007 紋様紙
自分のための紋様紙も作りながらの内職だったが、七日である程度溜まったため魔法ギルドに行くことにした。紋様紙は魔法ギルドで買い取ってもらう。
そのお金で買いたいものがたくさんあるのだ。クリスは朝からウキウキしていた。
永住できないと分かった夜から、考えていたことがある。
クリスは家つくりスキルを使って馬車を作りたかった。ただの馬車ではない。住居付き馬車、いわゆるトレーラーハウスのようなものだ。
ただ、一から作るにはお金も労力もかかる。手っ取り早いのは古い馬車を買い取って改造することだ。いい物件がないか、リサーチも始めていた。
迷宮都市ガレルに永住できないと分かったため、ここで家を建てるのはもう諦めている。でも家自体を諦めたくはなかった。
クリスは考えに考え、トレーラーハウスに行き着いた。前世でも一時期憧れたことのある家だ。日本の都会では夢物語だったが、この世界なら全く問題ない。むしろ旅をするのならもってこいの家ではないだろうか。夢は膨らむばかりだった。
そうして、足取りも軽く魔法ギルドに赴いたのだが――。
魔法ギルドでは、紋様紙を売りに来たクリスに「紋様士」や「魔法士」スキルがあるのかと驚かれた。ところが、そうしたスキルを一切持っていないと返したら途端に興味を失ったようだ。どうでもよさげに紋様紙を扱う。
その上、買い叩こうとした。
スキルなしが作った商品には価値がない。
そんなことまで言われては、たとえお金に困っても売りたいとは思えなかった。だから売るのは止めた。
もっとも、ある程度の蓄えと、紋様紙に対する自信があるからできることだ。
本当に餓死しそうなほど困窮していたら、頭を下げてでも売っていただろう。
紋様紙は、クリスがこれまで旅してきた町では普通に買い取ってくれた。スキルがあろうがなかろうが、貴重品で大事なものだからだ。特に田舎ではなかなか手に入らないため、納品すると喜ばれた。
魔法ギルドがないような小さな町では冒険者ギルドが買い取る。冒険者ギルドが紋様紙を一番必要としているといっても過言ではない。
魔物退治という依頼が一番多い冒険者ギルドでは、スキルだけでは対応しきれない部分を紋様紙で補うからだ。
初級魔法の火や水、土などでも魔物の足止めはできるし、使い方を工夫すれば攻撃にだって使用できた。
魔法を自在に使える「魔法士」は上級スキルだ。持っている人間は限られている。
そんな数少ない魔法士持ちが冒険者になって戦うことは滅多にない。
冒険者のほとんどが初級や中級スキル持ちで、一つの能力に特化したスキルしか持っていない。魔法士のような「魔法全般」に関わる能力は発揮できなかった。
でも、相手は危険な魔物で、臨機応変に戦える魔法があれば冒険者は助かる。
紋様紙は魔法士の代わりだ。
中級魔法も紋様紙があれば発動できた。
冒険者ギルドが紋様紙を欲しがるのは当然のことだった。
クリスは冒険者ギルドで直接交渉することにした。
本来は魔法ギルドを通すのが義理だから、そうしただけだ。
自分でもムカムカしてるのが分かる勢いで、本部の冒険者ギルドに入った。
受付で「紋様紙を売りたいんです!」と告げると、以前も対応してくれたアナが大層喜んでくれた。
「まあ、これを売ってくれるの?」
「はい!」
「ですけど、魔法ギルドの方が高く買い取ってもらえますよ?」
「買い叩かれました!!」
「あら、まあ……」
アナはクリスの説明を聞いて眉を顰めた。
「中身を確認しないで、そんな態度をとるなんて。こんなに綺麗な紋様紙は、そうそう見られないわよ」
「頑張りました!」
背伸びしながら手を挙げると、アナは目を丸くした。それから笑う。
カウンター越しに彼女は手招いた。
「あちらで商談しませんか? ここはやり取りがしづらいわ」
指差したのはカフェだ。クリスに否やはない。はい、と元気よく返事をして向かった。
アナはもう一人、ワッツという名の職員を連れてきた。一緒になって紋様紙を確認するという。
彼は主に鑑定を担当しているそうだ。特殊な手袋をはめ、紋様紙を一枚ずつ丁寧に確認していく。
