第27話「天と地に響く歌声」

 ──晴れることを願っていた 輝ける信じた空


 小地球000の司令室にも、想いを込めた陽姫の歌は響いていた。

 オペレーターとして、戦況報告をしている大波が弾んだ調子で報告する。


「レーヴァテイン、空食の卵を撃破! カマキリ型の大型空食と戦闘継続。アイギス、小型空食を破竹の勢いで撃破しています!」


 司令室の大型モニターには、善戦しているレーヴァテインとアイギスが映っていた。

 レーヴァテインは、強敵を相手にして一歩も遅れを取らない。

 アイギスは、複数の敵に囲まれながらも見事に迎撃している。

 各機のスカイギャラクシーエネルギーは陽姫の歌に後押しされて、フェイズ2を超えても止まることなく上昇し続けていた。

 小地球004のスカイギャラクシーエネルギーも大幅に増幅されて、電力供給が安定し始めている。

 各人が出来る限りのことをやって導かれた光景に、樹里は羨望の眼差しを送っていた。

 もはや自分にはないのだろう覚悟と、強固な意志を持っている彼らを思いながら。


「私も、ああなれれば……」


 意識するまでもなく、だが吐くように出てくる。

 彼らの覚悟から生じる眩しさは、普段ならば言語化しないものを口にさせた。


「隠居したみたいですよ。樹里ちゃん」


 抑えたはずだったが、樹里と同じく隣で戦闘を見ている調にはまるっと聞こえてしまっていたようだ。


「……聞かれてしまいましたか」


 罰が悪い感覚と共に、樹里は自重した様子を滲ませる。

 命を賭して戦っているのに、羨むのは間違っていると樹里の理性は告げていた。

 それでも本能は叫ぶ。

 私はなぜ、この瞬間にもスカイナイトで戦えないのか!

 いますぐ飛び出して、戦えないのかと。

 握り締めて震える手に力が込められる。悔しさに嘆く自分と、戦場に立つ覚悟を持つ恐怖が体中を支配していた。


「あなたは自分に枷をはめているだけ……今からでも、あなたの心のままにあれば、彼らに手は届きますよ」


 調の声色は優しく穏やかで、包み込んでくる安心感がある。まるで母親であるかのような感覚だ。

 樹里が子供だった頃から変わらない見た目は、少女そのもの。

 なのに調に母性を覚えるのは、毎度ながら気恥ずかしいものがあった。幼さの残る外見と、深刻な事態になるほど落ち着く中身の差に未だ慣れない。一生、慣れないのかもしれない。


「私もいつか、肩を並べられたなら、と思いますよ」


── 暗闇のない空は 胸の中に息づいているよ


── さあ信じよう


──それぞれの光があれば 空は青になる


──空は無限に広がっているから


 レーヴァテインに搭乗している陽姫が声高らかに、淀みなく歌い続けるのが聞こえる。

 人類が空食に支配されるより以前の澄んだ青空を思い起こさせる透き通った歌声は、陽姫が持つ暖かな熱を心に生み落としていく。

 じんわりと広がる熱は、樹里の心を熱く満たすようだった。

 樹里は感嘆して、聞き惚れる。


「希望が湧いてくる歌か……」


 ずっと信じ続けて、でも形のない概念に意味はないと心の影に落ちていた言葉が意外にもするっと出た。

 調も意識を歌に傾けるようにしながら、歌に聞き入る。


「これが陽姫さんの歌なんですね。この歌があれば、もしかしたら……」


 樹里の耳に、掠れて届く静かな言葉。

 いつも自信ありげな調らしくない声量に、問いかける。


「調さん?」

「いえ、人類を救ってくれる歌になるかもしれないな、と。そう信じさせてくれる熱量を感じます」

「それには同意しますよ」


 陽姫の歌は、人類が遠い昔に忘却した希望を、現代に呼び起こす鍵なのかもしれない。


 ……

 …


 ── 青い空 私は歌う


 ──想い 届くように響かせるよ


 空の歌が、間奏に入る。

 しかし息継ぎを許さないように、レーヴァテインとカマキリ型巨大空食の戦闘は継続中だ。

 卵と接続されていた管を斬ったことによって、巨大空食は繋がれた鎖から解き放たれたように地を高速で駆け回っていた。

 腕の鎌を自在に振り回して、まさに猛攻とも言える幾重もの衝撃波がレーヴァテインに迫る。

 神経を研ぎ澄まして衝撃波を避けて、剣で捌いた次の瞬間には、衝撃波に乗じて接近した巨大空食の鋭い鎌が二振り上げられていた。

 衝撃波は目眩しで、本命はこの斬撃だ。この敵は学習している。衝撃波だけでは、レーヴァテインが倒しきれないことを。

 圧倒的な手数と高速移動から繰り出される攻撃は、シンプルが故に純粋な暴力だが──いまの大地は力の前に負ける気などしなかった。


(陽姫の歌も背中を押してくれているっ! やらせるものか!)


