第6章「過去を射抜け」

第36話「神話兵装」

「レーヴァテイン、接敵。戦闘状態に突入しました……これで大丈夫ですか? 大波さん」


 はきはきとした言葉が、すっと私の意識に入り込む。

 今日は、陽姫が司令室のオペレーター席に座っていた。


「ばっちり。鍛え込んだ私も鼻が高いね。ですよね、樹里」

「うん、その調子だ。状況報告は焦らず、迅速に。レーヴァテインへの敵詳細フィードバックも忘れずに」

「はいっ」


 不思議と私も心の底から明るくなるような揚々とした返事だった。彼女がいると場が明るくなる。

 許可して正解だったな。

 陽姫からの提案で、今日からは戦闘時に大波と陽姫がオペレーターをしている。

 桁違いなスカイギャラクシーエネルギーを万が一にも空食に悟られないため、陽姫は他の小地球よりスカイギャラクシーエネルギーを厳重に封じ込める加工が施された小地球000に来た客人にようなもの。

 役割として、陽姫には人数不足で手が回っていなかった料理係を任命していたのだが……。

 大地が咲の遺体と帰還したことを知った陽姫は、オペレーターの兼任を申し出てきた。

 きっと、自分にもっとできることがあると、そう思っての提案だろう。

 初戦闘にも関わらず最前線で戦うスカイナイトに同乗できた陽姫は、凄まじく肝が据わっている。冷静さを求められるオペレーターとしても適任だろう。直接的な危険もないことから、許可した。

 大波さんの負担が軽減できることは、喜ばしい。

 さて、職員室──もとい司令室の大型モニター上で、レーヴァテインと空食が戦闘を繰り広げている様子を、私は見守る。

 普段なら損傷せずに相手取れる程度の力しかない種別の空食だが、大地の乗るレーヴァテインが肩部に損傷した。

 軽微なものだが、大地が本調子でないことは、誰の目にも明らか。

 胸の奥に砂嵐が吹き荒れているような感覚があった。

 心当たりは誰の胸にもあるのだが。


「やはり大地さんは調子が悪いですね。樹里ちゃん」


 私の左隣で、コンソール前にちょこんと座って、地面につかない足をぷらぷらしている調さんが改めて言った。

 もう1週間にもなるが、咲の遺体と帰還してから大地の調子は底を着くほどに悪い。

 話しかけても上の空なことが多く、前のめりに物事を考えていた彼らしくない曖昧な返事も多々あった。

 ……しかも私には業務連絡しかしない始末だ。

 想像できなかった結果に繋がったとしても、咲のことを頼むとは、私も軽く言いすぎたのだろうな……。

 戦闘も何度かこなしているが、一刻も早く倒そうと操縦に粗が出て、損傷に繋がっている。どれも軽微なのだが、いつ致命的な事態になるとも限らない状態だ。

 大地には、人の死を直接見たことによる衝撃と、守れなかった自責の念があるのだろう。

 なにより咲と大地は短い期間でありながら親交を深めて、互いに信頼関係を築いていたことは大地の様子から察せられる。

 たとえ赤の他人が死んでも、彼は心の傷を負っただろう。でも今回は深く関わってしまった相手が死んでしまった。それが彼を深く、心を抉るように傷つけた。

 私にも覚えがあるから、なおのこと彼に正面から切り出し辛い。


「だから私が出るって言ったのにな……」


 私の右隣では、空が心配そうな表情でモニターを見守っていた。

 空もスカイナイトの操縦を満足にできない時期があったから、余計に気遣ってしまうのだろう。

 私だって、本当なら大地の気持ちが落ち着くまでは搭乗させたくはない。

 しかし私たちには、そうも言っていられない事情があった。


「空にばかり負担をかけるわけにもいかない。先にまいるぞ」


 どちらかに負担がかかる状態では、緊急事態の際に対応が難しくなってしまう。

 空食の侵攻が事前にわからないのだから、均等に出撃して疲労を溜めすぎないようにするしかない。

 

