第22話 藤吉郎になりて候

 舗装のされていない道を黙々と馬が歩いている。


 俺は小一と朝日を連れて中村郷に向かっていた。


 そして厄介なお供を連れている。




「ほう、この辺は何を植えてるんだ」


「大根ですよ」


「大根なら汁物の具に使えますね。漬物もいけますよね。藤吉殿」


「え、ああ、そうだな」


「うちの大根はとーっても美味しいんだよ」


「そうなのかい。それは楽しみだねえ」


 ………厄介なお供が付いてきている。




 俺が城に行かない事を説明する役は、残念な事に寧々になってしまった。


 今日は彼女が城に勤める日だからだ。


 そして、いつも暇そうにしている又左が付いてくると駄々をこね、又左を抑える役目としてまつが無理矢理付いてきていた。


 小六は、………言うことはないだろう。


 こうして終始賑やかな集団は秀吉の『木下 日吉』の生家を目指していた。



 俺はこの道中少し違和感を感じていた。


 美濃井ノ口に行った時は見知らぬ土地でドキドキしていたが、中村郷に向かう道を歩いていると何故か知っている道のように感じていた。


 そうだ、俺はこの道を知っている。


「なあ小一」


「なんだい兄さん」


「あそこの加藤さん家は建て替えたのか?屋根が新しいような気がするんだ」


「そうだよ。兄さんが出ていって直ぐに雨漏りが酷いから親戚皆で建て替えの手伝いをしたんだ」


「そうか、それは大変だったな」


「そうだよ。兄さんも居れば楽が出来たのに」


「それはすまんな」


 俺と小一は顔を寄せて笑いあった。


 でも何で俺はあの家の事知っているんだ。


 それにあそこにいる人覚えがある。


 ここも、そこも、あそこも知っている。


 俺は知っている。


 何で、何で俺は知っているんだ?


「あ、おっ母だ!」


 朝日が指差す先に畑仕事に精を出しているちょっとふっくらとしたおばちゃんがいた。


 朝日は小六の乗る馬に一緒に乗っていたが、馬から飛び降りて一目散に走り出した。


「おい朝日。危ないぞ」


「おっ母~!」


 俺が注意しても朝日の歩みは止まらない。


 そして、盛大に転けた。


「う、うう、うあ~ん」


「そら見ろ。言わんこっちゃない」


 俺は馬から降りると朝日に駆け寄った。

 見ればおっ母と呼ばれたおばちゃんも朝日に駆け寄っていた。

 先に朝日の側に駆け寄ったのはおばちゃんだった。


「ほらほら朝日。泣かない泣かない」


 おばちゃんは朝日を立たせて泥を落としていた。

 俺は朝日に近づいておばちゃんを見ると何故か目から水が出ていた。


 視界が歪む。


 目の前の人を見たとき自然と言葉が出ていた。


「おっ母!」


「日吉かい?」


「おっ母!」


「日吉!」


 俺は両手を広げておっ母を抱き締めようとした。


 しかし、出来なかった。


「何でなんも便りを出さん。このバカもんが!」


 俺はおっ母に顔を叩かれて地面にキスをしていた。


 何で、感動の再会じゃないのかよ?



 俺がおっ母こと『なか』母さんに平謝りしていると小一が間に入りとりあえず家に向かうことになった。

 道中俺はなか母さんに今まで何をしていたのかとずっと質問攻めに有っていた。

 途中連れに気づいたなか母さん。

 今度は何で早く紹介しないのかと責められた。


 どうすればいいんだよ!