「どれも素晴らしいね。初級が三十枚、中級が十枚、上級は二枚か。上級まであるとは、いやはや」
「ワッツ、紋様はどう? わたしは全く問題ないように見えたのだけど」
「アナに呼ばれたので良い話だとは思ったが。うん、いいね」
二人は顔を見合わせて、にんまり笑った。
同時にクリスを見る。
「初級一枚で銀貨八枚、中級が金貨一枚、上級は金貨十五枚でどうかな」
「……魔法ギルドよりもかなり低いです」
「うーん、そうだね。でも町の紋様紙屋などに卸すとなると、もっと引かれるよ。それに大量に卸すこともできない」
「商業ギルドを通さないとダメだから?」
「その通り。商業ギルドはうちよりもずっと厳しい条件だと思う。しかも会員じゃないなら税金も多く取られるけど――」
「わたしは冒険者ギルド会員だから税金も少ない、ってことかあ」
ワッツは驚いたように目を瞠った。アナは微笑んでいる。
「賢い子だって言ってたけど、本当だね。なるほど、アナが気に入るはずだ」
「え?」
「いや、こっちの話。で、ここからが本題なんだけど」
彼の提案はこうだ。
これから定期的に納品してほしい。七日に一度納品してくれるなら、その都度「依頼料」として十枚ごとに銀貨五枚を付ける。上級の紋様紙なら五枚ごとで銀貨八枚という。
クリスは急ぎ脳内で計算し、即決した。
「乗った」
「え?」
「あ、いえ。お受けしましょう!」
手を差し出すと、ワッツも伸ばしてきた。しっかりと握り合う。
「指名依頼にするよ」
「あ、でも他の仕事の関係や、病気や怪我などで必ず納品できるとは言えないです。注釈を入れてください。失敗扱いされてペナルティとか困るもの」
「はは、しっかりしてるな。了解だ。では、今回の分からの契約としよう。書類を作成してくるから待っていてくれるかな」
ワッツはにこりと笑って席を立った。ついでにカウンターでクリスのためにリンゴジュースを頼んでくれる。前回も飲んだが、とても美味しいジュースだったので喜んだ。
待っている間に、アナが魔法ギルドのことを話し始めた。
どうやら冒険者ギルドとは仲が良くないらしい。今まで通ってきた町では仲良くとはいかないまでも、これほどではなかった。
各地それぞれで事情があるのだろう。
「こちらは手数料を上乗せされずに手に入るから有り難いわ。毎度毎度、恩着せがましく高い値段で買い取らされてたのよ」
「そうなんですか」
「冒険者の半数は紋様紙を使うから、足元を見てるのよ」
「半分も使うの?」
「ええ。なにしろ、ここには地下迷宮があるわ」
「あ、そうか」
「得意分野が被らないようにパーティーを組んで入るとはいえ、外とは桁違いの魔物が出てくるもの。足りないことは多いわ。それに地下で狭いという制限もあるわね。紋様紙を使うことで力を温存できるし、逃げる時間を作れる。だから紋様紙は必須よ」
そこまで聞いて、クリスは思案した。
迷宮用に特化したものを用意した方がいいのではないだろうか、と。少なくとも本部へ納品するなら迷宮用にすべきだ。
「アナさん、だったら結界の紋様紙が多めの方がいいでしょうか」
「あら……」
アナは目を丸くしてクリスを見た。
クリスは続けて、迷宮で使えそうな魔法を思い出しながら幾つか挙げてみる。
「身体強化や回復なら初級でも十分じゃないですか? 今日は攻撃用が多めになってしまったけど、もしかして補助魔法の方が向いてるのかも」
「ええ、確かに補助魔法の紋様紙がよく出るわ。半数、それ以上かもしれない。そうよね、冒険者になる人は攻撃用のスキル持ちが多いから――」
やはり、そうか。
クリスが今まで通ってきた町は、田舎だ。攻撃用スキル持ちがいつまでも留まるようなところではない。良いスキルを持てば良い仕事を得られる。彼等はより良い場所へと旅立っていく。
残った人が魔物を狩るなら、紋様紙に頼るしかない。
田舎の町で初級の攻撃用紋様紙が引っ張りだこなのも当然のことだった。
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