第34話 騒動の後始末

 俺は信行の日記と信広様の文を見比べていた。


 事実の確認だ。


 信行が信広様に文を書いたのは俺が美濃に向かった時からだ。

 それから斎藤家討伐の軍を発した辺りで終わっていた。

 文の内容と日記に書かれていた事に齟齬はない。


 つまりはこれが『真実』だ。


 所々を読み急いだのでもう一度読み直した。


 まず疑問に思った事は何故林達を処断しなかったのか?

 林達に担がれたとはいえ、名古屋城主である信行ならそれが出来たはずだ。

 何故それをしなかったのか?


 答えは信広様に当てた文に書かれていた。


 ※※※※※※※


 兄上が言われる通り林達を処断出来ればいいのですが、それは出来ません。


 軽々しく兵を動かせば林達は私を殺し弟達を立てるでしょう。


 私はどうなっても構わない。


 しかし、弟達を巻き込みたくないのです!


 ※※※※※※※



 信広様の文の中の一文だ。


 察するに信行は林達になかば脅されていたと考えるべきだろう。


 つまり、信行の味方がいなかったという事だ。


『柴田 勝家』はどうやら林の言いなりで、側近の『津々木蔵人つづきくらんど』は柴田と同格に扱われていたがたいした兵力を持っていなかったようだ。


 城主ではあっても兵権を握っていたのは林達という事だ。

 林達からすれば自分たちの言いなりになって動く当主がいれば良かったという事か?

 信行自身の命すら危うかったのか。


 そして信広様の文には興味深い事が書かれていた。


 これは日記には書かれていなかった事だ。


 林美作と土田御前の不義に関する内容だ。


 林美作は主君の妻を寝取っていた事になる。

 土田御前は林美作の言いなりで、信行は母土田御前の言いなりとは言えないが強く言えなかったようだ。

 なんとも言えない感じだ。

 見つけなければ良かった。


 他に何かないか調べる。


 すると信長暗殺の事が書かれていた文を見つけた。


 日記の中には書いてなかった情報だ。


 日記によると信行は信長に毒を盛った事を知ったのは信長が亡くなる直前のようだ。

 林達が情報を遮断して、そして母土田御前が直接教えたのだ。

 実行犯は土田御前。

 どういう風に信長暗殺を実行したのか?

 日記には記されていない。


 だが、信広様に当てた文には詳細が書かれいた。


 土田御前が料理を作り一緒に食した内容は平手のじい様から聞いた内容と一致する。

 同じ物を食べていた三人の中で、何故信長だけが毒を食らったのか?


 答えは『食器』だ。


 食べ物を盛り付けた器に毒を塗っていたのだ。

 信長の器のみに毒を塗りつけ、食後の後は洗ってそのままだ。

 しかし、器に毒を塗っていたのを信長は気づかなかったのだろうか?

 信行の文には無味無臭の毒を使ったとある。


 そんな毒どこから手に入れたんだ!


 さらに文を調べるが書かれていない。

 出所の分からない毒。

 おそらくは林達が用意したのだろうか?

 土田御前が用意したのか?

 それは分からないが何か引っかかる。


 俺は何か忘れていないだろうか?


 ふと外を見ると日の光が見えた。


 また徹夜をしてしまった。

 これでは目が悪くなるな。

 メガネはまだ無いよな?


 ふぅ、少し休むか。


 どうも頭が回らない。


 少し休んで信広様に話を聞く事にしよう。



 信行が死んで二日経った。



 林佐渡と柴田勝家は佐久間盛重に殺された。

 陣中での酒宴の最中だそうだ。

 どうやって殺されたか聞かなかった。

 興味がなかったからだ。

 ただ二人が何か言っていなかったか聞いたが何もなかった。


 そして、土田御前は自ら命を絶った。


 信行が死んで直ぐの事だ。

 土田御前には聞きたい事があったが、これで聞けなくなった。

 林美作との不義については信広様と信光様、それに平手のじい様しか知らない。

 市姫様には教えていない。

 知らないほうが良いだろう。


 津々木蔵人は信行が死んだその日に死んだ。


 殉死だ。


 残るは林美作だ。


 林美作は名古屋城に居たが信光様が捕らえている。

 そう、信光様は既に軟禁状態から解放されている。

 信行が死んだ日に勝三郎が馬廻りを連れて名古屋城に向かった。

 途中の関所や名古屋の城門は投降した兵を使い城内に入った。

 抵抗らしい抵抗を受けず林美作を拘束、信光様を解放することが出来た。

 これから林美作には色々と聞かなければならない事が沢山ある。


 しかし、それは俺の仕事ではない。


 今の俺の仕事は貯まりに貯まった書類の処理だ。

 その為信広様に話を聞くことが出来ない。

 そもそも信広様はここにいない。


 信広様と市姫様は斎藤家討伐の増援として昨日清洲を発っている。

 俺も右筆として同行するはずだったが、この書類を処理する為に留守番となった。

 留守番は名古屋からやって来た信光様と平手のじい様と俺だ。


 又左と内蔵助は市姫様と戦場に、勝三郎は津島からやって来た小六とこれから清洲を発つ。

 しかし、内蔵助は無事だったのか?

 反抗心旺盛な奴だからてっきり殺されていたと思っていた。


 正直、残念だ。



 俺は目の前の書の山を見て溜め息が出る。


 また、この生活に戻るのかと思うと……

 しかし、これは俺が選んだ結果だ。

 逃げ出す事も出来たのに厄介事に首を突っ込んだ結果だ。

 ならばそれを受け入れよう。


 これが俺の仕事だ!



 気合いを入れて仕事に取り掛かろうとした時、戸を開けられた。


 スパーンと勢いよく開けられたそこに勝三郎と小六が居た。


「なんだ。勝三郎か? どうした? それに小六も一緒か。これから出るのか? でも見送りはしないぞ。これを処理しないと平手のじい様が城から出さないと煩いんだ」


 勝三郎を見ると顔色が青い。


 小六も何か変だ。


「藤吉。大変な事になった」


「何があった?」


 大変な事? 何か有ったかな。


 直ぐには思いつかない。


「あなた。道空殿から文と伝言を」


 そう言うと小六は俺に一通の文を渡す。


 俺は文を広げ読み出す。


「落ち着けよ。藤吉」


「落ち着くのはお前だ。勝三郎」


 俺は勝三郎に返事をしながら文に目を通す。


「道空殿は」


 小六が最後まで言い終わる前に俺は立ち上がる。


「バカな!?」


 俺の文を持つ手は震えていた。


「「「今川が動いた!!」」」


 文には短く書かれていた。



『今川 治部大輔 義元 駿河を発つ 兵は三万』

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