「俺は藤吉の親友で前田 又左衛門 利家と申す」


 珍しく頭を下げて挨拶する又左。


 何だ、ちゃんと挨拶が出来たんだな又左のやつ。


「前田まつと申します」


 まつがペコリと頭を下げる。


 礼儀正しいまつらしい挨拶だ。


「はじめましてお母様。私は藤吉の妻の」


「部下の蜂須賀 小六だ」


 俺は小六の口をふさいで代わりに答える。


 小六はうー、うー言っていたが大人しくなったので手を放すと。


「こんな所で、だ、大胆ね」


「さあ行こう。おっ母」


 俺はおっ母の両肩を持つと回れ右して歩き出す。

 小六が後ろでぶつぶつ言っているが無視して行く。


「日吉、いいのかい?」


「あれはほっといていい」


「そ、そうかい」



 ほどなくして家に着くとそこにはとも姉さんがいた。


「日吉、日吉なのかい?」


「姉さん、とも姉さん!」


「日吉!」


「とも姉さん!」


 ばっちーんと音がすると俺は再度地面にキスをしていた。


「このバカ弟が! 何で帰って来た!」


 ひどくない。


 何で俺がこんな目に会うのよ。


 今度はなか母さんと小一が間に入って話をしてくれた。


 何でうちの女どもは手が早いんだよ!


 俺はヒリヒリとする頬を擦りながら家に入った。




 その夜は宴会になった。


 この付近の人達も集まって大いに騒ぎ、飲んで食べた。


 俺はその人達を覚えていた。


 知らない人達なのに俺は知っている。


 俺は周りを見渡して顔と名前を思い出して一人一人呟いていた。


「弥助、吾平、島さん。あっちはいとさんに梅さん。それにあきさん」


 覚えている。


 頭の中にしっかりと記憶されている。


「どうしたの? 日吉」


 なか母さんが隣に座る。


 さっきまでまつと小六の二人と話していたのに、見れば二人ともとも姉さんに捕まったようだ。

 この付近でとも姉さんに逆らう奴は誰もいない。

 怒らせると手がつけられないからな。


 あれ? なんでそんな事知ってるんだ?


 そしてなか母さんを見て呟いた。


「ここは変わらないな」


「そりゃそうだよ。変わらん。変わったのはお前だよ日吉」


 なか母さんが覗き込むように顔を近づける。


「俺は変わったかい?」


「ああ変わった。服が変わった。あんなでっかい友達をつれて来た。おまけにあんなべっぴんさんも連れてきた。小一も朝日もお前になついとる。でもともは気づいとるよ。お前が変わったのを」


「とも姉さんが?」


「日吉? いや藤吉。何が有った。母ちゃんには話してよ。ねえ?」


 俺はなか母さんを見る。


 真剣な眼差しが俺には痛い。


 嘘をつくよりも正直に話すべきだろうか?


 俺が未来から来ておまけに何故か知らないが、中村郷の人達を知っている事を話して良いものか?


 偽物どころか変人扱いされるだろう。


 でも、なか母さんを見ていると話すべきだと頭の中で誰かが囁いている。


「藤吉?」


「外に出よう」


 俺はなか母さんを外に誘い出した。


 外は満天の星空だ。


「おっ母、俺な。………………」


 俺はおもむろに話し出す。


 誰が聞いても笑い出すし、バカにするだろう荒唐無稽な話。


 なか母さんはじっと俺の話を聞いていた。


「………って訳なんだ。可笑しいだろ。俺もおかしくなったのかな?」


「………お前はおかしくねえ」


「おっ母?」


「二月前に夢を見た。日吉、お前の夢だ。そこで日吉はおらに言うんだ。どんなに変わっても帰って来るって。絶対におっ母の元に帰って来るって。だから帰ってきたらまた叱ってくれって言うんだよ」


「…………」


「お前は変わった。けど、変わっとらん。おらをこんなに心配させるんはお前だけだ」


「………」


「お帰り、日吉」


 俺はなか母さんに抱きついて涙を流していた。



 その日、夢を見た。


 俺の前には『俺』が立っていた。


 目の前の『俺』は頭を掻きながら何か言っているが、俺には聞こえない。

 俺も声を掛けようとするが、声が出ない。

 ひとしきり『俺』が話を終えると、俺に頭を下げて去って行った。

 俺は待ってくれと声を出そうとするが声が出ない。

 必死になって追いかけたが追い付くこともなく『俺』の姿は見えなくなった。


 気づけば目が覚めていた。


 そして理解した。


 なぜこの世界に『木下 日吉』が居ないのか?


 なぜ俺は『ふじよし』ではなく『とうきち』と呼ばれるのか?


 そうだ、何故なら俺が『木下 日吉』であり『きのした ふじよし』であり、『きのした とうきち』なのだ。


 俺は、『木下 藤吉』としてここにいる。

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