第19話 恩賞を貰いて候
岩倉織田家を降した事で織田家の尾張統一は加速した。
上尾張四郡の他の反抗勢力に対して一気に攻勢を仕掛けたのだ。
ここで活躍したのが佐久間盛重。
浮野の戦いでは戦いに慣れていない素人集団を率いて苦労したが、その後は周辺勢力を難なく降伏させて行った。
そして俺はその戦に同行させられた。
岩倉城を攻略し降伏した兵や物資の数の確認を終えると、休む暇もなく盛重の遠征隊に連れ去られたのだ。
誰か超過勤務手当をください。
いや、長期休暇をください。
お願いします。
倒れるまで働かせる気ですか?
そんな弱音を吐きたい所だったが連戦連勝を続ける部隊に居ると、兵の士気は異常に盛り上がりそれに付き合う俺も異常なテンションで仕事をしていた。
「おら、次の報告をしやがれ!」
「二番槍は、〇〇〇です」
「そいつはこの前の戦いで怪我した奴だぞ。嘘をつくな」
「嘘では有りません。奴は怪我をしてましたが勝手に付いて来て勝手に戦ったのです」
「ふざけんな! 俺がどれだけ苦労して人員の配置に時間を掛けたと思っていやがる。そいつ連れてこい! いや、連れてこなくていい。 死んでこいと命令してやれ!」
「は、死ぬ気で槍を振るうように言ってきます」
この時の俺はおかしくなっていた。
後で思い返すと何であんな事を言ったのか、よく覚えていなかった。
この遠征は十日ばかり掛かった。
だが収穫も大きかった。
これで尾張のほぼ全域を抑える事になった。
市姫様は尾張の大部分を統一したのだ。
まだ信行の問題が残っているが大した影響力を持っていないので、とりあえず無視している。
遠からず向こうから何らかのリアクションがあるだろう。
その時に対処すればいい。
焦ってこっちから動く必要はない。
そして遠征から帰った俺を待っていたのは、いつも通りの書の山だった。
くそ、ふざけんな。
何で俺の所に持ってくんだよ!
他にも人は居るだろ。
何で俺だけが……
いい加減俺以外の右筆を増やそうよ。
そんなこんなで三日間掛けて何とか書の山との格闘に勝利する事が出来た。
……勝利って何だよ?
俺が書の山と格闘している間に先の戦いの論功行賞が行われた。
まず、岩倉織田家の織田信安は追放処分となった。
そして岩倉織田家は弾正忠織田家に吸収され織田信安の息子信賢は親族衆に加わった。
岩倉城は廃棄してそこから出た資材は清洲城の改修に使われる事になった。
そして、軍功第一は佐久間盛重が。
第二に前田又左衛門利家が選ばれた。
そして、第三は『
そうあの時気になってた五郎左って、丹羽長秀だったのだ。
織田家四天王の一人『米五郎左』だよ。
何で気づかなかったのか?
戦場にいて頭が回っていなかったのかも知れない。
ちなみに信光様はこの論功行賞の場にはいない。
自分の城に戻って信行を監視している。
本当なら岩倉城を信光様が治める予定だったのだけれど、斎藤山城守を刺激しない為に城を破棄することになったとか?
それに織田家の直轄領が増えるので部下に恩賞を与えやすくなると信光様自身が固辞したのだ。
さすがお人好しな信光様だ。
そしてこの論功行賞では俺は何も貰っていない。
当然と言えば当然なんだが。
俺がやったことは全体の方針を指摘してそれを達成する為の方法を考えた訳で、……これって評価されないのか?
そこを市姫様に聞いてみたい。
俺ってかなり優遇されてるのか?
それともこき使われているのか。
分からない。
だが、とりあえずの目標はクリアされた。
次をどうするか、だな。
そしてある日市姫様に呼び出される。
「藤吉。今の長屋は狭いだろう。屋敷を与える」
「は?」
「屋敷を与えると言った。嬉しくないのか?」
「は、いえ。嬉しいです。慎んでお受けいたします」
「うむ」
満面の笑みを浮かべる市姫様。
ま、眩しい!
