003 朝市の視察




 早朝、厩舎の馬たちが起き出して騒ぎ始めるとクリスもようよう目を覚ました。

 ぐっすりとはいかないまでも、昨日までとは違う場所のおかげで多少の寝不足は解消された。

 ペルに水と食事を用意すると、クリスは管理人部屋を通って自分のための水をもらった。

 顔を洗った時にあまりいい水とは思えなかったため、料理に使うのは止めることにした。ちょうど、管理人も起き出してきた。


「嬢ちゃん、厩舎では大丈夫だったかい」

「藁は新しいし、問題なかったよ。あ、厩舎の外でも火は使っちゃダメだよね?」

「馬が怯えるからな。火が使いたいのか?」

「朝食を作ろうかと思って」

「だったら、朝市に行きな。それほど高くはない。嬢ちゃんなら銅貨一枚で十分じゃないか」


 それはいい。

 朝市も、都市内ではあちこちで開かれているという。ここから近い場所だと、外壁近くということもあって安いそうだ。庶民のための朝市らしい。

 外壁近くには畑が多く、間を埋めるように馬などの預かり所があるそうだ。それ以外にも、町に必ず存在するものがある。


「そうだ。嬢ちゃん、ガレルは初めてだろう? 北部の入り口あたりは行くんじゃねえぞ」

「どうして?」

「スラムがあるんだ。作物が育たないってことで練兵場にしてたらしいんだが、使用頻度が低くてな。その間に掘っ立て小屋が増えちまった。あんまり治安が良いとは言えないから、行くのは止めといた方がいい」

「分かった。ありがとう」


 どの町でもスラムはあったが、都市と呼ばれる場所にもあるらしい。

 むしろ都市だからこそ、規模も大きいのだろうか。

 クリスはかつての記憶を思い起こしながら、管理人に朝市の詳しい場所を聞いた。




 出掛ける前に旅装を解くことにした。着替えていないから埃っぽいし、都市内を歩くのに野暮ったい旅装は人目を引くと思ったのだ。旅の間なら汚い格好の方が何かと便利だが、町の中では逆だ。綺麗にしていないと店に入れない。

 体と服は【清浄】の紋様紙で綺麗にする。贅沢だが、旅用のローブは分厚くて洗濯が難しい。長い旅の後ぐらいは使ってもいい、ということにしている。使う時はついでに自分自身や荷物なども範囲に入れていた。

 着替え終わると、バサバサだった髪の毛を梳かす。短くしていたのに伸びてしまっている。クリスの髪は飴色をしていて、毛量が多い。気を抜くと爆発するから町にいる間は細かに編み込んでいる。旅の間はヘアバンドか紐で縛るのみだ。

 梳かしていると随分痛んでいるのが分かった。

 ガレルにいる間はちゃんと手入れをしよう。何度も櫛を通してから編み込んでいった。


 クリスは十三歳という年齢よりもずっと幼く見える。ちょっぴり寸胴体型なのも拍車をかけた。

 飴色の髪を綺麗に伸ばしていればマシに見えるかもしれないが、いつも編み込んでまとめている。瞳は同じく飴色で、髪よりも少しだけ濃い。まんまるい瞳が可愛いと言えなくもなかった。

 ただ、全体的に特徴がないというか、素朴な顔をしている。

 クリスの客観的な意見だ。この顔は、手を入れないと「可愛く」ならないだろう。

 それで良かった。可愛い顔をしていたら苦労しただろうからだ。


 髪をまとめ終わると、最後に服装を再確認して厩舎を後にした。大きな荷物はペルの足元に隠してきたので問題ない。防御の魔法もまだ効いているはずだ。

 クリスは緩めのパンツに長いチュニックを着たが、違和感はないようだった。女の子でもパンツルックを見かける。この都市は活動的な女性が多いのかもしれない。


 クリスの足でゆっくり歩いて五分ほどのところに朝市の通りがある。

 端の店では野菜を売っている。一通り見て回りたいから買うのは後回しだ。何があるのか、価格帯はどれぐらいかを調べていく。クリスはワクワクしながら大きなリュックを背負って進んだ。


 朝市には、これまでの町では見なかったものが多くあった。

 何よりも野菜の種類が多かった。ハーブ類は思ったほど見かけない。料理に使うだろうから、どこかには売っているはずだ。聞いてみると、農家のおばさんは嫌な顔もせずにお店のことを教えてくれた。


 途中で、出来合いの食事を売る屋台が続き、匂いに負けてサンドイッチを買った。厩舎の管理人には銅貨一枚で事足りると言われたが、どうやら彼はクリスのことを少食だと思ったらしい。さすがに銅貨一枚分では足りない。

 サンドイッチはハーフサイズで銅貨一枚だ。子供にはちょうどいい量かもしれない。

 残念ながらクリスは「年齢」なりに食べる方だ。成長期でもあるから、この二倍は欲しい。

 他にも頼みたいため、ここではサンドイッチのハーフサイズにした。チキンらしき肉を削いだものが挟まれており、甘辛い味付けで美味しかった。


 次に串焼きの店で野菜串を買った。玉ねぎやカボチャといった野菜串は五本で銅貨一枚という安さだ。しかも、一本で大満足と言える量だった。残りの四本はホウと呼ばれる葉で包んでもらい、リュックに入れた。


 ホウはどこにでも生えている木の葉で、殺菌作用がありつつ無味無臭だ。こうして飲食物を包むのに利用される。特殊な編み方をすれば水分も入れられるため、屋台でのスープや飲み物を入れるのにも使われていた。

 町の子が最初にする仕事が「ホウの葉採取」ということも多いそうだ。

 これまで辿ってきた町でクリスが聞いた話である。


 クリスは辺境の村で生まれ育ったため、そんな仕事はしたことがない。

 そもそも、ホウの木さえないような過酷な土地だった。



 朝市には屋台が多く、手軽に食べられるものばかり売っている。男性でも銅貨五枚あれば十分お腹いっぱいに食べられそうだ。

 少し進めば、また素材そのものを売る店が続いた。農家も多い。野菜は新鮮だったが、加工品も並んでいる。

 加工品が多いのは、旅人や地下迷宮へ行く冒険者向けだ。

 水分を飛ばした携帯パンなども見かける。がっちこちに固くしたもので、保ちがいい。クリスも以前、町で購入したことがある。歯が欠けるかと思うほど固かった。後に、スープに浸して食べるものだと知った。


 端まで行くと食品以外のものも並んでいた。生活用品、消耗品などだ。

 旅人や冒険者向けのものが多い。もちろん都市に住んでいる人も買うのだろう。ただ朝市では小売りのものばかりだった。長く住むなら購入単位はもっと大きいはずだ。


 価格調査もしつつの朝市視察は一時間ほどで終了した。

 朝市は早朝より三時間から四時間ほどで閉めてしまうそうだ。


 昼時にも屋台は出るらしいが場所が違うということだった。冒険者ギルドのある大通り近くや地下迷宮の手前、それから旅人の出入りが多い大門近くだ。

 昨日も大門の外にまで屋台が出ていた。

 国民ならば出入りは自由で無料だという。

 クリスは入る時に銀貨三枚を支払った。

 自由に出入りするにはギルドの仕事を定期的に受ける必要がある。この都市で働いていますよ、という証をもらうのだ。


 視察を終えたクリスは、その足で冒険者ギルドへと向かった。

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