第二話 虫の知らせ
私の母は、不思議な程に予感めいたものがよく当たる人です。
簡単な所では、電話が鳴ると相手が身内の場合は大抵当たると言います。
どうやって当てているの? と聞くと、
何となく彼or彼女がそろそろ電話をして来る頃かな、と唐突に思うらしいのです。
つまりは状況分析によるもので予知とかではなさそうですが……出来ない私にとっては不思議で仕方がないのに、普通だからと言って憚らない。そんな元祖不思議ちゃんの今は80代の母が、体験した中でも忘れる事の出来ない出来事をお話しします。
その日は、家族全員が暗い気分である知らせを待っていました。
祖母の弟、母にとっては義理の叔父ですが、嫁いだ時から家族ぐるみで親しくしてもらっていたその人が、若くして持病が悪化の一途を辿り遂には危篤となり明日の朝まではもたないだろうと言う事を聞いたのです。
祖母とは大勢いる兄姉弟の内でも一番仲が良くて、彼が地元に帰省して来ると実家ではなく、姉の嫁ぎ先である我が家に逗留する程だったらしいです。
性格も明るくて、彼に子供がいなかったせいか甥である父を特に可愛がり、嫁に来たばかりの母にも気を遣って優しく接してくれたそうです。
私は生まれていなかったので、その叔父さんとは面識が全く有りません。
そんな彼の訃報など聞きたくはないけれど、現実としてちゃんと向き合わなければとまだ二十代後半だった母は留守を守りながら電話の前にじっと座っていました。
父は祖母の実家に親戚が集まっているのもあって、そちらに出掛けていて我が家には母と舅の祖父、幼かった私の長兄と次兄、曾祖母がいました。
時刻は夜の11時を回り、昔の感覚ではほぼ真夜中と言っていい頃です。
(叔父さんが来る時はいつも突然で、表の格子戸を騒がしく叩いたり裏からそっと入って来て「わっ」と驚かしたり。今から行くからね、なんて電話で知らせを寄越す人じゃなかったよね。笑いながら戸を叩いて、パパ(父)まで真似したりしてさ……。きっと大丈夫。今度もきっと回復してケロっとして訪ねて来るよ。格子戸をバンバン叩いてさ……)
その時。
正に叔父さんがいつもした様に、表の格子戸をガンガン叩く音が聞こえたのです。
でもあの叔父さんの筈がありません。母は親戚の家に行っている父が叔父の家から持ち直したとの連絡が有って帰って来たのだと思いました。でもその叩く音はあまりに煩いのです。
「こんな時にパパったら叔父さんの真似なんかして、何ふざけてるのよ。全く非常識極まりない人だわ。おまけに何時だと思っているのよ。ご近所迷惑でしょうが!!」
母は、玄関の鍵は掛ってないのに、いい加減止めてよね、と付け加えながらまだ鳴りやまない音を止めさせる為に走りました。
「もお! ふざけないで!」
それこそ、こめかみに血管が浮き出そうな勢いで玄関の戸を開けて表へ飛び出しましたが、そこには誰の姿も有りませんでした。
「あれっ? 変ね。分った。裏へ回ったのね。すばしっこいんだから。」
父の悪ふざけだと思い込んでいる母は、あまりに子供っぽいデリカシーの無さに呆れながら家に入って戸をピシャリと閉めました。その同じタイミングで電話が鳴ったのです。
その音に母の顔から血の気が引きました。
「叔父さん……」
震える手で出てみると予感通り叔父さんの奥様で、たった今息を引き取りました、との事で言葉を失くした母でしたが、不思議はその後で、どの親戚にかけても電話が繋がらず、やっと繋がったのが我が家一軒だけだったと告げられたのです。
それからずっと後になって、叔父さんの奥様から病床の叔父さんが、春になったら姉さんの家を訪ねなくちゃ、随分行ってないからな、土産は何がいいかな、と我が家を訪問するのをそれは楽しみにしていたと聞かされたそうです。
次の話は「付いて来る人影」
登山が趣味だった父が母と北アルプスへ出掛けた時の話しです。
これは私達親子を助けてくれたあのサードマンではなく……
4月17日(水) 20時にUP予定です。
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