第75話 長島炎上

 長島が燃えた?


 と言う事は…… は!


 道三と半兵衛か!


 しまった! 武田家の接待に付き合わされていたのですっかり忘れていた。


 あいつら殺りやがったのか!?


 俺が居ない内に殺ってしまったのか?


 直ぐに服部屋敷に向かわなくては!



 俺は小六を連れて服部屋敷に向かった。



「わしは何もしとらん? それは言い掛かりじゃ。のう半兵衛?」


「は、はい。何もしてません」


 ふん、二人共俺の目を見て言いなよ。


「あれじゃ、その、お主に言われる前にちょっ~とばかしその、な。のう半兵衛?」


「は、はい。少しだけです」


 そうか、そうか。


 少しだけ何をしたのかな?


「何簡単な事じゃ。門徒の中にわしの手の者を潜り込ませてな。まあ、色々とやったのよ」


「は、はい。色々やりました!」


「やっぱりお前達かー!」


 駄目だ。目を離すんじゃなかった。


「何、直接動いたわけではない。奴等が勝手に動いただけよ。のう半兵衛?」


「はい。門徒が自分たちで動くように誘導しました!」


 誉めて誉めてと言われたそうに俺を見る半兵衛と楽しそうに語り出す道三にイラッと来た。


 何で先走る?


「お主はこう言う裏の仕事がまだまだじゃ。だからわしが代わってやったのよ」


 言いたい事は分かるけど一つの地域を丸ごと焼き払うなんてやり過ぎだ。


 どれだけの被害が出たのか考えたくもない。


「被害とな? そんなものは微々たる物じゃ」


「なんだと! 大勢亡くなったのにそれが微々たる物だと! 中には女子供も居ただろうに。そんな事やったら駄目だろうが! 少しでも、少しでも俺は助けたかったのに…… それなのに……」


 俺は拳を握り締め目から涙が出ていた。


 このじいさんを信用するんじゃなかった。


 これは俺のミスだ。


 俺が招いた災厄だ!


 くそ、くそ、くそったれー!


「何を泣いている。民の犠牲など殆んど出とらん。お主、詳しい話を聞いておらんのか?」


「は、はへ?」


 犠牲が少ない?


 そんな筈はないだろう?


「ふぅ、やっぱりのう。半兵衛。説明してやりなさい」


「はい。分かりました!」



 半兵衛が元気よく返事をすると『長島願証寺焼失事件』を教えてくれた。



 事の起こりは長姫の献策から始まった。


 道三と半兵衛だけじゃなかったのだ!


 長姫は道三と半兵衛に三河の一向宗を利用すべきだと説くと、二人は即座に自分達の策にそれを取り入れ実行に移す。


 まず長姫は友貞を利用して三河の一向宗に、松平が三河統一の為に一向宗を排除する動きが有ると噂を流させた。


 そして同時に一向宗に納められる米を服部党に盗ませて、それを松平の家臣がやった様に見せ掛けたのだ。


 これに激怒した三河の一向宗は松平家に詰問したが、当然松平家はこの事を知らないから一向宗達を追い返した。


 突っぱねられた一向宗はそれならばと松平家の代官屋敷を襲って米を取り返し、それを知った松平家は直ぐ様一向宗に詰め寄る。


 すると一向宗はやられた事をやり返したと松平家に答えたのだった。


 これに激怒したのは勿論松平ストーカー君(家康)。


 ストーカー君は直ちに兵を集めると、一向宗の寺を包囲して門徒達に謝罪と賠償と更には立ち退きを迫ったのだ。


 欲張り過ぎじゃなかろうかストーカー君?


 しかし、ストーカー君がこのような反応をすると確信していたのが長姫だ。


『竹千代が三河支配を完全にするためには一向宗は邪魔なのですわ。わたくしは竹千代の背を押しただけですのよ。おほほほ』


 怖い、怖いすぎる!


 そして、この事を長島の願証寺証恵の耳に入るように噂を流させる。


 これを知った証恵は直ちに兵を送るべく準備を整えて、三河に兵を送った。


 ちなみにそれら長島一向宗を送ったのは服部党だ。


 そして、長島の門徒達に証恵は寄進を募る。


 しかし、門徒達もそれほど蓄えがあるはずもない。


 その為証恵は門徒達に三河の門徒達を助ける為だと説いて寄進させた。


 そして、その物資を服部党が三河の門徒達に届ける事、数回繰り返した。



 俺はこの話を聞いておかしいと思った。


 三河の一向宗の寺は松平家が包囲しているのに、そこに物資を運びいれたのか?


 どうやって?


