第三話 付いて来る人影

 それは、雲一つない秋晴れの北アルプス立山連峰を、目的地へ向かっていた途中の出来事である。


 何度も訪れた経験からか、父は少し傲慢になっていたと、その時を振り返ると母は今でも声を少し荒げてしまう。

 山の道は登山者の旅の安全を考慮して、先人が幾度も試し造られたものなのだ。山肌が弱くて崩れやすいとか、地形が似ていて迷い易いとか。経路から危険を想定された箇所を極力除外して造られているのである。

 そのせっかくの道を……何考えていたんだか。


 さて、今回二人が目的地に定めたのは、急峻で有名な岩山の登頂を明日に控えた稜線に建つ山小屋である。

 ここへ来る道のりも結構長く気温が高かったのもあって、父は少し疲れていたのだろうと思う。このまま目の前の急な登りになっている稜線を頑張って登れば目的地が見えて来ると言う所で、父は陽の当たっている稜線ではなく日陰になっている傾斜する山肌に付く獣道の様な所を行くと言い出したのだ。

 母は正式な道になっていない所は危険だからダメだと散々反対したが、目の前に見えている尾根を見失う筈が無い、と言って父は聞かなかった。

 言い争いになっても面白くないと母が一歩譲り、結局二人は稜線とその下を行く道に分かれて歩く事にした。

 歩きながら母は下を行く父を時々見ていた。

「えっ……」

 母の目に、父の後ろから追い付いて来た登山客だろうか、父の歩く獣道が楽に見えたのか、さっき二人で言い合いになったあの場所から下へ行く人が二人見えたのだ。

 父も後ろから来る二人の方を見て何か話し掛けているようだった。

 先を歩く人を見れば、初めて来た人は何の躊躇いも無く危険かもしれない間違った道に入り込んでしまうに違いない。言わんこっちゃないと正直母は冷や汗をかきながら、その内に父と合流して歩く三人を見失わない様に稜線からずっと目を離さず、山小屋が見える場所までやって来た。

 二人連れだった筈の母が一人でやって来たのを他の登山者も見ていたらしく途中で声を掛けて来た。母が心配そうに稜線の下を見ているのに気が付き、父が視線の先にいるのを見て彼は慌てて父に手を振った。

「早く上がって。そこは道じゃないよ。危ないから早く!」

 父にしてみれば何度も来た山小屋へのアプローチを間違える筈が無いと思っていたらしい。

 声を掛けて来たのは山岳警備隊の隊員の方で、やれやれと尾根に父が上がって来るのを待って、二人はその後こっぴどく注意されたとか。

 さて……何処にと思われましたね?

 不思議はここから……

「お父さん、お父さんに付いて危ない場所を歩いていたあの二人の人は何処行っちゃったの? 後ろにいないけど。あの人達も注意しておいてもらわないと、次には本当に危険に遭遇するかもしれないわよ。」

 それを聞いていた父も山岳警備隊の人も驚いて母の顔を見ていたが、隊員の方が焦って無線を使い何処かへ連絡を入れ、直ぐに言った。

「奥さん、それは何かの見間違えだと思います。」

「そんな筈は……確かにいたのよ、他にもあの斜面を歩いている人が。」

 困ったなぁ、と隊員は呟き、何かに思い至った様に小さく頷くと言った。

「お二人の他には誰も後に続く方はいない、お二人が最後だと下の監視所に確認が取れています。いたら大変ですよ。ちゃんと登って来る人数は把握していますので、ご安心下さい。では、くれぐれもお気を付けて。」

 去っていく隊員を見送り、山小屋へ行く途中も母は納得が行かず父に問うた。

「二人いたでしょ。あなたも何か話しかけていたのを、私上から見ていたのよ。」

 確かに道の途中で立ち止まった父と、後ろから来ていた二人の登山者がやがて共に歩き出すのを見たのだ。

「おい、ぞっとする様な事を言うなよ。俺はずっと一人で歩いていたんだぞ。」

「絶対二人いたわよ。私達ぐらいの年の人達が。」

 母が首を傾げる内に山小屋に到着すると、一部始終を見ていた山小屋の主人が宿帳を差し出しながら言った。

「旦那さん、ダメですよ。あの下の道はね何人も呑み込んでいるですよ。途中に何でそこで迷っちゃうのかって場所が有って、稜線に戻るどころかもっと急な斜面に迷い込んで滑落なんて事故が何度も起こっているんです。だから足場のしっかりしている尾根しか通っちゃダメなんですって。」

 

 高い山には幾つも不思議な現象が隠れている。

 母が見た父の後ろを付いて来た二つの人影は、自分達の様に迷い込んで来た父に誘われて出て来たそこで遭難してしまった人達の無念の影だったかもしれないが、母の単なる見間違い……だったのかもしれない。あなたはどう思いますか?



第三話「道を登ってきたのは……」

 今はもう使われなくなったトンネル横の古い山道。

 切り立った岩山を昔の人が削って造られたそこから望む景色は絶景並み。

 昔はその道をトラックもバスも通ったのだが、当然事故も有った......

 4月 20日 (土) 20:00 up予定です。

 宜しければまた読みに来て下さい。お待ちしております。

 ありがとうございました。










 

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