第5章「その手のひらのぬくもりは」
第28話「運命は戦いの後に」
スカイナイト2号機-レーヴァテイン-が、空を駆ける。
レーヴァテインが放出している火の粉を思わせる粒子は、災厄で染まる暗黒の空を輝きで灯す軌跡を描いていた。
小地球000から遠く離れた──旧世界地図では日本の正反対に位置する山岳地帯。
レーヴァテインは、カブトムシを模した甲虫型の空食と空中戦を繰り広げていた。
レーヴァテインが両手の剣で果敢にも空食に突撃する。
甲虫型の空食が、頭部から生えた刃物のように鋭利な角を器用に振り回して、レーヴァテインが振り下ろした2刀と鍔迫り合う。
額から流れる汗を拭うこともせずに、大地は右上の小型モニターに映し出されている調に問いかけた。
「調! これで最後なんだな!」
疲労しているが故の興奮状態か、大地の口調は荒々しい。
「地球の壁が弱まった隙に入り込んだ空食は、その個体が最後です!」
「何時間も戦闘続きだったんだ。いい加減に終わらせてもらうぞっ!」
そう。大地は6時間に及んで戦闘行動を継続していた。
スカイナイトの操縦に慣れたとはいえ、長時間の戦闘は初めてのこと。
大地の頭は沸騰したような熱を持ち、体は疲労から来るものか、鉛のように重い。
緊張の糸だけで保たれている精神と体の均衡は、この戦いが終わったら切れてしまうに違いなかった。
「空も踏ん張ってるんだ。絶対に勝つ!」
自分を鼓舞し、スカイナイトが振り下ろした剣の力が増す。
同じ空の下、スカイナイト3号機-アイギス-のパイロットである青見 空も、日本で奮戦しているはずだ。
ふたりで無事、小地球に帰還しなければ。
……
…
──6時間前のこと。
唐突に地球の壁の一部が弱まったことを発端にして、あらゆる地域で空食が断続的に侵入した。
一箇所の壁が復旧すれば、他の箇所が解れて空食が降下してくる。その繰り返しだ。
倒しても倒しても、休む暇がない。数時間も戦い続けていれば、スカイナイトはともかく人間は疲労する。
数十回にもなる戦闘回数だったが、そこには僅かな救いもあった。
数日前に小地球004で倒したカマキリ型の大型空食は、泥状となって地球の壁にへばりついている空食たちのスカイギャラクシーエネルギーをかなり消耗させていたようで、空食の進行速度が遅く、強力な空食が降下してくることはなかったのだ。
空食が強力な個体ではないことが功を奏して、大地と空は起こりうる被害を最小限に抑えつつ、各地の小地球を守護することができている。
6時間にも及ぶ空食との攻防は、最終局面を迎えていた。
……
…
スカイナイト2号機-レーヴァテイン-と甲虫型の空食が、空中で激突していた。
互いに、超至近距離まで接近しての格闘戦。
大地とて、考えもせずに突撃したわけではない。
勝算があった。
「この距離なら、その自慢の角でまともな攻撃はできないな!」
レーヴァテインが、両腕を広げて、持った剣を構える。
甲虫型の空食の角は、突くことに特化したレイピアのように尖端が細身で鋭い。
空食の角の懐に潜り込み、顔面を擦り合わせられる位置で戦っているのだ。
突く動作自体が、空食は困難なずだった。
「キュッロロロロ!」
大地の声が聞こえたわけでもあるまいが、直後に大きく鳴き声をあげながら、空食が首を後方に引いた。
角は以前として、レーヴァテインの顔よりも後方に伸びているが──。
大地が思考するより速く、鋭利な角が質量を無視したように、瞬間的に縮んだ。
幾度かの経験で、パイロットとして成長しつつある大地の背に、悪寒が走った。
迷う時間はない。直感で判断する。
レーヴァテインが、スカイギャラクシーエネルギーを噴出した。
空食の背後に回り込むように、右へスライドする軌道をとった刹那。
甲高い音が響き、大地を、激しい衝撃が襲った。
「くっ、やられたっ!?」
警報が鳴り響く。メインモニターに、損傷箇所が表示される。
レーヴァテインのコックピットより左側の脇腹が、ごっそりとえぐられていた。
空食の角は勢いよく下方に伸びたあと、直角に動いている。
もし移動していなければ、ちょうどコックピットがあった位置だ。目視では間に合わず、感に頼らなければ、やられていただろう。
「よくも!」
「キィィロロロっ!」
角が命中したことに気分をよくした空食が、再び角を引っ込める。
また同じ攻撃をするつもりか。
「そう何度もくらってたまるか!」
レーヴァテインが攻撃を阻止するため、空食の頭部に、剣を突き立てようとする。
こちらのほうが、数秒速い!
