第21話 兄弟にて候

 俺達は屋敷に向かって歩いていた。


 俺の右手を寧々が左手を朝日が、そして朝日の左手を小一が握っている。


 なぜか自然と笑顔になっていた。


「ふふーん、ふん。ふふーん、ふーん」


 朝日が鼻唄を歌っている。


 とてもいい笑顔だ。


 隣の小一も微笑みを絶やさない。


 俺はこの二人が居なくなる事を望んでいたのか?


 二人の笑顔を見ていると罪悪感を覚えてしまった。

 でも顔は笑顔を作っている。

 なんとも奇妙で複雑な気持ちだ。


 そういえば俺が屋敷に帰って来るのはこれで二度目だ。

 俺が貰った屋敷なのに俺以外の人間が住んでいる。


 しかも、他人がだ。なんだかな~。


「あ、お兄ちゃん。おっきな家が沢山あるよ」


 朝日が俺の手を放して指差す。


 指差した先には織田家家臣団の屋敷群が軒を連ねる場所だ。


 俺の屋敷もこの通りにある。


「あれは織田家の偉い人達が住む家なんだ」


「ふーん。お兄ちゃんも偉いの?」


「ああ、お兄ちゃんも偉いんだぞ」


「ほんとう。すごーい!」


 朝日が俺に尊敬の眼差しを向けている。


「そうですよ。藤吉様はとても重要なお仕事を任されているんですよ」


「すごーい、すごーい、お兄ちゃん。ほんとうにすごいんだ」


 すかさず寧々が俺をヨイショする。


 良いぞ寧々。


 そしてそれを知って無邪気に喜ぶ朝日。


「兄さんは本当に武士に成ったんだね」


「何度もそう言っただろう。小一」


「そうだね。うん、凄いよ兄さんは」


 小一に誉められると顔が赤くなる。




 そうして雑談をしながら歩いていると目的の場所に着いた。


 着いたのだが、あれは誰だ?


 見れば屋敷の門の所に見慣れない二人の男が立っていた。


「「お疲れ様です。寧々さん」」


 見事にハモっていた。


「お疲れ様です。まつちゃんと又左衛門様はいますか?」


「まつの姉御はまだ帰ってません。又左衛門の兄貴は寝ております」


 まつの姉御? 又左衛門の兄貴?


「ところで寧々さん。そこの三人は誰ですか?」


 二人の男達がそれぞれ無遠慮に俺達を見る。

 朝日が怖がって小一の影に隠れる。

 小一は小一で顔を強ばらせている。


 え、俺?


 俺は普通だよ。


 こいつらより怖い人と毎日やり合っているから平気だよ。


 平手のじい様とか、平手のじい様とか。


 でもこいつらもしかして蜂須賀党の奴らか?

 確か小六が護衛がどうとか言っていたような。


「あなた方、こちらは木下 藤吉様です。そしてこの人達は藤吉様の身内の方々ですよ」


 寧々は少し咎めるような口調で二人に注意した。

 すると二人は背筋を伸ばして勢いよく頭を下げる。


「「藤吉親分とは知らず。ご無礼致しました!!」」


 大きな声で謝ってくれたがそのせいで朝日が涙目になっている。


「あ~二人とも頭を上げてくれ」


「「いえ、知らなかったとはいえ親分に失礼をしてしまいました。申し訳ありません!!」」


 うーん、これは小六が悪いな。

 門番に置くなら俺の事を教えておいてもいいだろうに。

 面倒だからこのまま通るか。


「分かった。俺達は通っていいよな?」


「「どうぞ藤吉親分」」


 しかし、藤吉親分か?


 これは小六に問い詰めんとな。


 後々問題になりそうだ。


 俺達は門を通って玄関の戸を開けるとそこには小六が両手をついて頭を下げていた。


 そしておもむろに頭を上げると。


「お帰りなさいませ。あなた」


「うん、小六。ちょっとこっちに来ようか? ああ、寧々。小一達を居間に通して置いてくれ」


「はい、藤吉様」


「あなた、何ですか? は、もしかして、そんな、まだ日は沈んでないですよ。でも、うれしい」


 小六が頬を染めて両手を顔に当てていやいやと首を振っているのを見て、ちょっとイラッときた。


 あー、はいはい、こっちこっち。


 俺は小六を連れて門の所に連れて行った。


 そこで小一時間ほど説教した。




 俺は小一と朝日の三人で夕食を摂った。


 利久と帰って来た犬千代が同席しようとしたが遠慮して貰った。

 説明するのは後でいい。

 今は二人と話がしたいのだ。

 しかし又左とまつと小六、それに寧々も戸の裏にいなくてもいいじゃないか。


 丸わかりなんだよ。


「兄さんって呼んでいいんだよね?」


「ああ、小一も朝日も俺の身内だ。遠慮すんな」


「朝日ね。こんなに沢山お米食べたの初めてだよ」


「そうか。遠慮しないでもっと食え」


「うん」


 俺は嬉しそうにお米を食べる朝日を見てほっこりした。

 三人で食べた飯はとても旨かった。

 城で出された飯のほうが旨いはずなのに、何故か三人で食べた物の方がおいしいと思えた。



 食事をしながらなか母さんととも姉さんの話を聞いてみた。


 なか母さんは畑を耕して野菜を植えてその収穫に追われて忙しく働いている。

 とも姉さんは結婚して旦那と一緒になか母さんと畑仕事をしているそうだ。

 当然、小一も朝日も働いている。

 朝日は自分がしている仕事を身振り手振りで教えてくれた。

 俺はそれを『ふんふん、えらいな~朝日』と誉めたりして話を聞いていた。


 二人の話を聞きながら俺は迷っていた。


 俺が秀吉の代わりなのだとしたら、この家族を巻き込んでしまっていいのだろうか?