これって俺に対する恩賞だよな?
……屋敷持ちか。
家賃とか発生しないよな?
市姫様から屋敷の場所を教えてもらい喜び勇んでその場所に向かった。
向かったのだが……
「おう藤吉。遅かったな。荷物を運ぶの手伝え」
「何で又左が?」
「兄上。これはどこに置きますか?」
え、まつの声?
「まつちゃん。お茶の用意出来たよ。小六さんもどうですか?」
ね、寧々。
それに小六も?
「ああ、ありがとうね寧々。 あらあなた。引っ越しはもうすぐ終わりますからね」
………俺の家じゃないのかよ。
市姫様から頂いた立派なお屋敷。
確かに1人で住むには大きすぎする。
だからといって、何でこの人達が?
「え、俺はお前の監視だよ」
「俺はまだ監視されんのかよ!」
嘘だ!
絶対に嘘をついてやがる。
だって笑ってやがるよこいつ。
又左の奴~。
「私ですか?もちろん兄上のお守りです。それと、その………、何でもないです」
「そう。あいつのお守り、ね」
さも当然のように居着くまつ。
まぁ、良いけどさ。
今までとあまり変わりないし。
「えっと、あの、姫様から言われて。まつちゃんと監視するようにって」
「ちょっ、ダメよ寧々」
「あう」
涙目になる寧々。
いや、もう良いよ。 ほんと。
でもね、何で居るのよ。小六?
「夫と暮らすのは当たり前では。そうだろう、ねぇ」
だからすり寄るな。
後、顎を触るな!
「は、な、せ。お前ちゃんと家を与えられたろ」
そう小六には家が与えられている。
というか俺が優先的に与えた。
じゃないと毎晩俺の部屋に現れるのだ。
その度に小六はまつと寧々に連れていかれる。
屋敷を与えたのは俺の安眠を守る為なのだ。
それも書の改竄をしてまで。
罪に問われないのかだって?
大丈夫。
勝三郎や平手のじい様には事後報告しておいた。
向こうはそう言う命令が有ったと思っているからちゃんと確認していない。
それに小六の禄は三百貫だ。
自前の屋敷を持っていてもおかしくない。
ちなみに俺は屋敷を与えられてから百貫になった。
おかしい?
小六は俺の預りになったのに禄は俺の方が少ない。
まぁ、小六は元蜂須賀党の党首だ。
いや、今も当主か?
そして禄はその頃より少ない。
それでも彼女は俺の側に居たいらしい。
本音は嬉しいよ。
けど周りがさ、そう言う事を許してくれないのよ。
「ああ、あの家かい。家(蜂須賀党)の連中が使ってるよ。それにこの屋敷での護衛も頼んでるからねえ」
「もう、………良いです」
「うふ、よろしくね。あんた」
だから引っ付くな。
当たってる。
当たってるから。
それからまつさん。
そんな冷たい目で見ないでください。
お願いします。
「いいねえ。よ、この色男!」
後で殺す。
絶対に殺す!
又左め~。
そんなこんなで新しい生活が始まった。
そして市姫様による尾張の統治が始まった。
まだ一部の反抗勢力がいるが概ね尾張の大部分を手中に納めている。
あまり問題ない。
問題が有るとすれば、………官吏が少ないことか?
従来の人数では処理しきれない量の案件が山ずみになっている。
俺も頑張っているが明らかにキャパオーバーだ。
これでは遠からず誰かと言わず俺が倒れてしまう。
俺もそうだが勘定方の連中は処理に追われて碌に家に帰れずにいるのだ。
ブラックだ。
急速に大きくなった織田家は深刻な人材不足なのだ。
誰か、助けてくれー!
そんな俺と俺達(勘定方)の願いが通じたのか。
新しい右筆がなんと二人も増えたのだ!