「なっ」
が、レーヴァテインの剣は空中を虚しく空振り。
目の前から、敵の姿が消えた。大地には少なくとも、そう見えた。
戦っていて、素振りすらなかった瞬間移動?
いや、そんなものがあるのなら、奇襲できる初手から使えばいいはず。
剣を空振り、無防備な姿を晒していたのに、攻撃がないことを考えると、空食にとっても予想外なことなのだ。
その証拠に。
「上かっ!」
レーダーを頼りに、レーヴァテインが見上げると、空食が遠ざかっていくのがわかった。
「こっちが落ちてる!?」
大地の言葉通り、レーヴァテインが重力に従って、地面に吸い込まれている。
空食が落ちているレーヴァテインに、ようやく気づき、追いかけてくる。
突撃するつもりのようで、鋭利な角を限界まで伸ばしていた。掠っただけでも、装甲を貫いたのだ。あれに当たったら、レーヴァテインは撃破されるだろう。
「大──さ……エン……ンがっ!」
先ほどまで繋がっていた調の声が、途切れながらにしか聞こえなくなった。
大地がレーヴァテインを浮かせようとしても、重力が阻む。
脇腹の付近に掠ったことで、内部に異常が発生したのか。
エネルギーが低下しているのは確か。だが、損傷箇所の確認は後回しだ。
依然として、空食がレーヴァテインを突き刺そうと、急降下している。
重力と空食の推力によって、降下速度は弾丸のようになっていた。
「一瞬のタイミングにすべてを賭ける……!」
レーヴァテインの推力が低下しているから、派手な動きはできない。
しかし相手が上からくるのなら、対処する方法はある。
レーヴァテインが両手に持っていた剣を、背面の鞘に格納して、空中で姿勢制御。
直立から水平に。
空で寝るような体勢を維持する。
大地は緊張から勝手に出た唾を、恐怖と共にごくりと飲み込み、機会を窺う。
「3……2……」
風を切り裂き、空食が迫る。
一瞬のうちに、すべてが決まる。
成功したあとにの動作もすべて想像し、大地はその時を待つ。
レーヴァテインが、両腕を振り上げた。
「1……!」
遅くても早くても、相手の速度を殺せない。
タイミングを計って──来るっ!
振り上げた腕を瞬間的に制御。レーヴァテインは、空食の角を白刃どりのように受け止めた。
「ぐうっぅううぅっ!」
激しい振動が、コックピットを揺さぶった。
スカイナイトのコックピット周辺は、高密度のスカイギャラクシーエネルギーを纏うことで、過度な衝撃にも耐性がある。
それでも落下する敵を直接受け止めるような真似をすれば、衝撃はコックピットまで及ぶ。
五臓六腑がひっくり返りそうな衝撃の中、大地は歯を食いしばりながら、レーヴァテインに念じる。
出力不足のレーヴァテインでは、空食の勢いを受け止めるのは無理だ。
だから、空食の力を利用する。
「うおぉぉぉっ!」
降下し続ける空食の角を、力強く握りしめた。レーヴァテインが、残存する出力を瞬間的に高める。
ぐるんと、レーヴァテインが空食の角を基点にして腕と胴体を捻りながら、空食の真上に移動した。
レーヴァテインは、全重量を沈み込ませるようにして、空食に馬乗りする形になる。
「このまま、落ちろぉぉ!」
「キィロロ!」
吹き曝しの地面が、ぐんぐんと迫る。
空食が勢いを落とそうともがいているが、レーヴァテインの重量と重力によって、さらに速度は加速した。
激突。
爆発的な突風が巻き起こり、地面がひび割れてひっくり返る。
地面に激突した刹那、大地の意識は飛びかけたが、歯を食いしばって保つ。
空食はレーヴァテインと地面に挟まれる形で落下したために、か細く呻くように鳴いていた。
いましかない──!