 俺がこのまま織田家で出世していくと信頼のおける身内がきっと必要になってくる。


 今はいい。


 右筆の仕事は個人で出来る。


 だがいつまでも右筆のままで要られる訳じゃない。

 きっと一軍を任されたり城を任されたりして、果ては大名になるかもしれない。

 それとも合戦に負けて捕まって殺されるかもしれない。


 史実では秀吉の家族が栄華を極めるのは一瞬だ。

 その後はほとんどの人が秀吉に振り回されて不幸になってしまう。


 秀吉はそうしてしまった。


 俺がそれをしないと誰が言えるだろうか?


 明日になったら小一に銭を渡して二度と会わないと告げようか?


「小一兄ちゃん美味しいね?」


「ああ、そうだな。おっ母やとも姉にも食べさせてやりたいな」


「そうだよ日吉兄ちゃん。おっ母にも食べさせて」


「え、ああ、そうだな」


 二人を見ていると胸が熱くなる。



 食事を終えた後小一と朝日には風呂に入って貰った。

 なんと家の屋敷は風呂が有るのだ!

 一体この屋敷の前の持ち主は誰だったんだろう?


 まあ、それはいいか。


 小一達が風呂に入っている間に利久、犬千代、寧々と小六に二人の事を説明した。


 誤魔化すとボロが出る。


 正直に話す。


 若干嘘を交えるがしょうがない。


 俺が尾張中村郷の生まれで八歳で口減らしの為に行商人に預けられたこと、それから行商人の夫婦を両親と思って一緒に居たことにした。


 その後は城で説明したのと一緒だ。


 捕捉として故郷の中村で小一達と少しだけ会ったことが有ることにした。


 四人とも納得はしてないように見えるが、俺達が兄弟だとは分かってくれた。


「藤吉に兄弟か。なら俺の弟と妹になるのか」


「朝日ちゃん可愛いですね。私妹が欲しかったんです」


 又左とまつはダメだな。


「あ、あの、朝日ちゃんとは友達になっても良いですよね?」


 寧々に朝日を任せよう、うん。


「夫の身内は私の身内。その、今度お母様に挨拶に行こうか?ねぇ藤吉」


 小六は平常運転だな。


 小一と朝日が風呂から上がると朝日は寧々に任せて、俺は小一と一緒に縁側に出て星を見ながら酒を酌み交わした。


 又左?


 知らんな、そんな奴。


 あんまりうるさいんでまつに連行されて行ったよ。


「兄さんは武士に成ったから俺達とは一緒には居られないよね?」


「居て欲しいのか?」


「おっ母は一緒に暮らしたいって言ってたよ。もう、お父も居ないし」


 お父? ああ竹阿弥か。


「竹阿弥が居なくてもお前ならおっ母を食わせてやれるだろう」


「それでもやっぱり家族は一緒が良いよ」


 ……家族か。


 俺の本当の両親はもういない。


 俺が五歳の頃に両親は交通事故で亡くなった。

 俺を育ててくれたのは祖父母だ。

 躾に厳しい祖父といつもニコニコしていた祖母。

 そんな祖父母も俺が就職してしばらくして亡くなった。


 俺は本来、天涯孤独だ。


 その俺に家族?


「それは俺に武士を止めろと言うのか?」


「そうじゃないよ。そうじゃないけど………」


 秀吉は出世して、天下を取って、その後家族を不幸にしてしまった。


 それは自分自身も不幸にした。


 俺はどうだろうか?


 俺も結婚して子供が出来て、そして不幸にしてしまうのだろうか?


「なぁ、小一」


「なに、兄さん」


 俺は空を、星を見ながら呟く。


「お前、俺と一緒に武士になるか?」


「武士! 俺が兄さんと同じ武士に」


「俺はこれから出世する。城持ち、いや大名になる」


「城、大名?」


「ああ、だから信頼のおける身内が必要になるんだ。俺を助けてくれ小一!」


「俺が、………兄さんを」


「返事はおっ母の前でしてくれ。明日会いに行こう」


 決めた。


 小一には悪いが決めてもらおう。


 小一が武士になるなら一緒に住もう。

 不幸になるかならないかは分からないが、せめて秀吉のような失敗はするまい。

 小一が武士にならないなら家族の縁を切る。


 俺一人でのし上がる。


 今まで通りだ。


 他人任せ、いや小一任せだが一応選択肢は与えた。


 俺も覚悟を決める。


『きのした ふじよし』として生きるのか。



 それとも………

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