良かった。本当に良かった。
こんなに嬉しいことはない。
喜んでいる俺に二人が挨拶にやって来た。
「
「
村井貞勝と名乗った人物は三十過ぎたおじさんだ。
おお、もしかしてあの村井様ですか?
織田家随一の官吏と言われた村井貞勝様が目の前に。
おお、感動のあまり涙が。
「お、お主。なぜ泣いておる?」
おっといけない。
急いで涙を拭いて挨拶をする。
「これは目にゴミが入ったようで。私は木下 藤吉と申します。これからよろしくお願いいたします」
俺は馬鹿丁寧な挨拶をして歓迎する。
フフ、いらっしゃい。
このブラックな環境で一緒に頑張ろうではないか。
フフ、フフフ、フハハハハー
「お主本当に大丈夫か? 突然笑い出すとは」
「は、これは失礼を」
いかん、心の声が駄々漏れだ。
嬉し過ぎて感情を抑えきれない。
これでは只の変人と思われてしまう。
もう1人の方は何も反応していないな。
呆れているのか?
いや、違う。呆気にとられている。
太田信定も三十くらいに見える。
しかし、太田信定か?
誰だっけこいつ。覚えがないな。
まぁいいか。
とにかくこれで人員が増えた。
これで何とかなるだろう。
そして、何とかなった。
いや~凄いね貞勝殿は。
俺より処理が速いよ。
尊敬してしまう。
明院良政様以来の尊敬できる人だよ。
平手のじい様?
あの人は別にね、どうでもいいよ。
俺に仕事ばっか振るんだから。
一方で信定殿も凄いね。
最初は慣れるのに必死だったけど、慣れてくると書を書く速さは俺や貞勝殿より速いよ。
だから仕事を三分割にしました。
計算関係は俺が民事関係は貞勝殿に、そして書の写しを信定殿に仕事を割り振ったんだ。
そしたら仕事がはかどる事はかどる事。
おかげで仕事を翌日以降に溜め込む事も無くなったよ。
これでようやく普通に家に帰れる。
でも、家に帰ってもあの連中がなぁ~。
屋敷を貰っても屋敷に泊まったのはその日だけで後はずっと城に篭りっきりに。
着替えはまつや寧々が持って来てくれた。
小六が来ると邪魔になるので来るなと言っておいた。
すると寧々に文を渡して寄越すんだ。
割りと字は綺麗だったな。
でも内容は言いたくない。
はぁ、なんか気が重い。
家に帰るのは嬉しいはずなのにあの空気に耐えられない。
もっと仲良くして欲しい。
俺の精神衛生上良くない。
そして俺が家までとぼとぼと歩いていると寧々に出会った。
「藤吉様。今お帰りですか?」
「あ、ああ寧々か。そうだよ。一緒に帰ろうか」
「はい!」
寧々が元気よく返事してくれる。
本当、寧々は俺の心のオアシスだよ。
寧々は俺が屋敷を貰うと『藤吉殿』から『藤吉様』に呼び名が変わっていた。
様呼ばわりは慣れないが自分が偉くなったのを自覚できる。
ちょっと恥ずかしいけどね。
寧々の持っている荷物が重そうだったので持ってやる。
寧々はまだ十二だからな。
重たい物を持たすのは可哀想だ。
しかし、これって壺か?
「この中身ってもしかして酒かい?」
「はい、その、又左様が」
あいつ、帰ったら説教してやる!
こんな重たい物を寧々に持たせるなんて。
俺がそう思っていると誰かに呼ばれる。
「お兄ちゃん!」
振り向くとそこに十歳くらいの女の子がいた。
「お兄~ちゃ~ん」
そう言うと女の子は俺に飛び込んで来た。
思わず抱き締めたけどさ。
お兄ちゃん?
俺に妹はいないよ?
何、なんなのこの子?
俺は俺の胸に顔を埋める女の子を見ながら、頭の中は疑問でいっぱいだった。
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