「運んでません。その物資は知多に隠してます」


「門徒達は?」


「門徒達は三河に置き去りにしました」


 な、なんたる所業。


 そして友貞にはまだまだ物資が足りないと嘘の報告をさせた。


 これは銭で雇った傭兵に報告させている。


「服部党の者だと疑われてしまうかもしれません。念には念を入れてやりました」


 証恵はこれを怪しんだが、結局門徒達に再度寄進を募った。


「ここでわしの手の者がの、ちょっとばかり煽ったのよ。ふふふ」


 うわぁ、この人本当に悪い笑みが良く似合うよ。


 証恵の度重なる寄進に対して不満を漏らす事で民衆を煽ったのだ。


 すると民衆は願成寺に集まるとこれ以上の寄進は出来ないと証恵らに詰め寄り、更には本当は寄進した物は『願成寺に蓄えられているのではないのか?』と問い詰める。


 証恵は寺には蓄えは殆んどないと言って門徒達を静めようとしたが、それに対して再三に渡り突っ込みを入れる道三の配下達。


 そこで証恵は寺に蓄えがない証拠に蔵を見せると民衆に宣言した。



 そして、証恵が蔵に皆を案内してその中身を見せたら……


「事前に蔵には服部党と蜂須賀党の人達で、知多に隠していた物資を運び入れておきました」


「あたしは藤吉に報告してからが良いって言ったんだよ。本当だよ!」


 それからは道三の配下が煽る必要はなかった。


「信じていた者に裏切られるとな。人は何も見えなくなるし、聞こえんようになる。信心などまやかしよ」


 暴徒と化した門徒達は寺を襲った。


「この時に火を点けました。さらに混乱を増すためです」


 えげつない。


「願成寺の僧達はほとんど亡くなった。集まった門徒達も多くは傷ついたがの。死者はそれほど多くない。それにこれで門徒達の信心はどこかに行ってしまったの。どうじゃ、お主にこれ以上の事が出来るか?」


 返す言葉がなかった。


 結局俺はあの長島の虐殺を起こさせないようにと考えていた。


 しかし、最終的には力攻めしかないとも思っていた。


 そうするとその被害は道三達の策よりももっと酷かった筈だ。


 それを道三達は仲間内の争いで片付けて、更には門徒達の信仰心をも吹き飛ばしてしまった。


「お主の血を流したくない気持ちはよーく分かる。しかしの、結局は血が流れのじゃ。それを多くのするのか、少なくするのかはお主次第よ」


「……勉強になりました」


 本当に勉強になった。


「うむ。お主はもっとわしらを頼るべきじゃな? のう、半兵衛?」


「はい。もっと頼ってください」


 血を流さないようにと思っていたのに、結局は俺の策より道三達の策が血を流さなかった。


 俺の独り善がりの考えが視野を狭くしたのかもしれない。


「で、その後は?」


 そして今最も知りたい事を聞いてみた。


「お主の名前で小一と友貞達が後始末をしておる。あの地は無主の地じゃ。お主が名乗りを上げても構うまいて」


「はぁ~俺の名前だけじゃなくて、織田家の名前も使ってくれ。そうしないとまたやっかまれる」


 また色々と言われるんだろうな?


「難儀じゃのう。手っ取り早く織田家を乗っ取ってしまえば良いのにのう?」


 俺はその問いには答えなかった。


 答えたくなかった。


 そんな俺の姿を見た道三は落胆したような顔をしたが、頭を振り話を続けた。


「これで桑名も落ちよう。そうすれば後は……」


 市姫様達は長島を迂回して北伊勢を攻めている。


 長島の一向宗が居なくなった事で桑名も落としやすくなるだろう。


 そうなれば後は神戸家と長野家を攻め落とせば北伊勢は織田家の物だ。


 とりあえずそこで伊勢攻めは終わる。


「所でな。気になっておったのだが」


「なんです?」


「四郎勝頼の事じゃ。お主はあやつを」


「大将!」


 道三が言い終わる前に長康が乱暴に戸を開いて俺を呼んだ。


「どうした長康。お前小一と一緒じゃないのか?」


「俺は留守を任されてたんだよ。いや、それはいいから。大将に客が来てる」


「客? 誰?」


「武田家の連中だ!」


 な、なんでここに?


「まさかの。武田に気取られるとは油断したかのう」


 何を呑気な?


「えっと、えっと、ああ、ど、どうしましょう?」


 慌てている半兵衛は可愛いな。


「長康。本当に武田家の者達で間違いないのか?」


 ここの事は勝頼達には話していない。


 彼らがここに来る事はない有り得ない。


「間違いねえ。あのちっこいのが門の前で怒鳴ってるんだ。大将を出せって煩いんだよ」


 ま、昌景さんが来てるのか!?


 で、でも、俺が居ないと屋敷の周りから出られない取り決めをしていたのに?


「兎に角来てくれ。早くしないと無理矢理上がり込んで来るかもしれない」


 昌景さんならやりかねないな。


「分かった。じいさん達は奥に居てくれ。小六。一緒に来てくれ」


「分かった」


 俺達が門までやって来ると門番と押し問答をしていた昌景さん達が居た。


「おお藤吉殿。無事で有ったか? 突然飛び出して行ったので心配して付いてきたのだ。む!そこのおなごに何かされなんだか?」


「あんだって、ちっこいの」


 大人と子供ほどの身長差がある二人ではあるが、なんか近寄り難いがそうも言ってられない。


 しかし後を付けられたのか?


 俺はともかく小六も迂闊な行動を取ってしまったな。


「止めろ小六」


 俺は小六と昌景さんの間に割り込んだ。


 どうやら昌景さん達は俺を心配して来たようだ。


 しかし、その言葉を鵜呑みにするほど俺は愚かではない。


「俺の用事は済みました。さぁ帰りましょう昌景さん」


「うん、そうか。では帰るとしようか。四郎様も心配している」


 あれ? 本当に心配して来ただけなのか?


「小六。また連絡する。今度は直接来るなよ」


「でも…… 分かったよ」


 小六は渋々引き下がった。


「ふふふ。では行こうか藤吉殿」


 そして俺の手を取る昌景さん。


 何故かご満悦だ。



 はぁ~、とにかくじいさんの事を武田家に知られるのは不味い。


 ここは知られてしまったから他の場所に匿わないとな?


 しかし、じいさん。


 最後に何を言おうとしたんだ?



 永禄三年 五月某日


 木下 藤吉 策を用いて長島を占有す。


 長島の民はこれを大いに喜びて木下を迎える。


 右筆 村井 貞勝 書す。

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