 レーヴァテインは大地の無意識に生じた動きを的確に実行。

 振り下ろされた鎌が最大加速する前に、鎌の軌道に剣を滑り込ませて巧みに弾く。

 普段のレーヴァテインならば、伝達のタイムラグで鎌に押し切られていたかもしれない。

 それを実現させなかったのは、陽姫の歌によってスカイギャラクシーエネルギーが増幅されているから。

 陽姫の歌は、スカイナイトにさえも絶対的な力を与えていた。

 渾身の一撃を凌がれたらしい大型空食は、レーヴァテインが反撃を仕掛ける前に素早く後方に跳躍。


「キュロロロッ! キュッキュロロロ!」


 鋭い弧を描き着地した大型空食が、大気を振動させる唸り声をあげて、怒り狂ったかの如く鎌から衝撃波をでたらめに放った。

 何発かは上空に消えていったが、地面に数発の衝撃波が着弾。

 砂煙がレーヴァテインの周囲を満たし、塞がれてしまう。


(目眩し!? こんな芸当もするのか)


 闇雲に砂煙から出るのは、不意打ちを食らう可能性がある。視界が不明瞭な中の攻撃も恐ろしいが、いまの大地には煙の僅かな動きで反応できる自信が漲っていた。


「空食が急上昇! 警戒、いや逃走するつもりよ!」


 空食の目的に気づいた大波は、声を張り上げる。

 砂煙は攻撃を仕掛ける布石ではなく、状況不利を悟った空食が、逃走する時間を稼ぐための行為だった。

 状況を的確に把握して、撤退を選択する敵は今後の脅威になりかねない。

 それに今回は危険を承知で陽姫に同乗してもらい、歌ってもらっている。

 陽姫の歌は絶対的な力を与えてくれるが、現状では安全面を考えれば、何度も使える策ではない。仕留めるならこの瞬間をもって他にない!


「逃すか!」


 レーヴァテインが砂煙を頭部から突き破り、飛翔する。

 迸るように放出される紅の粒子が、レーヴァテインの通った後に空へ続く道を描いた。


 ……

 …


 ──さあ 羽ばたこう


 ──未来に繋がる道を信じて


 ──空は無限に広がっているから


 間奏が終わり、陽姫が再び歌い始める。

 戦況も、歌も佳境を迎えていた。

 撤退すべく、巨大空食はレーヴァテインの遥か上空を進んでいる。

 レーヴァテインが追うものの、差が縮まる様子はない。


「大地くん!」

「空か! そっちの空食は倒したんだな」

「大地くんが厄介な空食を引きつけてくれたからね」


 レーヴァテインよりも低空から、アイギスが上昇していた。

 心強い加勢だが、まず巨大空食に追いつかなければ始まらない。

 レーヴァテインに剣以外の武装はない。遠距離武装でもあればいいのだが、ないものを強請っても生えることはないだろう。

 レーヴァテインが上空の巨大空食を見上げる。油断して速度を落とすことはなく、逃げ切るつもりだ。それが現実になるのは、そう遠くないだろう。

 残された時間は残り僅か。

 スカイナイトは、地球の壁に張り付く空食を過度に刺激してしまうために、成層圏より上に接近できないからだ。


「どうする、どうすればいい……」


《フェイズ2臨界間近》


 焦り、状況を打破しようとする思考に、無機質で平坦な機械音声が入り込む。

 スカイギャラクシーエネルギーは、かつてなく高まっている。

 なにか、手があるはずだ。いまを変えうる一手になるものが。


「手……?」


 巨大空食の手──鎌に目が行く。

 鎌から放たれる衝撃波が、大地の脳裏に浮かんだ。

 いまのレーヴァテインなら、巨大空食の衝撃波と同じ芸当をすることもできるだろうか。

 迷う時間はない。決定だ。

 意思を固めてからの行動は、早かった。

 上昇を維持しながら、レーヴァテインが左右の剣を振り上げる。


「ふぅー……」


 大地は集中して息を吐きながら、レーヴァテインから剣に流れるスカイギャラクシーエネルギーを撃つイメージを完成させる。

 思った通りに、力の制御が行えた確信。


「いけっ!」


 レーヴァテインが大袈裟なまでに剣を振り下ろし、剣の軌跡の後から実体を持った二本の緋色の斬撃が発射。

 空中に描かれた線状の斬撃が、巨大空食に走る。


「キュロロロ!」


 斬撃を感知した巨大空食は、迎撃のために空中で静止。即座に両手の鎌をでたらめに振り回した。

 鎌から次々と衝撃波が発生する。

 矢継ぎ早に繰り出された衝撃波の照準に狂いはなく、斬撃に激突した。

 力比べとは言えないほどにあっさりと、二線の斬撃は複数の衝撃波を突破する。


「ロロッロ!」


 巨大空食が両腕の鎌を交差させて、防御姿勢に入る。

 斬撃は吸い込まれるように着弾。


「キュロロロー!」


 それは痛みの喘ぎか、怒りの咆哮か、判別つかないが、巨大空食は確実に怯んだ。

 レーヴァテインと巨大空食が交戦していた間に上昇を続けていたアイギスが、巨大空食の背後に接敵。


「捕らえた! やあああぁぁ!」


 アイギスは両腕を突き出して、アイギスシールドを連結。

 巨大な一対の盾となったアイギスシールドの両端から、シザーブレードが展開。巨大空食の腕と胴体を挟み、拘束した。


「大地くん! いまだよ!」

「空、助かった! これでぇ、終わりだっ!」


 レーヴァテインが、二振りの剣を機体前面に突き出して、巨大空食の下方から直角に突撃する。


「キュゥロロロロ!」


 巨大空食はもがき、尾の真上に陣取るアイギスの下半身を、尾を振り回して強打する。

 アイギスは硬直したように動じることはなく、巨大空食が拘束から解放されることはなかった。


「うおおおぉ!」

「キュッキュロロ!」


 巨大空食に、突撃したレーヴァテインの剣が深々と突き刺さる。

 胴体から斜めに易々と貫通した剣から、破壊の力を伴ったスカイギャラクシーエネルギーが、巨大空食に流れ込む。


「空!」

「任せて!」


 レーヴァテインは、紅の粒子を燃え盛る炎のように噴出させて上昇する。

 突き刺さった剣は、力任せに巨大空食の胴体から頭部に至るまでを切り上げた。

 同時に、アイギスのシザーブレードが稼働。拘束している巨大空食の腕と胴体を、真横に裂く。

 もはや呻くことすらできない巨大空食の体内で、破壊のスカイギャラクシーエネルギが暴れ狂う。

 体内に充満し、臨界を迎えると巨大空食が大爆発を起こした。

 レーヴァテインは、上昇後に勢いのままに離脱。

 アイギスは遅れて後方に離脱しつつ、アイギスシールドを展開して、爆風を防いでいた。

 戦いの終わりを告げる爆発のあと、陽姫の伸びる歌声が、静寂を取り戻した黒空に響き渡る。


 ──青い空 私は歌う


 ──想い 届かせるために私は歌う


 陽姫が想いを込めて歌いきり、小地球004防衛戦は終結した。


 ……

 …


 戦闘終了後に一息ついた大地は、サブパイロットシートで安らかな表情で目を閉じている陽姫に振り返る。

 改めて凄まじい精神力だ。

 初戦闘時に声を荒げることも、錯乱することなく、最後まで歌いきってみせたのだから。


「本当にお疲れ様。心に染み渡る歌だった」


 感慨深く述べた大地に、陽姫は不安を微塵も感じさせない笑顔で応えた。


「うん、ありがと〜。ちょっと緊張したけど、ちゃんと歌い切れたみたい」


 もしかしたら、歌唱中はある種のトランス状態だったのかもしれない。まだ現実味を感じられないといった様子だ。

 開きっぱなしだった通信回線から、空の揚々とした声が出た。


「心の底から力が沸いてくる、さいっこうの歌だったよ!」

「空ちゃんもありがとう。私の歌が力になれたになら、嬉しいよ」

「お礼を言わなきゃいけないのは、私たちのほうだよ。ね、大地くん」

「だな。陽姫が歌ってくれたから、あの空食を無事に倒せた」


 巨大空食は、大地が敵対したいずれの空食よりも強敵だった。

 陽姫の歌なしでは、苦戦を強いられただろう。戦闘行動をしていた大地も空も、陽姫に助けられたのだと理解していた。


「そうだ。騎士の役目は真っ当できたかな、お姫様?」


 空が、いたずら心を胸に秘めたように言った。

 戦闘前に陽姫が口にしたものだが、しっかりと覚えていたらしい。

 

「うん……守ってくれてありがとうございました。無事約束を果たしてくれました」


 陽姫はお姫様らしく、おしとやかに演技めかす。

 だが数秒の沈黙のあとに陽姫は耐え切れなくなって、ぷっ、と我慢の効かなかった息を漏らした。


「あっはは。わたし、お姫様は似合わないかも」

「おしとやかにするからじゃないか」

「元気満々なお姫様だったらいけるかも」

「二人ともひどーい」


 戦闘終了直後とは思えない穏やかな雰囲気の中、陽姫が重要なことに気づいたように声をあげた。


「あっ! 鈴音ちゃんはどうなったの!? 手術は──」

「手術は無事に続行中だ。電力も現在は平常運転に戻りつつある……陽姫嬢ちゃんのおかげだよ」


 割って入った軍蔵の声色は穏やかだ。陽姫を傷つけることなく戦闘が終了したことで、安心しているのだろう。


「そうなんですね! よかったぁ〜」

「あとは鈴音ちゃんの手術が成功するのを祈るだけだな」

「うん! みんな全力を尽くして、頑張ったんだもん。絶対大丈夫だよっ。お医者さんも名医さんだからね」

「ならよかった。それじゃあ、戻るか」

「うん。よろしくね、騎士様」

「はいはい。了解っと」


 そう言って大地がレーヴァテインを帰還させようとした時──。


「少しお話があるのですが、よろしいですか? 陽姫さん」


 小型モニターに映る調が、にっこりと微笑みながら言った。


 ……

 …


 戦闘を終えて、1日が経過した早朝。

 俺と空は十五郎さんとの挨拶を済ませて、小地球の外に出ていた。

 空は暗いままに、地表は火を灯したように明るく、地平線が広がっていく。

 何度見ても、不思議な光景だ。これも地球がスカイギャラクシーエネルギーを費やしているおかげだ。

 一体、地球はなぜ地表を明るくしてくれているのだろう……。

 小地球の脇には、レーヴァテインとアイギス、2機のスカイナイトが膝をついた状態で待機している。本来ならオートパイロットで帰還させるのだが、万が一に備えてとのことだった。


「陽姫ちゃん、よかったのかな」


 空は、陽姫が準備をしているであろう小地球004を心配そうに見つめていた。

 いまごろ、中ではお別れ会をしているのかもしれないな……。


「調の押しもあったとはいえ、最終的に陽姫が自分で考えて決めたことだ。大丈夫なんじゃないか」


 昨日の戦闘を終えたあと、調は陽姫に小地球000に来ませんか、と誘いをかけた。

 理由としては、陽姫のスカイギャラクシーエネルギーを抑制することが、小地球004では果たせない可能性があるとのこと。

 小地球がスカイギャラクシーエネルギーを抑制しきれずに漏れるようであれば、空食に察知されてしまう。今回のように、過度なスカイギャラクシーエネルギーが小地球に負担をかけて故障する原因にもなる。

 小地球004の安全を理由にした提案ではあるが、調は小地球004に陽姫が居るリスクを正直に話して、彼女に決断させていた。


「ちょっとずるかったけどね。調さんの言葉は」

「事実だからな……言わないで決断させるより、よっぽど誠実だろう。陽姫が残った時は警戒を強化するとも言ってたからな」

「陽姫ちゃんの回答次第だもんね……。決まったからには、絶対にこの戦いを終わらせて陽姫ちゃんを帰してあげよう!」

「当然だ」


 そうやって2人で決意を新たにしていると、遠方から鈴のように澄んだ声がした。

 来たみたいだな。


「おまったせー! ごめんね、時間かかって」


 トランクを引いた陽姫が、快活に手を振りながら小地球から現れた。

 軍蔵さんはその横で、のっしのしと歩いている。

 晴れやかな表情だが、納得できるお別れはできたのだろうか。


「もういいの?」

「うん、空ちゃん。心配してくれてありがとう」

「家族から離れることになるんだから、当然だよ」


 陽姫は足を止めて、ゆるやかに靡く風に髪を抑えながら、小地球004に振り返った。


「……寂しくないって言ったら嘘だけどね。私にももっと出来ることがあるって、そう思うから。大丈夫。鈴音ちゃんともお別れ言えたから」


 声色は風に乗って流れるように柔らかく、後悔なんてものは微塵も感じない。

 無理をしていないかと心配だったが、この様子なら俺が必要以上に気に掛ける必要なさそうだ。

 スカイナイトに乗ることを決断してくれたことと言い、陽姫は心の芯が強い。


「鈴音ちゃんは、大丈夫だった?」

「無事に手術が成功して、目を覚ましてくれたよ。少しぼーっとしてたみたいだけど、ちゃんと私の言葉に頷いてくれたんだ」

「よかったよ~。私も心配だったから」

「うん、ありがとうねっ。みんなに見送ってもらっちゃってさ……うん。喋ってたら名残惜しくなっちゃうから、そろそろいこっ!」


 陽姫は、笑顔のまま振り返った。

 こうやって自分の心を素直に表現できるところも、彼女の強さの一因になっているのだろう。

 俺の肩をポンと叩いてから空の肩を抱いて、車に向かっていく。


「わっ、わっ、私はこっちじゃないよ!」

「はっはっはー、もう少しお話しようよー」

「少しだけだからね? 陽姫ちゃんの護衛も兼ねてスカイナイトで一緒に帰るんだから」

「うんうん。またよろしくね、騎士様」

「はいはい。お姫様」


 仲いいなぁ。

 俺が仲間はずれというわけではないが、2人とも同性同年代なこともあって、気を許しやすいんだろうな。


「おやっさん、十五郎さんはどう言ってましたか?」


 和んだような表情で2人を見守っているおやっさんに、声をかけた。

 陽姫の父親の親友のおやっさんには、別れの前に積もる話もあっただろう。


「子供たちを守るのも大人の務めだとか、陽姫嬢ちゃんのことを頼む、だとか諸々とな。俺にとっちゃ2人目の父親みたいな人だから、五月蠅いもんさ」


 おやっさんは最後に憎まれ口を叩きつつも、嬉し気だった。

 知り合いに会えるっていいことだよな……。

 俺にも、この世界のどこかに知人がいるのだろうか。

 白いワンボックスカーの荷室にトランクを置きつつ、空と陽姫が朗らかに手を取り合ってうきうきとしている。


「まっ、行きましょうか」

「おう。とっとと帰るか」


 こうして、小地球004を巡る一連の事象は終わりを告げた。


 ……

 …


 私は白いワンボックスカーの後部座席に乗り込んで、前方を見ていた。

 小地球を離れることになるなんて、夢にも思わなかったな。

 おじいちゃん、鈴音ちゃん、みんな──また会えるように頑張ってくるからね。


「じゃあいくぞ」

「お願いします」


 軍蔵さんがハンドルを握って、緩やかにアクセルを踏む。

 同時に機械のロボット、スカイナイトたちが音もなく浮遊する。

 上空から私の護衛って目的で付いてきてくれるらしい。

 申し訳ない気もするけれど……私のスカイギャラクシーエネルギーは桁違いのものらしく、万が一、何かあったら迷惑をかけてしまう。あとでお礼言わなきゃね。

 アイギスが私に、手を振ってきた。レーヴァテインは、周囲の様子を観察するように頭が動いている。2人の癖が反映されたような動きで、微笑ましい。

 手を振り返していると、軍蔵さんがぽつりと申し訳なさげに言った。


「再三になるが、すまなかった。家族から引き離すことになってしまって。剣十郎と郁恵には申し訳が立たない」


 居なくなっても、軍蔵さんにとって私の両親は、親友なんだ。

 お父さんとお母さんのことを考えてくれていることに、心が温まる。

 最期まで人のために動いて、亡くなってしまった両親は、私の誇りなのだから。


「軍蔵さんが謝ることじゃないですけど、でもありがとうございます。もしお父さんとお母さんが生きていたなら、引き止められるかもしれませんけど、私が決断したことですから。最終的には応援してくれると思います」

「……剣十郎と郁恵なら、そうかもな。人の役に立つ、決断を大事にするってシンプルだが人生において難しい目標を掲げていたからな」

「だから、私に申し訳ないって思うより、移住してから私のサポート、お願いしますねっ!」


 軍蔵さんは驚いたように目を見張り、次いで表情を和らげて感心したような深い溜息をついた。

 ずっと申し訳ないって思われるより、こうやって前を向くほうがきっと大事だ。

 うん、私はそう思う。


「やれやれ。そういう前向きなところは呆れるぐらい、剣十郎にそっくりだな。任せてくれ。しっかりとサポートしてやる」

「あははっ、ありがとうございます」


 フロントガラスの先には、街だった残骸と荒れ果てた荒野が広がっている。小地球で人生の大半を過ごしてきた私にとっては、不謹慎ながら新鮮にも思える光景だ。

 この景色のように、世界には悲しくて苦しいことがいっぱいあるのだろう。

 それでもお父さんとお母さんがいつも口にしていたように、私は前を向く。

 これから先の未来に期待を馳せて。

 ちょっぴりと故郷から離れる後悔を抱えながら。

 車に揺られていった。

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