「でも、あの戦い方見てられませんよ。いつか取り返しのつかないことになるかもしれないじゃないですか」

「わかっている……」


 苦々しい言葉が滲む。

 私はまた空の時のように、何もできないのか。

 なにが司令官だ。

 司令室で当然のことを述べているだけ。

 私は折れて、スカイナイトに搭乗できなくなっただけだ。

 最初にスカイナイトのパイロットに選ばれて、生き残ってしまっただけなのに。

 私も、変わることができれば。

 無力感が心を苛む。


「レーヴァテイン、空食を撃破! 戦闘終了。帰還してください。お疲れ様、大地くん」

「……ああ。ありがとう」


 終わったか。

 戦闘開始から僅か3分と高速撃破には違いないのだが、手放しに誉めることはできないな……。


「ふむ……ちょうどいいかもしれませんね」

「調さん?」


 閃いた調さんは、椅子をくるっと半回転させて私に振り返った。

 温かな微笑みを作っている。

 ふむ。

 こういう時は、たいていなにか思いついている表情だ。付き合いが長いからわかる。

 悪いことではなく、事態を好転させるものだとは思うが……なんだろう。


「大地さんと樹里ちゃんには、古代遺跡であるものの回収をお願いしたいと思います」

「古代遺跡? いや、それよりも大地と私とは、空食の対処はどうするんですか」

「空食の襲撃が続いていますから。これまでの襲撃頻度から考えると一旦休憩期間でしょう」


 確かに。これまでの統計と感覚から言えば、一休みできる頃合いだった。

 かと言ってボードゲームのように1回休みができる状況でもないと思うが……調さんがやると言い出したら、まあ止まらないか。

 それに調さんが提案することならば、必要なことなはずだ。


「それで、ちょうどいい……ですか」

「そろそろ調査しなければならないところだったのでちょうどいい、ってことです。大地さんと樹里ちゃんの2人で向かってもらいたい場所があります」

「大地とですか? しかし彼はいま──」


 まともに私と喋ってくれるか。

 最低限の会話は成り立つだろうが、彼の悩みまでたどり着くのは不可能に思えた。


「正直、大地さんをこのまま戦わせるのは危険です。なので、2人きりで一度きちんと話をしてあげてください。最近、避けられていたでしょう?」


 大地が私を避けるのも当然のことだろう。しかし調さんは、もう逃げを許すつもりはないらしかった。


「荒療治ですか」

「話を聞いてくれないのなら、強硬手段に出るしかないのです。心の傷は、時が来れば解決するものかもしれない。でも私たちにはもうゆっくりと時間をかけていられる余裕もない」


 それに一週間の時間は与えましたからね、と調さんは付け足した。

 調さんにしては厳しい言動だが、療養時間は消費したということなのだろう。

 人類が安寧という仮初の箱庭で辛くも生きてこれた現状の崩落が近づいている

 最終的には無理にでもはるか上空、軌道衛星上の空食の司令塔を討ち滅ぼすしかないのだ。

 その時に大地が出撃できないのでは、戦力を欠く。

 個人的な感情を抜きにすれば、調さんの言葉は真っ当なものに思えた。


「……わかりました。理解もします」

「……ありがとうございます。では大地さんが帰還したら向かってもらいましょう。探索場所になりますが──」

「ちょっと待ってください。大地は戻ってきてませんが、もう説明を?」

「いちいち説明なんてしたら渋るに決まってます。帰還したらせっせと車に乗っけて、出発してもらいます」


 あまりの強硬手段に、私は口をポカーンと開けてしまった。

 隣では、空が恐れ慄くように、うわぁ、と呟いている。


「そこまでする理由の何かが、調査場所にはあるんですね?」

「理解してもらえて助かります。実は、スカイナイトの動力機関を入手してもらいたいのです」

「動力機関と言うと……まさか見つかったんですか。神話兵装が」

「えっと、神話兵装って……?」


 空が体を傾けて、疑問符を浮かべる。

 空には具体的に説明したことがなかったな……。


「スカイナイトの動力源がスカイギャラクシーエネルギーであることは、既知のものと思うが、スカイナイトを動かす上で、スカイギャラクシーエネルギーを増幅している機関があるんだ。それを神話兵装と呼称している」


 空が目をぱちくりと瞬かせて、言う。


「随分と大層な名前ですよね、神話だなんて」


 神話なんて、物語上のものでしかないと思うのが普通だろう。私も初めて聞いた時は耳を疑った。まるでオカルトだ。


「大昔の、神話のように遠い昔にあった超常的な力を持つ物体です。だから神話兵装」


 調さんは、どこか遠くを見るような眼差しで、語り出す。

 神話兵装に特別な思い入れでもあるのか、いつもこうだ。いずれ理由を知ることができればいいのだが。


「スカイナイト1号機-フラガラッハ-、スカイナイト2号機-レーヴァテイン-、スカイナイト3号機-アイギス-どれも搭載した神話兵装を由来として、名付けられたものなのです」