大地は、レーヴァテインは、すぐさま行動に移る。
格納していた背面の2振りの剣を抜き放ち、空食の甲と頭部の間に存在する薄皮の首めがけて、垂直に振り下ろした。
「これでぇ、最後ぉ!」
寸分狂わず命中した剣は、空食の首を貫く。
剣を突き入れた首から、剣から発生するスカイギャラクシーエネルギーが空食の体内で作用する。
爆発的エネルギーとして変換されたスカイギャラクシーエネルギーが、連鎖反応を起こし、空食の体内にあるスカイギャラクシーエネルギーを食い回るように走る。
「キュロォォっ!」
断末魔にも似た声をあげて、体内で暴れ回るスカイギャラクシーエネルギーに耐えきれなくなった空食が、一瞬のうちに爆発する。
落下の衝撃と爆発で、地表に大穴を穿ちながらも、空食は消え去った。
爆発による粉塵が晴れたあと、レーヴァテインは、緩慢な動作で剣を背面に格納しながら立ち上がる。
「はぁ……はぁ……なん、とか、倒せた」
捻り出すように呟く大地の意識は、朦朧としていた。
ただの疲労だけなのか、いままでレーヴァテインに乗っていても、覚えのなかった感覚大地を支配する。
少しでも気を抜けば、意識が抜けていきそうだ。
それでも、やっとの思いでレーヴァテインを空中に浮遊させて、小山をひとつ超えたところで──。
「まとも飛べないか……っ」
一度は浮いたレーヴァテインが、ふらつきながら高度を落としていく。
先ほどの戦闘で被弾した箇所が、いまもレーヴァテインの不調を招いているのは確かだ
。
調に連絡を取ろうとしても、まったく繋がる様子がない。
「ダメだ。落ちるっ」
かくん、とレーヴァテインが空中で失速した。
大地は体を揺さぶられながらも、レーヴァテインの姿勢制御を行う。
前のめりに落ちて、コックピットを開けなくなったら最悪だ。
それだけは避けるために、地表と向かい合う形だったレーヴァテインの前面を、空中で横回転させて、機体前面を空に向けた。仰向けの体勢だ。
できれば膝立ちした状態でレーヴァテインを降ろしたかったが、体制を立て直せない。
やがてレーヴァテインが地表に墜落する。
仰向けとなっているレーヴァテインの背面が地表と接触して、地面に引っ掻いたような痕を残しながら進む。
大地は、衝撃で口を噛まないように食い縛り、落下の勢いがおさまるのを待った。
墜落前には失速していたこともあって、早くに振動は止んだ。
「止まった。通信は……相変わらずできないか」
どの回線に繋ごうとしても、応答がなかった。
送信ができていないのかもしれない。
「さっきから息苦しいな……」
大地は、レーヴァテインにコックピットの解放を命じる。
けたたましい音のあとに、新鮮な空気が入り込む。
「くっ……はぁっ、はぁっ……この気怠さ、なんだっていうんだ」
大地の意識は、糸が切れる寸前まできていた。
疲労している意識を、集中させるような行動をしたからだろうか?
レーヴァテインをどうにか不時着させたあと、大地は周囲を確認するために、レーヴァテインの頭部を右に動かす。
「なんだ……? 人……と家……?」
大地が発見したのは、家屋と、薄暗い花畑でレーヴァテインを見つめている人だった。
こんな小地球もないところに、人がいるなんて……危険だ。
コックピットを開放。
大地は這い上がるようにして、レーヴァテインのコックピットから出る。
ひとつ行動を起こすごとに、気怠さが体を蝕むようで、大地の意識が遠のく。
この場所にきてから、急速に意識が吸い取られているような感じだ。
レーヴァテインの装甲を転げ落ちる。
地上に降りた大地は、ふらふらと立ち上がった。
大地がレーヴァテインを見上げる人に、近づく。
「君……こんなところにいたら危険、だ。早く、安全な、ところに……逃げ……」
性別や背格好は、どうでもよかった。大地には、それが人であるとしか判別できなかったからだ。
それもこれも、意識が刈り取られているような感覚の所為だ。大地の視界は、薄暗く、閉ざされていく。
大地の意識が途切れる瞬間、レーヴァテインを捉えていた瞳が、大地に向けられていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます