
また、内外を問わずに畑が広がっている。農家が多いのが西側ということだった。
東側は商業地区と個人宅、学校もある。端に行けば港町だ。魚介類を加工するための小さな店が密集しているらしい。
迷宮都市ガレルは地下迷宮ピュリニーが誕生したことで一大都市にまで発展したが、もともとの素地はあった。恵まれた穀倉地帯と大きな港を持つガレルは、急激に大都市へと変貌を遂げたのだ。
「その歪みが北側の町ってことかな……」
本部ギルドへ行こうと思ったクリスは、どうせならと中央地区を通り越して乗合馬車を降りた。都市の北側を見てみたかったのだ。
北区は「急激に発展した町並み」そのものだった。通路が細く入り組んでおり、無理な増築も多い。
建物と建物の間を繋ぐように、手作りめいた不安定な橋が渡されている。それも、あちこちにだ。
三階建ての建物が多いが、屋上の高さは不揃いだった。橋といっても階段状になったり、斜めに歪んでいたり。
歩いているとパラパラとレンガの補強材が落ちてくる。どうかしたら、レンガや石さえ落ちている。道の端に避けられたゴミを見て、クリスは苦笑した。
でも、個人的には嫌いではない。こういう継ぎ接ぎだらけの町は見ている分には楽しそうだった。
ただし安全ならだ。
ちょっとした衝撃で壊れてしまいそうな建物や橋を見ていると、怖い。
それはクリスが「家つくり」スキルの持ち主だからかもしれない。
あるいは、前世の記憶を持つからかもしれないが。
歩き回った後、中央地区へと戻った。
冒険者ギルドの本部は石造りの頑強な建物で、すぐに見つかった。一大都市にある本部というだけあって、クリスが今まで見たギルドの中でも一際大きい。思わず、ほぅーっと溜息のような声が出た。
ギルドの中は天井が高く取られており、圧迫感がなかった。外側の重厚感と比べればずいぶんと雰囲気が良い。
クリスが知っているギルドと言えば、もっと狭くて暑苦しくて埃っぽいものだ。それに煩い。
しかし、このギルドはガヤガヤしているものの煩いとは感じなかった。
全体的に洗練されている。
白い壁に飴色のカウンターやテーブルのせいだろうか。あるいは、受付ごとに並んでいる古めかしいランプがアンティーク風で美しいからかもしれない。
ずいぶんと内装にお金をかけているなあ、とクリスは観察しながら受付に進んだ。
「異動届を出したいんですが」
「あ、はい。……え?」
受付の女性はクリスを見てびっくり顔になった。こんな対応は慣れている。クリスはさっさとギルドカードを提出した。ちょっと背伸びして。
何故、カウンターを「全ての人種」対象で作らないのか。一度、文句を言ってみたいクリスだ。
「……はい。確認しました。クリス=ニーナさんですね」
「街道を通ってきたんですが、メルトとアキスタの町では食料の補給しかしなかったので、直近だとスルスドの町で受けた依頼が最後です」
「……お待ち下さい。ええ、確認できました」
精霊樹の枝の先にある、実のように見える赤い水晶にギルドカードを触れさせる。すると実水晶に触れていた女性はすぐに納得して頷いた。
精霊樹には地面を通したネットワークが存在している。ギルドは彼等の情報共有能力を「お願いして」、間借りさせてもらっているのだ。彼等に人間の情報を与えることで、簡単なデータベースができている。実水晶は情報の出し入れをするための魔道具として使われていた。この精霊樹に「お願い」するのは専用のスキル持ちでないと無理だ。滅多にいないため大事にされているという。精霊樹へのお願いには対価も必要だと聞いたが、重要な機密事項ということでクリスのようなペーペー会員には知らされていない。
「銅級ですね。依頼の受注は順調のようですし、問題もなさそうね。ペナルティもなし。あら、もうすぐ銀級に上がれますよ」
女性は実水晶から手を離し、ギルドカードを返してくれた。書類に書き込みながらクリスに視線を向ける。
「迷宮ピュリニーが目的ですか?」
「え、銅級でも入れるんですか?」
質問に質問を返したというのに、女性は嫌な顔をせず教えてくれた。
ここでは一番下の鉄級からでも迷宮に入れること。ただし、階層は制限される。また入るのに毎回銀貨三枚が必要ということだった。
鉄級が入るには少々厳しい額だ。いや、銅級でも銀貨三枚は苦しいのではないだろうか。
だから、パーティーに入るなどして活動するらしい。
パーティーだと十人までという人数制限があるものの、金貨一枚で済むからだ。これならば、一人当たり銀貨一枚で入れる。
「荷物持ちや料理人などで、上のパーティーが新人を入れることも多いのよ。そうやって育てていくの。あなたも迷宮に入るのなら、先にパーティーについて調べておくといいわよ」
「ありがとうございます。ただ、しばらくは都市内や外の仕事を受けようと思ってます」
「そうなの? だったら、支部へ行くといいわ。ここは本部になるので中央地区の仕事か、迷宮内の斡旋しかしてないの」
中央地区の仕事の依頼は上級レベルしかないようだ。
クリスは迷宮に入るつもりがなかったので、ここに来ることはもうないかもしれない。
そのため、知りたかったことを聞いてしまうことにした。
「資料室など、無料で読める本は置いてますか? また情報を得ることはできるでしょうか」
「ええ、階段を上がって二階の右側に資料室があるわ。自由に読んでも構わないけれど、入り口でギルドカードをかざしてちょうだい。持ち出しは厳禁よ。情報は、内容によるけれど、最低でも一つ銀貨三枚からね」
「分かりました。じゃあ――」
クリスが掲示板近くに併設されたカフェをチラッと見ると、女性が笑った。
「ご存知のようね。どうせ銀貨三枚払うなら、あちらで同業者にエールでも奢りながら質問した方がたくさん得られるでしょうね。特にあなたなら」
ウインクされる。
女性はアナという名前で、クリスに「情報を得る場合はここだけにしなさいね」と釘を差した。
「小さな子が、飲み屋へ行くのは感心しないわ。ここだとギルド職員の目もあるから安全よ。分かったわね?」
「はい」
「よろしい。他に簡単なことなら雑談ついでに聞いてもいいわよ。金銭が発生する場合はきちんと前もって宣言するから」
「ありがとう、アナさん」
「どういたしまして。……でも、あなた本当に十三歳? もちろん精霊樹は嘘をつかないけれど」
ちゃんと食べるのよ。そう言って、アナは心配そうに手を振る。クリスは苦笑で、振り返りながらカフェへと歩いていった。
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