「じゃあ、今回は4機目のスカイナイトのために……?」


 空の疑問の帰結も当然のものだが、神話兵装が搭載されていないスカイナイトが1機だけいるのを、私は知っていた。


「いや、スカイナイト3号機-アイギス-に取り付けるためでしょう? 調さん」

「えっ?」


 空は、驚いたように目を瞬かせた。

 自分が乗っているものに動力機関がなかったと言われたら、私もそうなる。

 内緒にしていたわけではないのだが……。


「はい。神話兵装-アイギス-が存在することは確かだったのですが、行方知れずだったのです」


 空はあんぐりと口を開けていた。

 人は驚愕すると、思考が真っ白になるものだ。わかるぞ。

 次第に理解が追いついたのか、口早に喋り始める。


「ま、待ってください。アイギスは神話兵装が──動力機関がないのに動いてたんですか!?」

「いえ、私が開発した擬似神話兵装で稼働しているのです」

「そうだったんだ……知らなかった」

「擬似神話兵装と神話兵装は通常稼働においては、ほとんど差がありません。なので不安にさせるようなことは述べないようにしていたんです。ごめんなさい」

「いえ……でも通常時には擬似と神話兵装は差がないんですか?」

「神話兵装は、搭乗者のスカイギャラクシーエネルギーを増幅して機体に出力するものですが、真に力を発揮させると搭乗者のスカイギャラクシーエネルギーすら吸い尽くしてしまうような、諸刃の剣なんです」

「危険なんですね……」


 ある種の恐怖すらも感じているだろう。空が神妙に頷く。

 空がもっとも長く乗っていたレーヴァテインには、リスクの伴う神話兵装が搭載されていたのだ。恐怖するのも無理はない。

 しかし空に伝えていなかったのは、理由があった。


「普段はリミッターで出力制限をかけているので、まったく問題ないのですけどね。擬似神話兵装でもリミッター制限下にある神話兵装に匹敵するパワーがあるので、通常稼働させるだけなら問題ないわけです」

「なるほど……だから私に伝えられてなかったんですか?」

「先ほども言ったように、不安を煽らないためです。安全上は問題がないので先送りにしていました。ごめんなさい」


 調さんが姿勢良く頭を下げた。

 隠し事の多い人だが、真摯に対応できるからこそ、調さんは私たちの信頼を勝ち得ている。

 私も知りながら、空には内緒にしていたのだ。筋は通そう。


「私も知りながら黙っていた。すまない」

 

 私も調さんに習って、頭を下げた。

 それを見ていた空は、胸の前で両手を振る。


「そ、そんな謝らないでください! 私を心配してもらってのことですし……いま言ってもらえてよかったですから!」


 調さんと、ゆっくり頭をあげる。

 空の表情には申し訳なさのようなものが浮かんでいた。人の意図を汲み取り、飲み込んで納得してくれるのは、彼女の優しさだ。

 

「なら良いのですが。……とまあ神話兵装のリスクばかり語ってしまいましたが、神話兵装の真の力を発揮させるには、幾つかの条件がありますので、いまは気にする必要はないでしょう」


 いまは、ということは今後必要になる場面が──命を賭して戦わなければならない戦いがくることを調さんは予見しているようだった。

 調さんは、いつも未来を見ている。

 いまは目の前のことに集中を、と毎度避けられるために細かな理由は聞けていないが、空食を退けていない私たちには荷が勝ちすぎる何かが、きっとあるのだ。

 いつか、話してくれるといいのだが。


「脱線してしまいましたね。ひとまず、目的は神話兵装-アイギス-の確保となります」


 調さんは、話を戻しつつコンソールを操作して、正面の大型モニターに日本地図を表示した。

 カーソルが移動して、とある場所を示す。


「日本地図では青木ヶ原樹海や、富士の樹海と呼ばれている場所です。現在は当時の面影すらない枯れた土地となっていますが……幸か不幸か、おかげで地下遺跡の入口を発見することができました」

「そんなところに地下遺跡が?」

「長い年月をかけて、地表に建造された遺跡が埋もれていった結果でしょう。ここから神話兵装の反応が検出されています」

「それがアイギスである確証はあるんですか?」


 空が、旧日本地図を物珍しそうに眺めながら言った。

 私が小学生だった頃の日本地図だ。いまとなっては、分かりやすく場所を表す大雑把な記号でしかない。


「現存してかつ、私たちが所有していない神話兵装はアイギスのみ。反応があった時点で確定と言ったところでしょうか。それに……ここにはアイギスが確実に存在するはずなんです」


 調さんは悲しんでいるような──哀愁ある表情で、画面を見つめていた。

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